アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
映画日誌
アジア映画
ソウルの春
監督:キム・ソンス 
 レンタル店で借りた2本を観ている内に、ふと、少し前に友人から薦められた最近の韓国映画で、首都圏での上映が終了していたことから観られなかったこの作品が気になった。ネットで調べて見ると、何と今日から年初にかけての数日だけ、大森駅前の劇場で上映していることが分かった。電話をしてみると、ここは定員40名足らずの小劇場で、本件は2本建て上映の一本。予約は出来ず、先着順に自由席で着席していき、満席になったところで締め切るというシステムになっているということであった。明日以降は週末、そして年末年始の祭日になるということで、行くとすれば今日しかないと考え、衝動的にJR大森駅前のこの映画館に出かけ、結局映画漬けの3日間となってしまったのであった。因みに、二本建てのもう一本は「密輸」というもので、同じ1,400円の料金で続けて観ることができるということであったが、流石に5時間近く映画館で座っているのは苦痛なので、もったいないがこの一本だけ観て席を立ったのであった。

 言うまでもなく、現在韓国は政治的混乱の最中にある。今月12月3日夜、韓国のユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領が突然「非常戒厳」を宣言し、一部の軍隊が国会に突入する等の事態になったが、その後、国会は大統領与党を含めこの非常戒厳解除を要求する決議を行うと、一転大統領はそれに従いそれを解除することになる。そして続いて、議会多数派の野党は大統領弾劾の決議を提出、3回目の決議が与党からの造反も出て、規定の3分の2を上回り可決。大統領は職務停止となり、現在は憲法裁判所の弾劾審査が進められる事態となっている。更に今日(12/27)には、大統領の職務停止中、その職務を代行する韓悳洙(ハン・ドクス)首相に対する弾劾訴追案まで可決され、崔相穆(チェ・サンモク)経済副首相兼企画財政相が権限代行(代行の代行!)に就くという異常な展開となっている。そもそもこの「非常戒厳」は、1979年にパク・チョンヒ(朴正煕)大統領が暗殺された際にも宣言されたが、その後1987年に民主化が宣言されて以降これが宣言されたのは今回が初めてということで、今後の展開が全く見えない状態である。そしてまさにこの映画は、1979年のパク・チョンヒ(朴正煕)大統領暗殺事件後(その「非常戒厳」が解除された直後?)に発生した、全斗煥によるクーデター事件を取上げたものである。日本公開は今年8月。監督はキム・ソンス。

 1979年10月26日のパク大統領の暗殺で、民主化が期待された「ソウルの春」であったが、この映画はそうした民主化の動きはほとんど描かれず、暗殺事件後、合同捜査本部長に就任したチョン・ドゥグァン(全斗煥がモデルである。俳優はファン・ジョンミン)が同年12月に起こしたクーデターと、それに対抗する首都警備司令官に就任したイ・テシン(チョン・ウソン)の闘いを描くことになる。

 チョンは、「ソウルの春」を苦々しく感じている保守強硬派で、陸軍内の秘密組織である「ハナ会」を牛耳っている。他方、参謀総長は、チョンに警戒感を抱いており、彼の意向に反して、「ハナ会」とは縁のない高潔な軍人イを首都警備司令官に任命する。それをきっかけにチョンが実権奪取を企て、参謀総長を拉致し、彼がパクの暗殺にも関与したという嫌疑で失脚させようとするところから話が急展開する。イは、チョンの動きを察し、直ちにそのクーデターに立ち向かい、また大統領もチョンの意向を受けた参謀総長逮捕には応じない。一時はチョンの動きは合法性を失った違法なクーデターとなり、失敗する瀬戸際に追い込まれることになる。しかし、チョンは、「ハナ会」の息のかかった将軍たちと彼らに率いられた空挺部隊を脅し透かしながら動員し、ソウルに進軍させる。立ち向かうイは、ソウルにかかる大橋で単身空挺部隊を阻止したりするが、最後は、優柔不断の国防大臣がチョン側についたことから敗北し、チョン主導の軍事独裁政権ができることになるのである。私は、チョンがその後11、12代の大統領なったという最後のルビで、彼が全斗煥であることを知ることになった(また私は気がつかなかったが、13代大統領の盧泰愚もチョン派の一人として登場しているという)のだが、それまでは如何にも悪役のチョンを、高潔で無私(且つイケメン)なイが抑えるものと思っていた。しかし、期待に反し、イは最後、参謀総長と共に捕らえられ、刑務所で拷問を受けるという結末になるのである。それがこの事件の歴史的事実であったのだ。イや参謀総長のその後の消息は、この映画では語られることはない。

 ということで、公開時にこの作品が、特に韓国で観客動員数の記録を更新する等大きな話題となったのは、まさにこの国の暗い歴史に立ち向かった勇敢な男がいたという共感からであったのだろう。しかし、同時にこれは歴史の冷酷さも如実に示すことにもなっている。軍事独裁の時代は過去になったとはいえ、今回の韓国で起こっている事件は、この国の民主主義がまだまだ未熟であることを示すと共に、日本(現在の日本国憲法には、「戒厳」といった非常大権はないが、これを改定すべき、との右からの議論もある)でもこうした世界が過去のものになったとは断言できないことを痛感させられる作品であった。

鑑賞日:2024年12月27日