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アジア映画
一級機密
監督:ホン・ギロン 
 またまた暇にまかせて、もう一本韓国映画。これも実際の軍内部での汚職事件をネタにした2017年制作の作品ということで、監督はホン・ギロン。彼はこれが遺作にとなったことが、映画の最後に示されている。汚職を告発する主演のパク・デイクをキム・サンジョンという俳優、彼の相方のテレビ局の女記者ジョンスクをキム・オクビンという女優が演じている。

 映画は、女が遊技場の広場で待合せをするが、すっぽかされた様子で帰宅したところ、自宅近所で暗闇の中彼女を付けてきた男に驚かされる。しかし彼はその待ち合わせの相手であった。女はテレビ局の記者ジョンスク。男は、部屋に入ったところで、自己紹介をした上で、女に対し告白を始めることになる。

 場面はその6か月前に跳び、このパク・デイクという韓国軍の中領(中尉にあたるようである)が、師団長から、軍事訓練の現場から本部の国防軍軍部本部の課長に栄転する辞令を受けている。エリート・コースを歩む人事で、家では、妻と小学生くらいの一人娘に祝福されている。しかし、着任した航空機部品の調達部署は、真面目な彼が業務を遂行するには雰囲気が違うことに直ちに気が付くことになる。そこの6−7人のスタッフはやる気がなく、上司の部長も権威主義的な性格を丸出しにしている。パクは、次世代戦闘機の整備計画が進む中、過去の戦闘機事故を洗うことになるが、その機材調達について、国内の業者から、自社製品が不当に排除されているという抗議を受けると共に、納入されている米国エアスター社の製品が、他社比較をされることなく、またべらぼうに高い価格で採用されていることに気が付く。彼は現場に足を運び、空軍の整備士から情報収集するが、幹部はそれを苦々しく眺めることになる。

 そうした中で、北朝鮮の戦闘機追撃に出動した韓国側の戦闘機一機が新たな事故を起こし、緊急脱出したパイロットが意識不明の重体となる。そのパイロットは、パクもよく知っている後輩であった。しかし、軍幹部の意向を受けた事故調査委員会は、これは機体の欠陥ではなく、パイロットが前日深酒をして、操縦中に意識を失ったからだと、パイロット個人の資質の問題として公表している。パクは、その幹部と共に出席した、エアスター社のパーティーでは、空軍担当の妖艶な女が、その幹部と親しげに話しているのを目撃している。

 こうしてパクの、エアスター社と空軍の癒着についての調査が始まる。最大の問題は、裏で流れた金の証拠集めであるが、それも軍が借名口座を使っているということが分かり、それなりに解明が進む。そして軍監査部で、同様に軍の腐敗を懸念する男の紹介を受け、テレビ局の女記者ジョンスクを紹介されることになるが、彼女に不正を暴露する番組を制作すよう依頼するのが冒頭の場面ということになる。しかし、軍幹部はパクらの動きを察知し番組制作に圧力をかけ、公開された放送では、パクが、自分の利益のためにこの告発を行ったという想定で、暈されているとはいえ、彼が特定できるような映像が流れる。パクは上司の批判を受け、出勤停止となったことから、当初の彼自身の意向に反し、彼の顔の映像を放送したことでジョンスクを非難することになる。彼女は、「幹部が彼を起訴しなかったのは、彼らにも後ろめたいところがあるからだ」と、共同での調査継続を要請するが、パクは「これからが本当の戦いであるが、自分の顔を出したテレビ局は信用ならない。自分は自分のやり方で闘う」と返すことになる。帰宅したパクは、家族から、脅迫電話が相次ぎ、娘は学校で激しいイジメにあい、転校を余儀なくされると非難されている。

 彼の孤独な闘いが始まり、軍内部で廃品が再利用されている実態等も判明するが、同時に彼は男たちに襲われて暴行を受けたりしている。相棒の軍監査部の男も、アンゴラ赴任とそこでの除隊を言い渡され、資料もほとんど押収されたので、最早闘いを継続することはできないとうなだれている。パクの家は家宅捜索を受け、家族は実家に避難。そして重体であったパイロットも死亡し、彼の遺族は、事故の個人責任を受入れることで、彼の死後昇進と遺族の生活保護を保障されている。軍は、改めてこの事故がパイロット個人の問題ではあるが、この悲劇を繰り返さないよう全力を挙げると記者発表している。しかし、収賄関係者のリストを入手したパクは、改めてジョンスクと連絡を取り、今回は実名と顔を出しテレビでこの問題を暴露することを告げ、最後の闘いに入っていく。パクの告発がテレビで流れる中、軍幹部は、彼による収賄資料の暴露が、「一級機密」窃盗罪に当たるとして逮捕しようとするが、パクは、それはエアスター社の資料であるとして、軍から盗んだ物ではないと主張。そのやり取りをテレビ局のカメラが生で追いかけることになる。そしてテレビでは収録された彼の詳細な告発が放映され、多くの人々がそれを共感をこめて見守るところで映画が終わる。しかし最後に、1997年、この腐敗を暴いたパクが不当な扱いを受け退職。そして2002年に、戦闘機の導入過程に疑問を呈したチョ大統領が機密漏洩罪で有罪となったことや、2009年にテレビに出演しこの不正を告発した軍関係者も除隊させられた、といったルビが流れ、この不正が結局闇に葬られたことが示唆されている。しかしその後も事故が続き、ようやくこの軍の不正が確認されたということである。最後に、2014年に300人の死者を出したセウォル号沈没事故も、軍の整備不足で救助が遅れた、とのコメントが流されている。

 この映画でも、突っ込みどころは多い。何よりも、軍の腐敗を目にしたパクの行動は、普通であれば、まずは自分の信頼できる人間関係を使い、うまく状況を伝え、それなりに冷静に処理していくというのが社会の一般的な姿であろうが、いきなり対決姿勢を明確にしていく姿や、それに対する軍幹部や、だんまりや日和見を決め込むスタッフの対応などは、映画化にあたり善悪を極端に提示している印象がある。そして周囲の嫌がらせや戦闘機事故への軍の対応なども図式的であり、実際にはもっと微妙な部分があると考えられる。またパクが、エアスター社から、この告発の決定的な証拠である収賄リストを入手した経緯も、今一つ理解できなかった。

 今日(11月13日)の新聞朝刊で、韓国では、検察による、最大野党「共に民主党」代表の李在明に関わる収賄事件が立件の最終局面を迎えているという記事が掲載されており、その他、文在寅政権下で起きた北朝鮮関連の二つの事件(2020年の、韓国公務員の北朝鮮軍による射殺に関する機密削除事件や、2019年の北朝鮮のイカ釣り漁船とその乗組員の北朝鮮への強制送還事件)に関わる捜査もあり、韓国社会の体質がまだまだ古いことが示唆されている。もちろん、これら最近の動きに対しては、野党からは尹政権の「政治報復」との批判が強まっており、文政権下での李明博や朴槿恵ら元大統領に対する収賄起訴と同様、政権が代わると前の指導者が訴追されるという韓国の止まることのない政争が行われている、とうんざりさせられることも事実である。そして韓国では、こうした政権指導者の裏工作と同様、官僚や軍内部での贈収賄等は全く日常的な習慣になっており、この作品もその一つを取上げた、と言えないこともない。ただ、例えば日本でも現在昨年の東京オリンピックを巡る贈収賄事件の立件が山場を迎えているが、日本ではこうした事件の裏を掘り下げようという映画作品は余りないのに対して、韓国ではそうした作品が頻繁に制作されていることも間違いない。これは、この前に観た銀行買収に関わる腐敗事件や、その他反政府運動を取上げた作品等もそうであるが、韓国社会の中での映画の地位が日本とはやはり相当異なることを示しているのではないか、と思えることもある。やはり私には、日本映画よりも韓国映画の方が面白いことを、改めて痛感することになった。

 主演俳優のキム・サンジョンは、以前に観た「殺人の追憶(別掲)」で、ソン・ガンホの相方の、都会派イケメン刑事を演じていたことが、映画を観終わった後で分かった。当時の若い2枚目俳優から歳をとったことで気が付かなかったが、中年の真面目な軍人を熱演している。相方女優でテレビ局記者役のキム・オクビンも、整った美人で、彼女の他の作品も観てみたいという気にさせられたのであった。

鑑賞日:2022年11月12日