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V.I.P.修羅の獣たち
監督:パク・フンジョン 
 これもレンタルショップで適当に見繕った韓国映画。2018年制作の作品で、監督はパク・フンジョン。主演の俳優陣は、チャン・ドンゴン、キム・ミョンミン、パク・ヒソン、イ・ジョンスクといった韓国映画界では名が知られている名前を揃えたと紹介されているが、私が知った名前はない。

 冒頭、2013年の香港にイラクから到着した韓国人の男が、空港に出迎えた若者を置いて一人で街中に向かう。そこのレストランでは欧米系の男が彼を待っており、隣のビルにいる何者かを拉致して車に連れてくるよう依頼している。男はビルや部屋にいる護衛達を射殺しながら、ターゲットに接近するところで、タイトルバックが流れ、「1,プロローグ」として5年前の北朝鮮平壌郊外の長閑な花畑に移る。

 そこを歩く少女に、若者3人が乗った車が近づく。そして少女は拉致され、強姦された挙句、家族もろとも惨殺される。その事件を含めた同様の殺人事件を捜査する北朝鮮の警察官(リ・デボム)は、犯人を特定し逮捕しようとするが、上司から捜査の終了と彼の肥料工場への左遷が通告されている。そしてそれから3年後のソウル郊外。同様の連続強姦・殺人事件が発生しているが、その捜査官がプレシャーから自殺し、その後任に、強引な捜査で一旦職務を外されていたチェ・イド刑事(キム・ミョンミン)が任命されている。彼は違法な手段を使ってでも犯人を挙げるよう部下たちを鼓舞している。

 「2,容疑者」。チェ警部は、被害者の鑑定から容疑者を割り出し、逮捕に向かう。しかしその頃、韓国国家情報院では、上司が担当官であるパク・ジェヒョク(チャン・ドンゴン)に、その逮捕は組織を危機に晒すので、CIAからの協力を含め、あらゆる手段を使って阻止するよう指示を受けている。警察が逮捕しようとしていたのは、北朝鮮から亡命してきたキム・グァンイル(イ・ジョンスク)という若者。冒頭の平壌郊外での少女強姦殺人事件の主犯であることが分かる。彼にはそうした異常性癖があり、韓国亡命後も、そこで同じ犯罪を繰り返していたのである。キムの逮捕に向かったチェ刑事に対し、パクは国家保安上の目的で、キムの身柄は国家情報部が押さえると主張し対立。まずはチェが押し切り、キムを拘束するが、キムは不気味な微笑みを浮かべながらチェには毒舌を浴びせるのである。

 「3,攻防」で、キムの正体が説明される。彼は、当時の北朝鮮、金日成政権No2の張成沢の腹心で金庫番の男の息子で、韓国国家情報院がCIA(冒頭に登場した欧米系の男は、ポール・グレイというCIAの担当官であった)と協力して脱北させた男。北朝鮮が中国を始めとする世界中に持っているとされる口座情報を持っていることで保護されていたが、国家情報院の監視の隙を見て、韓国でも強姦殺人を犯していたのである。キムの逮捕を強行しようというチェ刑事に対し、国家情報院のパクは、キムの手下の一人を捉え、彼を強姦殺人犯に仕立てることで、事件の決着を図り、チェも上司から捜査の終了と暇を告げられることになる。しかし、意気消沈して帰宅したチェを自宅で待っていたのは、冒頭で、左遷された北朝鮮の警察官リ・デボムであった。彼は、自分が、キムの北朝鮮でのキムの犯罪を摘発しようとして左遷されたのみならず、その後彼の一派に殺されかけたことを告げながら、「韓国では彼を裁けないが、張一派が粛清された今の北朝鮮では裁くことができる」としてキムを彼に引き渡すよう依頼している。

 「4,北から来たVIP」。悩むチェ。しかし、リの情報で、新たに、キムが一時滞在した香港での韓国女性強姦殺人の証拠をつかみ、再度の逮捕・起訴を試みるが、検事にも見放され、結局国家情報院のパク経由、キムをCIAのポールに引き渡すのである。その引き渡しの直後、CIAの車から奪った銃で、キムはパクと話していたチェを狙撃し、ポールの車で走り去る。チェに救急隊を呼んだ後、逃走するポールとキムを追走するパク。しかし、その面前で、ポールとキムを乗せた車の側面に別の一台が激突し、キムは引きずり出されてその男の車で連れ去られる。それはチェに取引を持ち掛けた北朝鮮の警官リ・デボムであり、去っていく車をパクは静観することになる。そしてリは、密航船にキムを乗せて北朝鮮に向かうのであるが、その船上で、キムは、リを射殺することになる。

 そして「5,エピローグ」で、場面は再び冒頭の香港に移る。ポールと会いビルに入っていったのは、国家情報院のパクであることが分かる。9人の護衛を無表情に射殺し、ポールの主導で、再度の脱北を企てていると思われるキムと対峙したパクは、キムを射殺し、その生首を下のレストランで待つポールに差し出すのである。「張成沢や彼の父親一派は粛清され、中国の口座は既に中国に押さえられた。キムには価値がない」というのが、パクからポールへの最後の一言となる。走り去る車の中で、パクは、キムに撃たれ病院で集中治療を受けていたチェを思い浮かべるのであるが、彼の生死は映画では語られることはない。

 緊張感に溢れたなかなか見応えのある作品で、俳優たちも熱演している。チェ刑事を演じたキム・ミョンミンは、違法捜査も厭わず、国家情報院に抵抗する徹底した捜査指揮で存在感を出している。また国家情報院のパク役のチャン・ゴンドンは、韓国を代表する2枚目俳優ということであるが、眼鏡をかけてエリート然した風貌と、冒頭及びエピローグで見せた冷徹な暗殺実行犯の風貌の変化に、当初は同一人とは思えないくらいであった。それは北朝鮮のリ・デボム警官役のパク・スヒンの変貌にも言える。そして最大の悪役であるキム・グァンイル役のイ・ジョンスクも、いかにも韓国アイドル系の顔で、連続強姦・殺人犯という難しい役を、それこそ観客の憎しみを一身に担うような演技で盛り上げていた。正直、この役を引受けるに当たっては相当の葛藤があったと思われるが、その分役者としての評価が高まったことは間違いない。最後に唯一の欧米人主要俳優であるCIAのポール役、ピーター・ストーメアであるが、CIA要因としてはやや軽い感じで、有名俳優ということではあるが、やや存在感は薄かったことは否めない。

 他方、映画としての突っ込みどころは結構多い。冒頭の北朝鮮の強姦殺人を含め、韓国での犯罪現場写真など、えぐい描写が多く、いきなりこうした映像を映されると、「いったいこの映画は何だ」という不快感を感じてしまう。そして何よりも、脱北者が韓国でこうした凶悪犯罪を起こすということ、そしてそうした男を、韓国情報部やCIAが保護している、というのも余り現実的ではない。また、警察と情報院の攻防過程で、キムは口座情報を暴露している訳ではないことも示唆されており、更に既にこの時点で張一派が粛清されていることがリの口から言われていることで、キムの利用価値はなくなっていると思われる。そしてキムを拉致して連れ去るリが、船の上でキムに射殺されるのも、何でなのか、現時点では理解できていない。その意味では、作品を面白くするために、脚本はやや無理をしたという感じが否定できない。ただこの辺りは、もう少し関連情報を集めてみる必要があると思われる。

 映画の公式サイトによると、1980−90年代の韓国には、「企画亡命者」と呼ばれる韓国情報部等が計画して脱北させた北朝鮮の要職関係者がいたそうで、その作品はそうした「企画亡命者」を扱った初めての作品であるということである。最近ではさすがにそうした脱北者の話はほとんど聞くことがないが、相変わらず緊張が続く北朝鮮情勢を考えると、これまで極端ではないにしても、まだまだ似たような事件が発生する可能性が韓国社会にあることは否定できない。そんな裏社会の一側面を認識させてくれた作品であった。

鑑賞日:2023年1月15日