ブルー・ジャイアント
監督:立川 譲
映画通の友人から薦められた和製アニメ作品である。アニメ作品を劇場まで足を運んで観るのは、記憶がある限りでは、映画のレンタル制度もないシンガポール時代に、シンガポールを舞台にした「コナン」が上映された時以来ではないかと思われるが、その時も、この作品については「映画日誌」に記録は残していない。ましてや、日本帰国後は、敢えてアニメを見ようという気にはならなかった。しかし、この作品に興味を覚えたのは、若いジャズ・ミュージッシャンたちが主人公のアニメで、その音楽を上原ひろみが担当していると聞いたからであった。
上原ひろみは、2012年5月に、シンガポール公演を聴いており、その時の印象は別掲の「音楽日誌」で詳しく触れているので繰り返さない。そしてその前後に彼女の音源を立て続けに購入したものだったが、最近はほとんど聴くことがなかった。今回、久し振りに私が保有するCD5枚を全て聴いた上で、映画館に足を運ぶことになった。
石塚真一原作の人気コミックを、立川譲が監督し映像化した作品で、高校を卒業し仙台から東京に出てきたサックス奏者、宮本大が、そこで両家のお坊ちゃん風の同年代のピアニスト沢辺雪祈と出会い、更には同郷の友人で東京で居候する男、玉田俊二のドラマーとしての参加を受け、3人で一流クラブでの演奏実現等を目指していく物語である。大の川辺での孤独な練習や沢辺との出会いから、小さなジャズクラブでの練習、そして葛飾区ジャズ祭での前座演奏などを経ながら、次第に実力が認められ、東京で最高のクラブでの出演が決まるまでが描かれる。その過程で、初めは大を馬鹿にしていた沢辺が彼に惹かれていったり、素人ドラマーであった玉田が成長していく過程、そして彼らを取り巻く人々との交流が様々な形で描かれることになる。そして最後は、一流クラブでの演奏日直前に沢辺がアルバイト先での事故に会い、結局大と玉田の二人だけでの演奏を行うが、アンコールには病院から抜け出した沢辺が、事故で傷ついた右手を使わない、左手だけの演奏で参加することでクライマックスを迎えることになる。
もちろん彼らの出世過程は突っ込みどころ満載である。仙台の田舎で4年ほどほとんど自分流で練習をしてきた大が、上京後僅か数年で聴衆を驚かせる演奏をするのも非現実的であるし、それ以上に、全く素人ドラマーとして参加した玉田が、やはりあっという間にそれなりの演奏をする、というのも、半世紀にわたり断続的にではあるがドラムを叩いてきた私からすると「ふざけるなよ」という感じである。しかし、それはコミックの世界なので許してしまおう。そしてこの作品に思いがけず入れ込むことになったのは、もちろん上原ひろみの音楽であった。
上原の音楽は、前述のとおり10数年前のライブや、今回も映画の前後に聴き込んだCDで馴染んでいるが、今回CDを久し振りに聴いて感じたのは、それがほとんどピアノ・トリオによる作品であったこともあるが、「ひろみのテクニックは申し分ないが、記憶に残る旋律がほとんどなく、ほとんど同じように聴こえる(=代表曲と言える曲がほとんど思いつかない)」という点であった。それは例えば、同種の音楽として私が日常的に聴き込んでいるM.タイナーや、フュージョン系ではC.コリア、P.メセニー、A.ディメオラなどとの決定的な相違であり、それが、今回の映画を観るまで彼女のCDを長い間聴くことがなかった理由であったと思われる。
しかし、この映画では、もちろんサックスがメイン・プレーヤーということではあるが、話の展開の中で夫々のライブでの音楽が挿入されることから、退屈せずにそれを享受することができて、2時間があっという間に過ぎていったのである。映画では10代の3人が奏でる素晴らしい音楽を実際に演奏していたのは、サックスが、「国内外の有力奏者を対象にしたオーディションで満場一致で選ばれた」(映画の公式サイト)馬場智章、ドラムは、「millennium paradeのメンバーとしても活躍する石若駿が上原ひろみのラブコールにより参加」(同サイト)、そしてピアノは上原自身であるとのこと。また上原は、「主人公・宮本大たちが結成するトリオ“JASS”のオリジナル楽曲(FIRST NOTE、N.E.W.、WE WILL)とエンドロール曲(BLUE GIANT)も、本作のために書き下ろした」(同サイト)ということである。そんなことで、サックスの馬場や、ドラムの石若といった名前は、今後注意しておきたいと感じている。ただ「劇伴音楽やバンド演奏のレコーディングにも、「上原ひろみ ザ・ピアノ・クインテット」のストリングス・メンバーをはじめ、クラシック〜ジャズ界のトップ・ミュージシャンが参加している」(同サイト)という映画のサントラCDは、直ちに購入しようという気には、現時点ではなっていない。
映画のエンディングのルビが終了した後に、大が空港から世界に羽ばたく場面が短く挿入される。搭乗口の行先はミュンヘン。何故ニューヨークではなく、ミュンヘンなのか、という疑問が最後に残ることになった。
鑑賞日:2023年3月8日