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権力に告ぐ
監督:チョン・ジヨン 
 成り行きで、もう一本韓国映画を観た。実際の銀行買収スキャンダルをネタにした2020年10月公開の作品ということで、監督はチョン・ジヨンという初めて聞く名前。主演の熱血検事をヤンをチョ・ジヌンという、これも初めて聞く俳優が演じているが、むしろ彼の相方で、最後は彼を裏切る女性弁護士キムを演じているイ・ハニという女優が強い印象を残すことになった。

 2011年5月、韓国で金融危機が発生し、TⅯFが乗り込む中、経営悪化した大韓銀行の買収が取りざたされている。その渦中、二人の男女が、車の中で検察から呼び出しを受けていると話しているが、その車が大型トラックに激突され、男は即死。生き残った女も、その後「検察のセクハラを受けた」という遺書を残し、車の中で死体となって見つかる。その女の尋問はヤンという検事が行ったことから、彼に「セクハラ」疑惑が向けられるが、彼はそれは無実であり、むしろ女は自殺ではなく他殺、そしてその陰に大韓銀行の買収問題が絡んでいると考え、捜査を始めることになる。しかし、直ぐに彼の前には、権力の大きな壁が立ちはだかることになる。

 韓国での銀行買収にあたって外資系が参入するには、銀行の経営が大きく棄損していることが求められる。そしてこの大韓銀行は、スター・ファンドという米国ファンドが買収意欲を示しているが、それを可能にしたのは、冒頭で死んだ二人の男女の職員が作成した、銀行の自己資本が大きく棄損しているという資料だった。そしてその背後には、米国ブッシュ大統領親子も絡んだ米国ファンドの欲望と、それを利用して一儲けを企てる、元総理イ・グアンジュら韓国エリート層の思惑があった。そしてそのスター・ファンドの買収を手助けしている韓国法律事務所の女性弁護士キム・ナリも、父親がイ元総理に近いエリート層出身で、米国留学を経て帰国。現在は国際通商に関わる自分の事務所を作ることを夢見ている。キムは、ィ元総理のダボス会議での演説草稿を作成するなどし、彼からその能力を称賛されている。

 ヤンは、自身のセクハラ疑惑を晴らすためもあり、検察組織とは別に勝手に捜査を始め、時価総額70兆ウォンの大韓銀行が、僅か1兆7000億ウォンで買収されようとしていることを知る。彼は検察上層部からは睨まれるのであるが、それを無視して動き、その中で、人権派弁護士として、労働組合のハンスト等、銀行買収に反対する運動を支援している友人弁護士を介して、スター・ファンド側の弁護士であるキムと接触することになる。キムは、当初はヤンを無視するが、次第に彼が主張している疑惑を自身でも抱き始め、ヤンが、弁護士事務所主催のパーティーで、イ元総理を始めとする、事件に関係するエリート層の肉声を録音したり、買収劇を批判的に報道したことで、テレビ局上層部の圧力で放映が中止された番組のビデオを提供したりして、ヤンを助けることになる。

 ヤンは、買収先であるヴァージン諸島にある幽霊会社などの調査の結果、イ元総理を始めとする韓国のエリートたちが、実質的な買収者で、そこから大きな利益を得ようとしていることを確信する。他方、イ元総理らは、スター・ファンド幹部らから、買収の順調な実施について懸念を示されているが、「心配するな」と説得している。またキムは、ヤンの捜査情報を得て、イ元総理に詰め寄るが、彼からこの買収を承認する金融審査会の委員就任を提案されると共に、「父親と話せ」と言われている。そして父親からは、彼もこの買収の出資者の一人で、そこから得た利益で、彼女の夢であった自身の弁護士事務所を作ることができると告げられるのである。同時に、イ元総理を強引に逮捕したヤンは、その後、自分を検事総長に就任することを条件にイと取引をした検察上司から拘束されることになる。

 こうして2011年7月、キムが加わった金融審議会で、大韓銀行のスター・ファンドによる買収が審議される。固唾を飲んで審査結果のテレビニュースを見るヤン。その彼の下に、買収に賛成し、記者発表を行うキムの姿が飛び込んでくる。キムの裏切りに失望したヤンは、隠し持っていた調査資料を抱えて、買収反対の大集会に駆け付け、この買収の欺瞞を大声で演説し、告発するのである。彼を拘束するためにそこを訪れた検察グループは、集まった群衆に阻止されることになる。そして後日談のルビ。2012年、スター・ファンドは大韓銀行を売却。そこで生じた5兆ウォンという莫大な損害賠償を韓国政府に対して請求した。しかし、この一件での逮捕者は一人もいなかったとされる。即ち、この買収を巡る真実は、全て闇に葬られたということになるのである。

 2011年というと、2008年のリーマン・ショックを契機とする金融危機が欧米に広がっていた時期であるが、この時韓国でも同様の問題が発生していたことは、当時シンガポールにいた私は全く認識していなかった。それ以前に、1998年のアジア金融危機で韓国にもIMFが介入し、韓国の銀行が総倒れとなった際、その直前、ドイツで親交のあった韓国の銀行関係者がどうなったのだろうか、という懸念を持ったことがあったが、2011年までには、そうした記憶も遥か昔のものとなっていたのである。そんな中で起こった新たな金融危機ということであったが、それは余り表沙汰にならないまま消えていった。それは韓国という国が、依然少数のエリートとその他という分断に晒されていることを示している。ただ、以前に観た1998年の金融危機とその20年後を描いた「国家が破産する日」と同様、それをこうした形で「告発」する映画が作成されるということで、まだこの国がある種の健全さを保っていることを意味しているように思われる。例えば、日本では、1998年の金融危機後、一部の大手金融機関が外資系の傘下に入ったものの、そこで行われたであろう裏交渉等は一切語られることななく、またそれが関連する映画作品になったという話も聞かない。そして銀行関係の映画やドラマというと、こうしたスケールの大きな社会派ではない、「半沢直樹」シリーズや「アキラとあきら」(友人から薦められたが、私はまだ観ていない)といった銀行内部での抗争物ばかりのような気がしている。しかし、それは、日本ではそうした世界がなかったということを意味するものではない。その点で、この作品も含め、韓国はこうした刺激的な映画が制作される社会的緊張が残っており、この直前に観た「スパイ物」と同様に、金融関係でも良い映画作品が生み出される基盤があるのだろう。

 主演のヤン検事を演じたチョ・ジヌンは、外見的には小太りで、顔つきもどこにでもいるような俳優ではあるが、短気で直情的な役柄を率直に演じていた。ただ、それほど人気が出るという感じではない。他方、冒頭の繰り返しになるが、最後は彼を裏切ることになる女性弁護士キムを演じているイ・ハニが、妖艶な香りを振りまいており、彼女の作品はもう少し観てみようという気にさせられたのであった。

鑑賞日:2022年11月9日