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監督:モルテン・ティルドム 
 先週、映画館で観た「クーリエ」で、MI6とCIAの依頼を受け、ソ連の高官からソ連側の核開発やキューバへのミサイル配備に関する情報の伝達を請け負った英国の普通のセールスマンを演じたベネディクト・カンパーバッチが主演した名作として、友人から紹介されたのが、第二次大戦時のドイツの暗号エニグマを解読した「天才数学者」アラン・テューリングを描いたこの作品である。2014年制作、英米合作で、監督はノルウェイ人のモルテン・ティルドム。主人公のケンブリッジ大学数学教授アラン・テューリングを演じるベネディクト・カンパーバッチ以外は、暗号解読チームで彼を公私にわたって支える女性ジョーンにキーラ・ナトレイ、チームのイケメン・メンバーにマシュー・グートといった俳優が支えている。2015年の第87回アカデミー賞で8部門にノミネートされ、脚色賞を受賞している。

 第二次大戦での英国による対独宣戦布告から始まるが、ドイツ軍の攻勢が強まる中、ドイツが作戦行動を連絡する通信は誰でも簡単にキャッチすることが出来るものの、そのエニグマと呼ばれる暗号の解読に英国軍は苦戦していた。その解読を行うため「天才数学者」のアランがMI6傘下のチームに招集される。しかし、アランは、独善的且つ非社交的性格からチームに溶け込めず、仲間からは疎んじられ、また彼の機械を使った解読も進まない。そうした中、新たなスタッフとしてジョーンという「クロスワード・パズル」の天才女性が加わり、彼女が、アランと他のメンバーとの仲介役となり、チームが何とかまとまり始めることになる。

 なかなか進まない解読。MI6の上司は、アランの解雇も告げるが、チーム・メンバーの支援で、何とか時間稼ぎをすることになる。しかし今度はジョーンが、チームを辞めて親元に帰ると告げるが、アランは彼女に求婚し、それを何とか阻止する。そしてある日、飲み会でのジョーンの女友達の何気ない一言から、アランはエニグマ解読に成功するのでる。今やドイツの作戦情報がつぶさに彼らの手に入るものになったが、それを短絡的に使う作戦は、解読の事実をドイツ側に知られることになることから、あくまで戦略的な作戦のために密かに使用されることになるのである。そしてこのエニグマ解読は、英国の対独戦勝利の大きな要因となるが、チームの解散時に関連資料は全て燃やされ(関連資料を燃やす場面が映画の最後に挿入されることになる)、戦時中はもちろんのこと、戦後のある時期まで約50年間「極秘事項」として公表されることがなかったという。

 とんでもない奇人のアランを、カンパーバッチが熱演している。映画では、彼のそうした性格が若い頃に育まれたとして、少年時代(1920年代)の彼と親友クリストファー(肺炎で夭折する。アランは、エニグマを解読するマシンを「クリストファー」と名付けることになる)との交流や、彼が、戦後ある時期まで「犯罪」でる同性愛者であった(映画の最後に、1885年から1967年まで、英国法で約5万人が同性愛で有罪となった、とのルビが挿入される)として、戦後、警察の捜査対象となり、逮捕される場面(1950年代)などが交錯することになる。ジョーンとの婚約も、彼が同性愛を告白することでジョーンの怒りをかい(「メンバーの皆が言っていたとおり、あなたはモンスターよ!」)、婚約は解消されるが、彼女はチームに留まり、アランと共にエニグマ解読とその情報の運用に貢献したように描かれる。そしてジョーンは、戦後別の男と結婚。同性愛者として告発された後、収監を避けるためのホルモン治療で、肉体的にも精神的にもずたずたになっているアランと再会し、彼を励ますが、結局彼は1年のホルモン治療の後、1954年6月、41歳で自殺して果てることになるのである。この最後の再会の場面のカンパーパッチとジョーン役のキーラ・ナトレイとの会話、特にジョーンが、「あなたが普通でないから世界はこんなに素晴らしい。時として誰も想像しないような人物が、想像できない偉業を成し遂げるのよ」(この言葉は、それまでも何度か、アランを含む何人かの口で語られている)と呟く場面は、心に染み入る感動的な演技である。私は観ていないが、テレビ・シリーズの「S.ホームズ」役で注目されたという彼の「性格俳優」としての力量が、前記の最新作「クーリエ」のサラリーマン役では今一つであったが、ここではいかんなく発揮されている。2013年、エリザベス女王は、アランを死後恩赦し、前例のない彼の偉業を称えたということである。

 それにしても、こうした変人を使いこなした当時の英国指導者たちも立派であった。映画では、研究の中止を告げられたアランがチャーチル首相に直訴の手紙を書き、それを見たチャーチルがアランの研究を続けさせたように描かれている。それが真実かどうかは分からないが、演出としては理解できる。またチームにソ連のスパイが紛れ込んでおり、アランは気が付くが、MI6の上司は、あえて情報をソ連に流すため、分かった上で彼を使っている、として放置する。また1950年代の場面では、アランの戦時中の軍歴を調べる警察官が、アランの資料が失われていることで、彼がソ連のスパイではないかと疑う等、先日フィルビー物で読んだ、ソ連スパイ、バージェスとマクレインのソ連亡命にも軽く触れられており、戦中戦後のスパイ合戦の一幕としても読むことが出来る、たいへん面白い作品であった。

鑑賞日:2021年10月13日