アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
映画日誌
アジア映画
哀しき獣
監督:ナ・ホンジン 
 映画はしばらくご無沙汰していたが、連休前の小旅行から戻り、連休中はジムもテニスも限られることから、この期間は映画で時間を潰すことにした。そこでまず店頭で適当に選び借りてきたのが本作である。2012年の公開作品で、監督はナ・ホンジンであるが初めて聞く名前である。主演のグナムをハ・ジョンウという俳優が演じている。どこかで見た顔であるが、どの作品であったかは直ぐには思い出せない(その後検索したところ、私が見た作品では、「テロ・ライブ」や「ベルリン・ファイル」で主演していたことが分かった)。

 「1,運転手」。北朝鮮との国境の中国側にある朝鮮族の自治区・延吉州でタクシー運転手をしているグナム。彼は幼い女の子を母親と育てながらも、麻雀賭博で借金を抱え、借金取りから追い立てられている。彼の妻は韓国に出稼ぎに行っているが、その妻からの送金を当てにしているグナムに入金はなく、周囲の人からは「韓国に行った女はそこで浮気して帰ってこない」と言われている。そんな彼が麻雀店で敗けて大暴れしたのを見た地元のボスで、韓国への密航組織を仕切っているミョンから、「韓国でキム・スンヒョンという男を殺し、証拠に指を持ち帰ったら大金をあげる。ついでに妻と会ってこい」と告げられ、それを受けることになる。彼は列車で大連に向かい、そこから密航船、最後は小さなモータボートに乗り韓国に入るのである。彼の帰国の密航船は10日後の出航が決められており、その間に彼はミッションを果たさなければならない。

 「2,殺人者」ソウルに入ったグナムは、ミョンから与えらえたターゲットであるキムの住所を頼りに、彼の自宅兼事務所の建物に張り付くと共に、空き時間に妻の勤務先などを訪ねるが、仕事を替えている彼女とは会うことは出来ない。そんな中で、ある日、キムのビルを監視していたグナムの前で、別の男たちがそのビルに入り、キムを殺す。騒ぎに気がつきビルに入ったグナムは、殺されているキムの指を切り落としポケットに入れるが、別の殺人者たちに見とがめられ、彼らともみ合っている中、警察が到着。警察から殺人の実行犯とされた彼は必死でそこから逃亡する。テレビニュースでは、ソウルで3人組により、大学教授でクラブなどの経営者が殺され、警察が犯人を追っているという報道が映されている。

 「3,朝鮮族」。バスで移動中の検問も逃がれ山に逃げ込んだグナムとそれを追いかける警察以外に、彼を追う2つの犯罪グループがあり、この辺りから話が込み入ってくる。その一つの犯罪組織と繋がり、グナムに殺人指示を出したミョンも韓国入りし、グナムを追いかける。他方で、テレビでは30代と思われる女性の他殺死体が見つかったという報道が行われ、それが出稼ぎに出ているグナムの妻ではないか、ということが示唆されている。こうして警察、2つの犯罪グループ、それにミョンの朝鮮族グループが入り乱れ、お互いに抗争しながらグナムを追い、グナムがそれらを何とか繰り抜け、合間に妻の痕跡を追うという形で話が進んでいく。結局グナムは、死んだ女が妻であるという、死体を検分した男の話から、その遺灰を持って動き回ることになる。ただそれらの関係は一回観ただけではほとんど理解できず、ただ訳もなく彼らが乱闘を繰り広げたり、カーチェースをしたりする場面を眺めるだけになる。

 そして最終章「4,黄海」。グナムは若い女に、「自分はもう中国には帰れずここで死ぬが、その前に、今回の事件を仕組んだ連中を探し出し報復する」と告げている。その女は、銀行の窓口で、受付の若い男と手続きをしているところを、グナムに見とがめられ、双方が驚いたりしているが、彼女が韓国に行った妻なのか、あるいは別人なのかはよく理解できない。そして関連グループ入り乱れた最後の乱闘が繰り広げられ、犯罪グループやミョンは死ぬが、グナムは生き延びで、小さなボートで韓国を出て黄海に出航する。しかし、その船上でグナムは死に、遺灰と彼の身体は黄海に投げ捨てられるのである。短いタイトルバックが出た後、グナムがソウルで会っていた若い女が深夜の駅に降り立ち歩き始めるところで、改めてタイトルバックが出て、映画が終わることになる。

 ということで、殺された男と2つの犯罪グループやミョンとの関係は全く分からず、また途中で登場し、タイトルバック後改めて出てくる若い女が誰で、別に殺された30代の女が妻であったのかどうかも理解できないままであった。そんなことで、ネットのあらすじ解説を見ることになったのである。その結果分かったのは、まず殺されたキムは、二つのグループから狙われていたということ。一つは、ヤクザグループの親玉の女と寝たことで、そのグループから狙われていた。そして別に、キムの妻が若い銀行員と浮気しており、その銀行員もキムの殺人を考えていたが、その筋と繋がるミョンは、その殺しをグナムに託したということ。しかし、結局ヤクザグループがキムを殺し、偶々そこにいたグナムはキムの指だけ切り落とし、そして結果的にキムの妻は、夫の排除に成功した、ということのようである。また別の30代女性の殺人は、偶々グナムの妻と別れた男が、その後同棲していた別の女を殺したということで、グナムの妻は生きており、最後は彼女が故郷の延吉に帰る、というのがタイトルバック後の短い場面であるということである。しかし、益々分からない。グナムは2つのヤクザグループに追われているが、実際にキムを殺したグループとは別のもう一つのグループはどのような役割なのか?またグナムは結局妻とはソウルで会うことが出来たのかどうか?そんなことで、いつもの通り、一部を早回ししながらもう一度観ることになった。

 その結果分かったのは、グナムが、「自分はもう中国には帰れずここで死ぬが、その前に、今回の事件を仕組んだ連中を探し出し報復する」と告げているのは、殺されたキムの妻であった。グナムは、切り取ったキムの指を見せながら、「あなたの夫を殺したのは私ではない」と告げる場面があった。ところが、別のヤクザグループに捕らえられた男が、キムの妻と愛人の銀行員から頼まれてミョンにキムの殺人を依頼した、と自白する場面があることから、もう一つのグループはミョンと繋がっていたことが分かる。そしてグナムは、別の男の自白から、その妻と銀行員の関係を知り、二人の窓口での取引を目撃する、ということになるのである。そして確かに、別の殺人事件で殺された30代の女は、偶々同じ愛人を持ったということで、妻は生き延びて延吉に帰京するー確かにタイトルバック後に短く登場する女は、グナムが持っていた写真の妻であるーということで、グナムは、結局韓国にいた妻とは会えず、犬死したという結末になるのである。

 よくもまあ、これだけ偶然を重ね合わせて、敢えて複雑な筋にしたと言わざるを得ない作品である。そしてそれを繋ぐ暴力・殺傷事件のリアルさは、いつもの韓国映画の要素であるが、あまり気色の良いものではない。韓国人というのは、こうしたリアルな暴力を好むのだろうか、という若干偏見気味の印象を改めて抱いてしまう。北朝鮮国境に近い中国自治区に朝鮮族の社会があり、彼らが韓国に密航し出稼ぎに行っているという面白い世界を知ることは出来たが、他方で中国人であるグナムが、流暢な韓国語を話し、韓国社会に直ぐ適応できてしまう、というのも本当?と思ってしまう。相当のお金をかけ、内外の映画祭で多くの受賞実績がある作品ということであるが、個人的には疲れただけで、余り良い印象は持てなかったのであった。

鑑賞日:2023年4月30日