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テイラー・オブ・パナマ
監督:ジョン・プアマン 
 原作は1996年、邦訳は1999年10月刊行の作品。パナマ運河の管理権をパナマ政府に返還する協定の発効をネタに、それを巡る英国諜報員の活動と、彼に雇われながらも、偽の情報を流し、英国情報部を混乱させる英国人仕立屋の企み、そしてその結末を描いている。

 英国情報部のアンディ・オスナードは、女性問題などからパナマに左遷されるが、そこでパナマ運河管理権を巡るパナマ国内の情勢につき情報収集を命じられる。そのため、現地の情報源として、元々は英国で犯罪を犯し、監獄で習得した縫製技術を用い、服役後パナマで仕立屋を開業し、パナマの有力者たちも顧客に持っているハリー・ペンデルに目を付け、彼が農園投資で負債を負っていることも利用し、彼を情報活動に巻き込むことになる。ハリーは、現在は改心した普通の市民で、パナマ運河管理庁に勤めるアメリカ人妻のルイーザと二人の子供と共に平和な生活を送っているが、アンディに無理やり雇われたことで、その家族生活や友人関係の危機に巻き込まれていく。そうした中で、ハリーは、苦し紛れの偽情報をアンディに提供。それは英国情報部・大使館を含めた英国の活動を予期せぬ方向に導くと共に、ハリーの親友であるミッキーの悲劇をもたらしていくのである。

 ということで、今回はパナマという、著者にとっても新しい舞台を背景に展開する情報戦を描いた作品になっているが、相変わらず翻訳で読んでも時間感覚や語りの主体が曖昧なまま進む展開についていくのに苦労させられる。しかも、今回は、その舞台であるパナマ運河運営の主導権を巡る世界各国の思惑―特に日本が強い関心を持ち、パナマ政府関係者に積極的なアプローチを進めているように描かれているーが今一非現実的で、またその結末―米軍が、管理権の返還を翻し、侵攻したかのように読めるーも、必ずしも明確に描かれていない。結末は、駐在大使やアンディを含めた英国大使館関係者全員の引責異動ということになっているので、英国情報部の作戦は大失敗であったということなのだろうが、その経緯もなかなか理解できない。そんなことで、終盤に至り、やや読む気力をなくした作品であった。

 この作品は、2001年に、007映画でも主演したピアーズ・ブロスナンがアンディを演じる形で映画化されたことを読了後に知ることになる。レンタル屋に行ったところ、このDVDの在庫があったので、早速借りて観ることになった。日本語タイトルは、原作をそのままカタカナに倒した「テイラー・オブ・パナマ」。アメリカ、アイルランド共作(英国は入っていない)で、監督はジョン・プアマン(英国人であるが、アイルランドを拠点に活動しているそうである)であるが、制作にはル・カレ自身もEcecutive Producerとして参加している。

 小説と異なり、話の展開が早いので、こちらの方が分かり易い。他方で、登場人物は、小説とはイメージが全く異なっている。アンディを演じるP.ブロスナンは、どうしても007、J.ボンドのイメージが残ってしまうのであるが、女たらしのやり手はそのままであるが、仕立屋のハリー(ジェフリー・ラッシュ)を脅し賺しながらスパイ活動に引き込む、むしろ悪役・嫌われ者という設定である。他方、その仕立屋ハリーは、さえないが家庭を大事にする普通の中年男で、過去に英国での犯罪で収監されたが、その後身を持ち直した過去を持つ男という感じでは全くない。この辺りが、小説でもやや不自然に感じたところであるが、映画でもそれは払拭されなかった。その彼がでっち上げる米国からの返還後の「パナマ運河」売却という噂や、かつてのノリエガ時代の反体制派の友人を使って、それをネタに反政府運動「静かなる抵抗運動(Silent Opposition)」の虚像を作り上げる過程や、最後の、かつての反ノリエガ運動家で、今はただの飲んだくれであるミッキーの自殺を、体制による反対派暗殺という口実として使い、米軍の侵略が始まるまでに至る、というのも小説同様やや無理がある。そんなことで、小説では十分掴み切れなかった話の展開を理解するには有難かったが、情報戦の機微を感じることはできなかった。著者自身は、数ある著作中、これを最自信作の一つと語っているようであるが、私にとっては、パナマ運河の映像や中米の街の雰囲気を知ることができたのが唯一の収穫である映画であった。

鑑賞日:2021年8月31日