アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
映画日誌
その他
レ・ミゼラブル
監督:トム・フーパー 
 一時帰国した日本の正月に、話題の映画「レ・ミゼラブル」を見た。

 言うまでもなく、ミュージカルとして世界各地でロングランを続けている名作の映画化である。ミュージカルについては、私は、1985年にロンドンで初演された直後の、86年か87年に、ソーホーにあるシャフツベリー劇場(当時、ロンドンのミュージカル界で破竹の勢いであったアンドリュー・ロイズ・ウェーバーが、個人でその劇場を買い取ったというのが話題になっていた)で見て、たいへん感激した記憶がある。観劇直後に、当時2枚組で出ていたアナログLPを購入し、しばらくの間愛聴していた。しかし、そのLPは今だに手元にあり、またミュージカルも、時折日本でも劇団四季等が演じていたと思うが、その後30年ほど、この作品に接する機会はなかった。しかし、シンガポールでもこの映画が封切りになる前後、結構話題になっていたこともあり、一時帰国した日本で見ることにした。

 囚人ジャン・バルジャンが、造船所で、奴隷のように船の引き上げを行った後、監察官のジャベールから、仮釈放の告知を受け出獄するところから映画が始まる。1815年という想定である。釈放されたジャン・バルジャンは、宿泊した教会で盗みを働くが、司祭は、彼を捕えた警官の前で、盗んだ品は自分が与えたものだとし、彼を許す。そして彼は自分の過去を捨て、更生して生きようと決心する。

 その後のストーリーの展開についてはあえて以下のように簡単に触れるだけにしよう。1823年、事業と市長という社会的地位を得たジャン・バルジャンが出会う薄幸の女ファンテーヌ。彼女が息を引き取った時、ジャン・バルジャンは彼女の没落に自分も関係していたことを知り、その償いのため、あくどい商売をする宿屋の夫婦に預けられていた彼女の娘コゼットを引き取って育てることにする。そして1832年のパリ。蜂起の準備をしている学生の中に、両家の息子のマリウスがいる。彼は年頃になったコゼットと偶然遭遇し、彼女に恋をする。二人の恋を仲介するのは、かつてコゼットが預けられた宿屋の夫婦の娘エポニーヌであるが、彼女もマリウスに惹かれながら蜂起に加わっている。ジャベールに追われたジャン・バルジャンとコゼットが姿を消すと、マリウスは自暴自棄となり無謀な蜂起の先頭に立っていく。

 蜂起が政府軍の圧倒的な兵力の前に鎮圧される。エポニーヌを始め、ほとんどの学生が殺される中、傷ついたマリウスを背負ったジャン・バルジャンは、パリの下水道を伝わり脱出する。そこで待ち構えていたジャベールは、学生の開放区で拘束されていた自分を逃がしたジャン・バルジャンを捕えることができず、正義を貫けなかったとしてセーヌ川に身を投げる。

 こうして助かったマリウスは、コゼットと再会し、ジャン・バルジャンの許しを得て結婚することになるが、その宴の前にジャン・バルジャンはマリウスに自分の過去を告白し、静かに姿を消す。そして彼がかつて司祭から許しを受けた教会で、静かに息を引き取ろうとしている時に、そこを突き止めたコゼットとマリウスが彼のもとを訪れるのである。

 このミュージカルの原作は、作曲がクロード=ミッシェル・シェーンベルグ(彼は私が見たミュージカルでは、他に「ミス・サイゴン」の作曲も担当している)、プロデュースがキャメロン・マッキントッシュ(言うまでもなく、彼は、A.L. ウェーバーと組んだ「オペラ座の怪人」や「キャッツ」をはじめとする数々のミュージカルの製作を手掛けた、ロンドン・ミュージカル界屈指のプロデューサーである)。今回の映画版は、それを改めてW.ニコルソンとH.クレッツマーという二人が脚本を担当し、「英国王のスピーチ」(2010年)で名声を確立したトム・フーパーが監督した作品である。

 主要な俳優は、ジャン・バルジャンがオーストラリア生まれのヒュー・ジャックマン。ジャベールをニュージランド生まれのラッセル・クロウが、ファンティーヌをアン・ハザウェイ、コゼットをアマンダ・セイフライドという二人のアメリカ人が、そしてマリウスとエポニーヌが、エディー・レッドメイン、サマンサ・バークスという二人の英国人が演じている。ほとんど全てがミュージカル界で実績を積んできた俳優・歌手である。可愛い系女優と思っていたアン・ハザウェイさえも、この世界に入ったのはミュージカルからであったというのも、今回初めて知ることになった。

 音楽については、オリジナルの舞台と比較すると、映画では、幾つかの曲を省いた他、歌われる順序を変えたり、新しい曲を加えたりしている。例えばジャン・バルジャンの囚人としての苦役を冒頭に持ってきたことで、「Look Down」が最初に歌われるが、これは舞台では、むしろ貧民街の人々の叫びの革命の序曲として、第一幕の後半に歌われている。他方、「the Bishop」、「Valjean’s Soliloquy」、「Suddenly」などは、オリジナルのサントラには含まれていないので、今回新たに挿入されたものと思われる。

 こうした音楽面での変更は、映画ではまさに物語の展開をより劇的に表現するために行われたものであると言える。実際、30年前の記憶を辿ると、大がかりな舞台装置と、エポニーヌの歌う「On My Own」のような印象的な楽曲の記憶は残っているものの、物語自体の細部の展開はほとんど記憶に残っていないし、また当時、物語自体に感銘を覚えたという記憶はない。しかし、今回の映画版は、音楽以上に、物語の展開が、より強い印象を与えてくれたのである。

 ファンティーヌの早世からジャン・バルジャンがコゼットを引き取る経緯や、エポニーヌが、自分が思いを寄せるマリウスをコゼットに引き合わせるくだり、そしてマリウスに全てを打ち明け、静かに立ち去ったジャン・バルジャンが、実は戦闘の夜、自分を救った人物であることを知り、コゼットと共に彼が息を引き取ろうとしている教会に駆けつける場面など、これでもかこれでもかと涙腺を刺激する仕掛けを施している。これらは、残念ながら、幼少期に読んだ子供向けの要約版を除き、ユーゴーの原作をきちんと読んだことのない私には確認できないが、おそらくは原作の持つ魔力なのであろう。映画は、舞台版と比較して、まさにこの原作が持つストーリーの魔力を徹底的に再現しようとしたのだろうと想像される。そしてそれは見事に成功した。

 この映画を見た直後の1月5日(土)、劇団四季による「オペラ座の怪人」の舞台を見る機会があった。このミュージカルを見るのも、90年代にロンドンで見て以来、約20年振りである。この劇団四季による舞台版は、確かにそれぞれの出演者の歌唱力は優れており、また日本語の歌詞になっていることから、物語の展開は理解しやすかったものの、こちらはロンドンでの舞台に比較して、どうしても華やかさに欠けることと、やはり日本語の歌詞が全体の雰囲気をやや俗化してしまっていると感じざるを得なかった。それに対し、「レ・ミゼラブル」の方は、映画ではあるものの、英語の歌詞とそのサブ・タイトルの日本語が、雰囲気を維持しながら、物語の理解を容易にさせてくれるという効果をもたらしていた。その意味で、今回の日本滞在時に鑑賞した二つのミュージカル関連作品としては、映画版「レ・ミゼラブル」が、劇団四季の「オペラ座の怪人」を圧倒したのであった。やはり舞台版ミュージカルは、絢爛豪華な舞台と歌を、そして映画はストーリーを楽しむものである、ということを改めて痛感した新年であった。

鑑賞日:2013年1月2日