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Zero Dark Thirty
監督:キャスリン・ピグロー 
 2008年に、イラク戦争の爆弾処理反を題材とした「ハート・ロッカー」で、元夫のJ.キャメロンの「アバター」を抑えてアカデミー賞で作品賞や監督賞など6部門を受賞して話題になった米国の女性監督ピグローが、今度は2011年の米国特殊部隊によるオサマ・ビン・ラディン暗殺を取り上げた作品を発表した。脚本も「ハート・ロッカー」で組んだマーク・ボールということである。

 「ハート・ロッカー」は、当時関心があったのだが、何となく見逃してしまった。シンガポールは、人口が少ないせいか、洋画の公開のタイミングは日本よりも早いのだけれども、公開期間が短く、ちょっと躊躇っているとすぐ終わってしまう。日本のように、劇場公開後レンタル・ビデオがすぐに出回る、ということもないので、映画館で見逃してしまうとなかなか次に見るチャンスがない。そんなこともあり、今回の映画は、1月24日の公開から間もない金曜日の会社帰りに、衝動的にいつもの近所のシネコンに飛び込んで見ることになった。

 冒頭は、暗いスクリーンのまま、9.11NYテロ時の緊迫した会話の数々が流された後、すぐに中東にあると思しき米軍特殊キャンプでのアルカイダ関係者への拷問シーンに移り、新たにチームに参加した若い女性マヤ(ジェシカ・チャステイン)がそこに同席している。このシーンは、初めは、女性監督の割には、結構激しくやるな、という感じで見ていたが、そうした尋問、拷問シーンがしばらく続くと見ている方はややうんざりしてくる。

 しかし、さすがにそれは長く続かず、その後はマヤを中心としたオサマ追跡チームによる活動が描かれるが、長い間彼らは全くオサマの情報を掴めず、上層部も、時折彼らが無駄に予算を使っていると叱責している。その間、世界各地では、2005年のロンドンでのダブルデッカー爆破等、アルカイダに関連したと思われるテロが続き、マヤ自身もイスラマバードのマリオット・ホテル爆破に、チームの女の友人と共に巻き込まれたり、自宅を車で出ようとした時にテロリスト集団に襲われたりする。そしてその友人が、今度はキャンプでの自爆テロで命を落としたことをきっかけに、オサマを追跡するマヤの執念が異常なまでに高まっていくことになる。

 結局彼女がオサマ追跡の鍵として使ったのは、オサマ側近の携帯電話の発信源を追いかけることと、私の理解が間違いなければ、冒頭で拷問されていたアルカイダ関係者と彼女が結んだ友情により、彼らからもたらされた情報の二つであったように思われる。こうしてあの、オサマが潜んでいたパキスタン、アボッターバード市内の「要塞」が潜伏場所として特定されていく。しかし、上官との会議では、誰も、そこにオサマが潜んでいることが確実だとは断言できない。その時に隅に着席していたマヤが、それは100%確実であるとしたことで、作戦が開始されることになる。

 そしてついに2011年5月2日、午前0時30分(Zero Dark Thirty)、襲撃作戦が開始され、パキスタン隣国の基地から飛び立ったヘリが国境を越え、アボッタボードの要塞に向かう。ここからの襲撃シーンが、正直この映画で最も面白かった部分である。それまでの、オサマの居所が特定されていく過程は、おそらくそれなりに論理的に説明されていたのだろうが、英語と中国語サブタイトルを100%追えない中で、個人的には必ずしも納得感がなく、そうであるとやや物語の展開が退屈に感じられていた。しかし、この最後の要塞襲撃は、まさに言葉が不要のアクション部分である。あの暗殺事件の時に何度もTVなどに映された要塞に特殊部隊が突入。そして当時は当然分からなかった、内部を捜索する様子がじっくりと描かれる。特殊爆弾での扉の破壊、同居する女子供の叫び、若干の戦闘と追い詰められたオサマの射殺。外の通りでは、深夜の爆音に驚いた住民が集まり始めている。部隊はオサマの死体を袋に詰め込み脱出するが、その時、一台のヘリが失速し敷地内に墜落炎上する。そして最後は、基地内に運び込まれたオサマの死体を前に、本部と電話交信する上官に向かいマヤが「OK」のサインを出すところで映画は終わる。実際には、オサマの本人特定はDNA鑑定などを経て慎重に進められたのであろうが、ここではいとも簡単にマヤがそれを確認して作戦が終了する。

 ネット情報では、この映画作製過程では数々の議論が巻き起こったということである。私の記憶に残っていたのは、この作戦に参加したマヤのモデルとなる女性兵士が、CIAの機密を漏らしたという問題で政府との緊張関係に立たされている、といったことであるが、これはむしろネットでは、脚本のマーク・ボールに対するCIAの情報源の機密漏えい疑惑が持ち上がった、とだけ説明されており、それがこの映画のような女性隊員からであったのかは特定されていない。また、この映画が、大統領選挙でのオバマ再選のための政治目的で作成され、公開されたという議論や、あるいは冒頭の拷問シーンについて政府側から、誇張され疑惑を招く表現として非難された等が紹介されている。いずれにしろ、こうした政治議論は、現在のところは映画を宣伝する話題となった程度で、シリアスな政治問題になっているという感じではない。

 映画ではマヤを演じたジェシカ・ジャステインが、次第に偏執狂的になっていき、上官に激しく食い下がると共に、協力してくれる同僚とは信頼関係で結ばれている様子を懸命に演じている。この女優は、米国テレビ・ドラマのER(救急病棟)等に出ているということなので、緊迫した状況での激しい議論の演技には慣れているのであろうが、しかしそうしたエキセントリックな対応は、いくらアメリカ人とは言え、やや現実離れしていると考えられなくもない。結局繰り返しになるが、この映画では、オサマの要塞の襲撃シーンが最も楽しめたし、それが監督の最も得意とするシーンであったのではないかと感じたのである。

鑑賞日:2013年2月1日