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監督:リュ・スンワン 
 ここのところ、NPO関係の資料準備やテレビでのWBC観戦などで控えていた映画であるが、これらが一服したことから、レンタルショップで適当に見繕ってこれを観ることになった。2015年劇場公開の韓国映画であるが、関心を抱いたのは、監督が「モガディシュー脱出までの14日間」のリュ・スンワンであったこと(因みに、その後「ベルリン・ファイル」も同じ監督の作品であったことに気がついた)。南北朝鮮対立の中でのアフリカでのクーデター事件を巡る両国大使館員たちの軋轢と連携を描いたこの監督が、それ以前に、韓国財閥の暗部に斬り込む警察官を描いたということが、この作品の売りになっている。主演の警察官ドチョルをファン・ジョンミンという中年の、そして悪役である財閥御曹司チョ・テオをユ・アインという若い俳優が演じている。どちらもどこかで観た記憶があったが、直ちに思い出すことはできなかった。

 冒頭、サングラスをかけ派手な格好をした女を連れた男が、高級中古車販売場を訪れ、ベンツを購入し、そのまま街中で女が乱暴な運転をするところから映画が始まる。何だこいつらは、という感じであるが、彼らは実は中古高級車の密輸を捜査しているチームの警察官ドチョルとその相棒ミス・ボンで、その車を囮に使い、ロシアに車を密輸しようとしている港での現場を押さえ、派手な格闘の末、関係者を逮捕している。また男はその捜査の過程で、トラックに乗せてもらった、小さな男の子を連れた運転手が、会社が賃金を払わないと話すのを聞いて、名刺を渡し「賃金の不払いなど、何か困ったことがあれば連絡してくれ」と告げている。

 その運転手ペは、人員整理で運転手を解雇され、運送会社の所長に、せめて未払い賃金を払えと詰め寄っているが、所長は聞こうとしない。その会社の親会社は財閥企業で、ペが本社前で抗議活動をしているのを見た財閥の御曹司で副社長のチョ・テオと彼の腹心で縁戚でもあるチェ常務に副社長室に呼ばれるが、彼は男の子の目の前でコテンパンに痛めつけられる。そしてペは、金を渡され示談とすることを告げられるが、その後、会社のビルの階段から転落し、意識不明で病院に担ぎ込まれることになる。偶々刑事物の映画に協力していたことで、その映画の制作打ち上げの乱痴気パーティーで、チョと出会ってうさん臭さを感じていたドチョルが、その話を聞いて管轄外にも拘らず、運転手の死の真相を確かめるべく奔走し、最後は御曹司のチョ・テオと対決することになる、という筋書きである。その過程では、ドチョルの妻がチェ常務に買収を持ち掛けられたり、財閥の会長からそのスキャンダルを非難されたチョが、チェ常務とつるんでドチョル暗殺計画を企てたりもしている。他方、ドチョルは、知り合いの新聞記者を使って、この事件の真相を記事にしてもらう工作をしているが、財閥側に感づかれ、記事をもみ消されている。そして財閥の手は警察にも及び、ドチョルのチームの隊長も、ドチョルに、この事件から手を引き、主婦賭博の捜査に専念しろと指示している。また後半になると、財閥側が追い詰められたことから、チェ常務が、財閥の会長から、身代わりになって事件の責任を負って自首しろと指示され、釈放後のポストを見返りに警察に出頭している。しかしドチョルは、ペの妻からの携帯情報等から、ペは自殺したのではなく殺されたことを確信し、隊長の指示を無視し暴走。そして最後には、その隊長も、チョ・テオの海外逃亡を前にしたパーティーにドチョルが踏み込むことを、主婦賭博捜査だとして認め、途中では何度もビビっていたチームの他のメンバーも合流し、そこで二人の最後の対決が繰り広げられることになるのである。

 家族とのしがない暮らしぶりの警察官であるが、捜査での暴力行使も厭わない警察官ドチョルを、ファン・ジョンミンという俳優が熱演している。暴力シーンが長いのは、韓国映画の特徴で、ややうんざりするところもあり、また前半は、ドチョルやミス・ボン(彼女はブスであるが、最後は結構格好良いところを見せることになる)等の警察官がコミカルなところを見せたりもしているが、警察内部の軋轢や財閥内から次々に繰り出される隠蔽工作や攻撃と、それに対するドチョルの対応は、特に映画の後半になると緊張感が高まり、面白く観ることができる。最大の突っ込みは、御曹司のチョ・テオが、乱痴気パーティーで傍若無人に振る舞ったり、妊娠させた愛人を逃亡前最後のパーティーで殺そうとしたり、そして最後の車での暴走や衆目の面前での全く臆するところのない暴行等、あまりの「悪役」振りなのが不自然で鼻につくところであるが、まあ映画で許される範囲と考えておこう。

 因みに、映画を観終わった後検索してみたところ、チョ・テオを演じたユ・アインは、以前に観た「国家が破産する日」や「バーニング 劇場版」で主演の一人だった人気俳優であることが分かった。ただ最近のネットニュースには、彼は麻薬使用容疑で逮捕されたという報道がある。この映画の最後がまさに麻薬パーティーだった訳だが、彼は実生活でもその世界にはまっていたということのようである。

 リュ・スンワン監督が、「モガディシュ」で見せた二転三転するスリリングな展開は、ここでも十分楽しむことができる。昨年2022年末には、この続編として「ベテラン2」の撮影が始まっているというが、これが公開されたら是非観てみたいと感じさせる作品であった。

鑑賞日:2023年3月23日