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アジア映画
高地戦
監督:チャン・フン 
 もう一本韓国映画。朝鮮戦争を舞台にした戦争映画で、先日観た「悪女」他で気に入ったキム・オクビンが端役で出演していると、映画通の友人から教えられた(「推薦」ではない)「参考」作品である。2011年公開で、監督はチャン・フン。韓国では大ヒットした作品であるという。

 1953年7月の朝鮮半島。戦争が続く中、北朝鮮と韓国・米軍間で停戦交渉が行われている。双方の間で、38度線近辺にある高地に設定する停戦ラインを巡っての応酬が繰り広げられている。その一つ、エロック高地と呼ばれる地域では、双方の間で争奪戦が行われているようである。停戦交渉は既に2年以上も続いているが、依然決着していない。

 そうした中、韓国防諜隊のカン中尉(シン・ハギュン)が、韓国軍に北から南の家族に宛てた手紙が託されていることが分かり、内部密通者がいる様子なので、それを洗い出すという任務で前線に赴くよう指令が下る。そこで、「ワニ中隊」という部隊を率いる、かつて学友であったキム・スヒョク中尉(コ・ス)と再会するが、彼は、長く激しい戦闘を経て、冷徹な兵士に変貌している。

 こうしてその高地の争奪を巡る南北間での激しい戦闘が描かれるが、一旦そこを取り返したキム中尉らが酒盛りをしている場を訪れたカンは、彼らが北の兵士から南の家族にあてた手紙を持っていることに気が付く。内通と非難するカンに対し、キムは、それはその高地の争奪戦を30回以上も繰り返す内に、偶然北との連絡ボックスが出来上がり、そこでは、北が奪還した際は、南の品物が彼らに渡り、代わりに南が奪還した時は北の酒と共に、南出身で北の軍に志願した兵士の、南に残した家族宛ての手紙が託されることになったのだと告げる。停戦交渉が決着しないことで、その高地を巡る激しい戦闘が延々と続き、多くの死者を出していることが最大の問題で、何も機密を漏らしている訳ではない、というキムの返答を、カンは受け入れざるを得ない。

 こうしてカンは、キム率いる「ワニ軍団」と共に、再び激しい戦闘に加わっていく。「2秒」と呼ばれる北の狙撃手をおびき寄せる作戦で、若い兵士が犠牲になるが、「2秒」を仕留めることには失敗している。またキムの部隊が浦項から撤退した際のトラウマにより、兵士の一人が錯乱する様子が描かれるが、これは後で、そこからの船での撤退時に、満杯となった船に押し掛ける味方の兵士を撃ち殺し助かった悪夢があったことで説明されることになる。またカンは、ある夜、河原で貧しい身なりをした若い娘に出会い、「ここは危険だから近づかないように」と告げているが、それは変装した「2秒」(チャ・テギョン狙撃手)であり、その後、彼女の狙撃でキムも殺されることになる。その若い娘は、北朝鮮部隊のヒョン司令官(リュ・スンリョン。この前に観た「エクストリーム・ジョブ」でのコ班長役)と共に、北朝鮮部隊の中心人物として描かれるが、彼女が今回の私のお目当てであるキム・オクビンである。

 中国軍の支援を受けた北との戦いが始まるが、韓国軍は、本部から送られた司令官の無謀な作戦で壊滅的な敗北を喫する。「2秒」の狙撃でキムも瀕死の重傷を負い、カンに抱えられて後方基地に辿り着くが、そこで息絶える。そしてその時に、停戦交渉が妥結したという知らせが入る。ワニ中隊の戦友は、「あと1日だったのに」とキムの死を悼むのである。

 しかし、それは闘いの終わりではなかった。南北の合意では、停戦までまだ12時間あったのである。その間で、高地の占領範囲を広げるべく、最後の戦いの指令が下る。再び壮絶な戦いが始まり、そこでワニ中隊の生き残った主要隊員のほとんどが戦死することになる。そして停戦。高地の地下壕にある、南北の連絡ボックスで、憔悴したカンと北のヒョン司令官が遭遇し、停戦を祝した寂しい酒を酌み交わす。カンとヒョンは、3年前に戦場で顔を合わせていたことが語られるのである。

 何といっても、戦争の前線での悲惨さを、戦闘の壮絶な映像と共に、これまでかこれまでかと描いた力作である。本部が政治的配慮から停戦交渉を引き延ばしている間に、前線の兵士はとんでもない地獄を味わっていることが痛切に伝わってくる。これを観ながら、現在まさに同様の地獄が展開されているであろうウクライナを始めとする戦乱の地を思い浮かべざるを得なかった。他方、展望の良い高地を支配することは、日露戦争の旅順戦を思い浮かべるまでもなく、長い戦争の歴史の中では常套手段であったが、それが精密誘導ミサイルやドローンの発達により現在は変わってきていることも、ウクライナを巡る戦略議論の中で指摘されている。その意味では、こうした「高地戦」は、今後は戦略的な重要性を失う過去のものとなっていく可能性もあり、この映画で描かれた戦闘は、その最後を飾る物語になるかもしれない。

 俳優たちも大変な熱演である。カン中尉役のシン・ハギュンは、初めて観る俳優であったが、本部のエリート隊員でありながら、最後は戦場の地獄を体験し、泥まみれになりながら多くの戦友の悲惨な戦死に傷ついていく主人公を好演している。彼の盟友キム中尉役のコ・スも、初めて聞く名前であったが、たいへんな2枚目で、もっと多くの作品に出演しているのだろうと想像される。北のヒョン司令官を演じたリュ・スンリョンは「エクストリーム・ジョブ」でのややコミカルなコ班長役とは打って変わったメイクで、冷徹な軍人を演じており、同一人物とはとても思えない演技である。そしてお目当てのキム・オクビン。男だらけの戦争映画の中では紅一点で、田舎娘と狙撃手という二つの姿を演じており、「悪女」等とも全く違う味を出していたが、その整った目鼻立ちはやはり彼女の魅力そのものであった。映画通の友人が「推薦」作ではない「参考」作とした割には、なかなか見応えがある作品であった。

鑑賞日:2022年11月26日