スターリンの葬送狂騒曲
監督:アーマンド・イヌアッチ
原題は、「Death of Stalin」。スターリンの死去前後を主題とした旧ソ連の権力闘争を面白おかしく描いた作品である。2017年制作、英仏合作で、監督・脚本はスコットランド出身のアーマンド・イヌアッチ。名前のとおり、イタリア系の両親を持ち、BBCスコットランド等でコメディー放送作家としての実績を積んだ上で映画界にも進出したようである。この映画のような政治風刺のコメディー・ドラマに定評があるという。俳優としては、ネット情報によると、「ファーゴ」のスティーブ・ブシェーミ、「ハングオーバー!」シリーズのジェフリー・タンバー、「007慰めの報酬」のオルガ・キュリレンコ、モンティー・パイソンのマイケル・ペイリンといった名前が挙げられている。マレンコフ役はどこかで見たことがあるなと思っていたが、確かに言われてみれば、シンガポールで観た「ハングオーバー!」第二作でタイ女性と検結婚した後、バンコクを舞台にドタバタを繰り広げた俳優であった。
このコメディを観ようという気になったのは、直前に、映画の主人公であるスターリンの新しめの伝記を読んだことであった。もちろん、こちらは「真面目」な著作であるが、映画を観る前に、まずはこの新書をレビューしておこう。
(「スターリン」、著者:横手慎二)
この期に及んで、スターリン伝を読むことになるとは余り予想していなかった。もとより、ロシア革命後のソ連史は、私の学生時代の最大の課題の一つで、これに関わる書物は相当読み漁ったものだった。しかし、スラーリンの伝記としては、圧巻なトロツキー伝を残したI.ドイッチャーの未完の著作を読んだくらいであったが、いずれにしろ、彼の生涯や評価については、革命後のソ連史関連本で相当部分がカバーされていた。そしてソ連の崩壊後は、この分野の作品は時代性(アクチャリティー)を失い、私もソ連崩壊後のロシアの動きは時折追いかけてはいたものの、この世界からは次第に離れていくことになった。
しかし、そうした中で、ソ連崩壊に伴い、それまでは眠っていたその時代の資料の多くが公表されることになり、それらを参考にしながら、この時代やスターリンの再評価も行われることになった。この新書は、2014年の刊行であるが、そうした資料に基づく研究も踏まえたスターリン伝になっている(2016年までに5版を重ねているのは、ちょっとした驚きである)ということである。著者は1950年生まれの慶大名誉教授(出版時点)。「現代ロシア政治入門」といった著書も出しているようであるが、私は初めて接する名前である。
新資料を踏まえたスターリン伝ということであるが、内容的には、かつて私が学んできた情報と比較して、取り立てて斬新な見方が提示されている訳ではない。グルジアのゴリの貧しい家庭に生まれた彼が、神学校に進学するが、そこで革命運動に目覚め、以降は、何度か逮捕、シベリア流刑、脱獄を繰り返しながら、その堅実な活動で頭角を現し、レーニンの右腕となる。革命の成功後、晩年に差し掛かっていたレーニンは彼の粗雑さを憂慮することになるが、レーニンが死去したことで、彼は最初の窮地を脱し、それ以降はトロツキー、ジノビエフ、カーメネフ、そしてブハーリンといったライバルを排除し、権力を固めていく。その過程では、「一国社会主義」や農業の強制的集団化による重工業化の推進等を進めると共に、政敵のみならず、一般民衆を含めた処刑、強制収容所送りによる一党独裁による強権体制を強めていく。第二次大戦時は、ヒトラーの電撃的侵攻に、一時引きこもるが、その後立ち直り、ドイツへの反攻を指導し、戦後は米英に対抗した勢力圏の確保に邁進していくことになる。
こうした彼については、「底知れぬ悪行と非道を繰り返した独裁者」という評価がある一方で、「今なおロシアにおいて少なからぬ人々がスターリンを敬愛し、優れた指導者として信奉しているという事実」もある。私がソ連史を学んでいた時代は、戦後の共産主義=ソ連神話が崩壊し、ソルジェニーツィンの「収容所群島」暴露やメドベージェフ兄弟やサハロフら反体制派の告発を始めとして、前者の否定的側面が主題とされていたが、逆にソ連崩壊に伴いロシアの国際的な存在感が低下する中で、むしろかつての国際政治の一方の盟主であったソ連の栄光に憧れる国民の意識を反映したのが後者の評価ではないか、という気がするが、いずれにしろこうした政治家の評価が割れると共に、時代により変化していくことは、中国における毛沢東評価を見るまでもない。そしてこの著作では、詳細は省くが、特に後者の評価を念頭に置き、スターリンが、それなりに当時としては巧みな戦略により、彼の立場を築き、また世界戦争を乗り切っていった、といった側面がより前面に出た記述となっているように思われる。
フルシチョフの「スターリン批判」がそうであったように、こうした「天寿を全うした」独裁者の評価は一筋縄ではいかない。そしてそれは現代ロシアにおいてもそうなのであろう。国民国家が現代政治の基本枠組みである限り、その基盤を作った指導者を全否定することはできない。そうした政治家の評価を巡る難しさを端的に示すスターリン伝であった。
(以上)
さて、映画に移ろう。画面はモスクワでのクラシック・コンサートの終了後、それを放送しているラジオ・モスクワのプロデューサーの許に、スターリンからそれの録音を聴きたいとの直々の電話が入り、プロデューサーが再録のためのドタバタを繰り広げるところから始まる。既に雰囲気はコメディである。ソ連の人々が皆英語をしゃべっているのも、違和感はあるが、コメディなので許すことにする。同時に、ベリヤは、スターリンに、粛清、逮捕、処刑される者たちのリストを提出し、それに基づく逮捕、尋問が行われている。
届けられたコンサートの実況録音盤に同封された、ピアニストによる独裁者批判のメモを読み倒れるスターリン。これは実話であったようであるが、彼が倒れた時、護衛は呼ばれない限り居室には入るなと命令されていたことから、翌朝メイドが朝食を運ぶ時まで分からず発見が遅れ、彼の死期を早めたと言われている。そして葬儀と後継者を巡る関係者の駆け引きが始まる。主要登場人物は、マレンコフ、ベリア、フルシチョフ、カガノヴィッチ、ミコヤン、モロトフ、ジューコフといった面々である。
まずはスターリンの補佐役であったマレンコフが書記長代理として幹部会の長に就任するが、内務大臣で、治安関係を取り仕切っているチビ、デブのベリアが実権を握っている。スターリンの娘スベトラーナと息子ワシーリーも登場するが、特にワシーリーは軍属であるが、やや支離滅裂な言動を行っているように描かれている。そしてベリヤとフルシチョフは、夫々そのスベトラーナやワシーリーを抱き込もうとするが、次第にフルシチョフが、幹部会のメンバーの支持を得てベリヤ排除の陰謀を進めていくのである。
この辺りは、夫々の動きがコミカルに描かれているが、例えば、スターリンの葬儀に際し、ベリアは地方からの民衆の参加者を抑える対応を主張するが、フルシチョフが電車を動かし民衆がモスクワに殺到。それを抑えるべく、首都を警備していたベリアのNKVD部隊が発砲、多数の死傷者が出ると、それがベリア排除の決定的な理由になっていった、あるいはそれを契機にベリアの支配するNKVDに対抗していたジューコフがフルシチョフ支持に回ったというのは歴史的な事実かどうか、確認できるものではない。いずれにしろ葬儀後の最初の幹部会で、フルシチョフからベリヤ解任決議が出され、直ちに可決、ジューコフが会議室に踏み込みベリアを逮捕する。フルシチョフは、渋るマレンコフにベリヤ有罪の書類に署名を求め、その場でベリヤは処刑され、遺体は外の通りでガソリンを掛けられ焼却されるが、この辺りはコメディと言うにはあまりにシリアスであった。もちろん、そうしたベリヤ排除の詳細も歴史的な事実であったかどうかは、直ぐには確認できない。そして最後に1956年、フルシチョフはモロトフやマレンコフを排除し権力を握るが、そのフルシチョフも1964年、ブレジネフにより失脚させられる、というルビで映画が終わることになる。
ロンドン時代に、テレビで「Spitting Image」や「Clive James Show」といった番組を結構観たが、そうした英国的ブラック・ユーモアの流れの延長で、スターリン末期と死亡後の権力闘争を描いた映画である。このブラック・ユーモアがどれだけ英国以外で受け入れられるかどうかは微妙なところであろう。そして今や半世紀以上も前の死滅した社会主義国家ソ連の権力闘争という素材も、私の様に、一時期それに親しんできた人間にとっては、それなりに楽しめるが、それを知らない人々にとっては、余り関心を惹かない映画ではないか、そんな思いを感じた作品であった。
鑑賞日:2021年10月29日