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EIGHT DAYS A WEEK
監督:Ron Howard 
 続けて、Beatlesのツアー時代を振り返るドキュメンタリー映画である。

 過去1年程続いてきた米国大統領選挙が、共和党ドナルド・トランプの勝利で確定した夜。テレビはこの「番狂わせ」についての後講釈で溢れるだろうと予想されていたこと、そしてこの結果、日本市場を含めアジアの株式市場は大きく下落、そしておそらくこれから始まる欧州や米国の市場も続いて下落するだろうとの予測に、家にいるのはバカバカしく感じられたことから、近所の映画館に出かけていった。更にこの映画のシンガポールでの公開が、この日が最後であったというのも、まさに何かの縁であった。こうして、夕方早々に事務所を飛び出し、昨日までの夜の予定でなまった身体をジムとプールで痛めつけ、それから軽い夕食を取り、Cathey the Catheyというシネコンに足を運んだ。Infernoを見たPlaza Singaporeのシネコン、Golden Village よりは遠いが、それでも徒歩で10分程度。8時半に、人も疎らになったショッピング・センター内の6階にあるシネコンに到着した。そこは一層閑散としており、私の前に、やはり一人で同じ映画のチケットを購入した欧米人の男がいるくらいである。チケットを購入し、一階上に昇った会場に向かうが、指定の4番の部屋の扉を開けると、中は真っ暗で誰もいない。近所にいた案内の女性に確認すると、そこで間違いないということで、改めてそこに向かうと、丁度会場に灯りがついたところであった。そして前回の映画館の寒さに懲りて持参したユニクロのフリーズを纏い席に着くとすぐ映画が始まった。平日夜8時40分開始とあって、ちょっと遅れて入ってきた人々を含め、観客は10人程度。ゆったりと鑑賞できる雰囲気である。

 何であえて今ビートルズなのか、ということであるが、偶々この秋に一時帰国した際に購入した音楽雑誌で、長らく廃盤になっていたこのバンドの1965年の米国ハリウッドボールでのライブアルバムが再発売され、同時にその時期のバンドのツアーを追いかけた映画が公開されるという2つのニュースが特集されていた。既に活動を停止してから半世紀以上経つが、それでも時折こうした発掘盤が現れ話題となるのが、このバンドの偉大なところである。そして、先週末、当地の仲間からこの映画を見たという話を聞いたことで、週末にでも見に行こうかと考えていたのだった。しかしネットで調べたところ、平日のこの日が最終日であった。因みに、この映像の監督は、「Inferno」と同じ、Ron Howard。一般映画だけでなく、こうした映画も監督・製作しているのは驚きであった。

 映画は、主として1963年から66年にかけて、このバンドがツアーで世界を回っていた時代を追いかけている。初期のハンブルグ時代から、リバプールCavern Clubへの凱旋を経てスターダムにのし上り、それからは米国参入を含めたワールド・ツアーでの熱狂的な観客の反応が映し出される。日本公演については、武道館使用についての右翼の反対運動やEHエリックによる紹介の様子など。もちろん映像自体は、こちらに持参してきているDVD「Anthology」を含め、どこかで見たような映像がほとんどであるが、映画館で見る映像は、やはり迫力がある。そしてそれ以上に、ライブの音質が圧倒的に向上しており、このバンドが、その後いくらでも出てきた、テクニックでは圧倒的に上回るバンドと比較しても、それなりの演奏力を持っていたことが映画からは十分感じられる。雑誌の記事での表現を借りると、彼らが何よりも、「ヴォーカル、ハーモニー、選曲、アピール性という総合力が桁外れ」であったことを、改めて納得するのである。そして同じ雑誌の別の記事にあるように、「She Loves You」の「ウー」とシャウトするところで、ポールとジョージが首を左右に振る姿を見て熱狂しない女性ファンはいないだろう。この映画はそうした「ビートルズ現象」を、当時の社会情勢(ケネディー暗殺やキング牧師の差別反対運動等)も織り込みながら辿ったドキュメンタリーであった。

 そして本編が終了し、タイトルバックが流れた後に、本編で一部使われていた1965年8月のニューヨーク・シェイ・スタジアムでのライブの演奏部分だけを編集した30分程度の映像が上映される。友人から、「タイトルバックの後にサプライズがあるから、そこで帰らないように」と言われていたが、これは映像のクリアーさと音の素晴らしさで、最後に改めて彼らの全盛期の音楽を堪能できたのであった。

 同じ雑誌の記事で、この映画は「彼らがツアー活動に嫌気がさすまでの歴史を追った映像作品」と書かれているが、私がこのバンドに同時代ではまったのは、まさに彼らがツアー活動をやめた時期であった。同時代では知らない彼らのライブに、半世紀過ぎた今、またこうした進化した映像と音質で接することができ、それを楽しめるのは全く有難い限りである。
 
 11時過ぎに映画がすべて終わった時、映画館に残っていたのは私を含め3人だけであった。静まりかえった映画館を出て、帰途につきながら、今週末は、手元にあるDVD「Anthology」をまた眺めてみようと考えていた。因みに、家に帰ると、予想に反し、ニューヨーク株式市場は急騰していたのだった。

鑑賞日:2016年11月9日