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国際市場で逢いましょう
監督:ユン・ジェギュン 
 「ベテラン」で主役の荒くれ刑事を演じたファン・ジョンミンの別の評価が高い作品ということで、友人から紹介された2014年制作の韓国映画である。終日冷たい雨が降り続け、外出する気にもならない週末、「ベテラン」から間をおかず観ることになった。監督はユン・ジェギュンであるが、私は初めて聞く名前である。他の俳優は、そのファン・ジョンミン演じるドクスの妻をキム・ユンジン、あるいは東方神起のユンホというアイドル系も出演しているということであるが、この辺りは初めて見聞きする名前である。

 韓国の戦後史を、一庶民の人生を核に綴った見ごたえのある作品である。冒頭、大衆的な市場の光景から、港を見下ろす丘の上で老夫婦が人生を回顧するところから映画が始まる。老人の男は、やはり年老いた妻に「私の夢は船長になることだった」と語り、妻は、「初めて聞いたわ」と答えている。男は市場で「コップンの店」という雑貨屋を経営しており、店には市場再開発のための地上げ屋が訪れているが、老人は頑として売却・立ち退きに応じようとしない。一方で能天気な息子や娘の家族は老夫婦に大勢の孫を押し付けタイ旅行に出かけている。孫の手を引きながら市場の中を歩いている老人は、ちょっとした通行人との接触で孫の手を放して狼狽している。

 そして舞台は1950年、朝鮮半島北部の興南という街の港に群衆が殺到する場面に移る。中国軍が街に侵入し、それから逃れるために米軍の船に群衆が押し寄せているのである。その中に幼い子供4人を連れた家族がいるが、その長男は幼い妹に「手を離すな」と言いながら船によじ登ろうとするが、妹は転落。それを見た父が、長男に、「おれが戻らなかったら、お前が家長として家族を支えろ」と言い残し、転落した妹を助けに下船するが、結局船は二人を残して出航する。そして助かった母親と3人の兄弟は、釜山で小さな「コップンの店」を経営する叔母を頼って生き延びることになる。1953年、朝鮮戦争は休戦するが、叔母の家に居候する貧しい生活を送りながら長男であるドンス少年は成長していく。妹マクスンの手を離したことは、彼の心の傷になっている。

 1963年、港で肉体労働をしながら国家試験を受験したいと考えるドンスであるが、塾に通う金もない。その時幼馴染のダルクから、ドイツでの鉱山労働者が募集されており、良い金になるので応募しようと持ち掛けられる。彼は、母親の反対を受けながらも募集の体力試験を通り、翌1964年、ダルクと共にデュッセルドルフ空港に降り立ち、(恐らくルール地方にあると思われる)ハンボルン鉱山で炭鉱労働者として働くことになる。厳しい鉱山労働者の生活の中、ライン川沿いを自転車で散策している時に、同じ韓国人の看護師ヨンジャと知り合い、デートを重ねながら恋心を抱くことになる。ライン河沿いのドイツの街の風景は懐かしい姿である。

 大きな炭鉱事故が起こり、ドンスとダルクは重傷を負いながらも同僚たちに助けられ、ドンスは、ヨンジャの献身的な看護で回復する(ドンス達の救助をドイツ人管理者に必死に懇請するヨンジャの流暢なドイツ語には驚嘆!)。しかし、彼のパスポートは切れかけており、「一緒に帰国しよう」と事実上の求婚をしたヨンジャであるが、彼女からは「私は残る」と拒絶される。しかし、1966年、「コップンの店」に戻ったドンスのもとに3か月遅れてヨンジャが訪ねてくる。ドイツ出国直前の逢引きで妊娠したという彼女とドンスは結婚することになるのである。

 1973年秋、叔母が亡くなり、叔父が「コップンの店」を売却するという話を聞きつけたドンスがそれを辞めさせるため、自分が店を買い取ると言っている。しかし、弟はソウル大学に合格し、妹は結婚資金が欲しいとゴネる中、家長としてお金を稼がねばならないというドンスは、再びダルクから戦時下のベトナムで稼ぎ口がある、という話を聞く。海洋大学に合格していたにも拘らず、また母や妻から反対されながらも、1974年、ドンスは今度は戦火のベトナムに向かう。そこで爆弾テロにも巻き込まれた後、ジャングルの中でベトコンの攻撃から逃れるためにボートに載せて欲しい、現地の住民から頼まれる。彼は自分の朝鮮戦争時の避難を回想しながら、彼らを乗船させ、また船から落ちた少女を助けた後、足を撃たれながらもすんでのところでベトコンから逃れ生き残るのであった。1975年4月、ベトナム戦争が終わり、ドンスは帰国。お金を渡すことのできた妹は結婚し、一緒に帰国したダルクも、その時助けたベトナム人女性と結婚している。ドンスが買い取った「コップンの店」の商売も軌道に乗り、家族の生活もようやく落ち着きを取り戻すことになる。

 そんな中で、1983年、南北に離散した家族を探すプロジェクトが始まり、ドンスも行方が知れない父と妹マクスンを探す。候補者とテレビを通じて面談するその企画の中で、先ず父親らしき老人と話をするが、それは別人であった。しかし、幼い頃に興南で孤児となり、米国で養女となった女性が、そのホクロや憶えていた最後の会話(「僕たちは遊びに行くんじゃない!」)、そして残っていたその頃の衣服の特徴から妹マクスンであることが分かり、二人は、その他の家族と共に涙の再会を果たすのである。相手がマクスンであることが分かった時のドンスの喜びと涙は、観る者の心も大きく揺さぶる名演技である。しかし、翌年母は、夫とは会えないまま逝去することになる。

 こうして大団円。マクスンの家族も合流した賑やかな夕食会からそっと自室に戻った年老いたドンスは、心の中の父親と会話を交わしている。「俺は約束を果たしただろう。でも本当に辛かった」と語り掛けるドンスに、父親は、「私の代わりを務めてくれて有難う。でも会いたかったよ」と返すのであった。そして再び冒頭の港を見下ろす丘の上での老夫婦の会話に移る。「俺は夢をかなえられなかったが、お前はどうか?」と語るドンスに「私は素敵な人と巡りあえて幸せな家庭を作ることよ。あなたは夢を叶えてくれた」と返す。ドンスは「嘘でも嬉しいよ」と言いながら、「もう店を売って良いよ」と言い、ヨンジャが「あなたも成長したわね」と返すところで映画が終わることになる。

 ネット解説に「韓国戦後史を綴った大河ドラマ」という紹介があるが、まさにその通りである。朝鮮戦争の混乱は兎も角、戦後のドイツやベトナムへの出稼ぎ、そして離散家族の再会プロジェクトは、今までも話は聞いていたが、今回映像で語られるとその実態がリアルに伝わってきた。特にドイツへの韓国人の出稼ぎについては、かつてドイツに勤務していた頃に、在独韓国人の人口は日本人の倍以上で、それがこうした戦後間もなくの韓国人鉱山労働者の男性と看護師の女性の大量の流入が主因であったと聞いていたが、それをまさに映像として観ることになったのである。また離散家族の再会は、映画で描かれたとおり、それが実現できた時は、本当に感動的であったことが伝わってきた。ドンスを演じたファン・ジョンミンは、「韓国風家長性」がやや鼻につくとはいえ、「ベテラン」の中年俳優とはまた違った、青年時代の若い風貌から始まり、最後はメーキャップによる老人に至るまで変貌しつつ、夫々の時代を淡々と演じている。ヨンジャも、若い独身時代から、中年を経て老人になるまで、夫々の時代の雰囲気を出していた。「ベテラン」でもそうであったが、シリアスな中にも時折コミカルな演技も交え、また戦争の悲惨への悲しみと家族の再会の感動といった相反する要素で観客の心を揺さぶる手法も見事である。外で降りしきる冷たい雨の一日に、心地良い感動を与えてくれた名作であった。

鑑賞日:2023年3月26日