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コレクティブ 国家の嘘
監督:アレクサンダー・ナナウ 
 先日、カール・マルクスの娘の一人を主人公にした作品を観た映画館で、予告編に接した作品である。その後、映画通の友人から薦められたことに加え、偶々原宿での夕食会に行く前に、時間的にぴったりはまったことから、渋谷の同じ映画館に足を運ぶことになった。

 ルーマニア映画を観るのは恐らく私の人生で初めてである。もちろんルーマニアと言えば、1989年の東欧革命でのチャウシェスク大統領夫妻の逮捕・処刑の記憶が生々しいが、この作品はチャウシェスク以降のこの国での汚職構造を抉った作品である。監督はアレクサンダー・ナナウで、ルーマニア映画としては初めて2019年のアカデミー賞の国際長編映画賞、長編ドキュメンタリー賞の2部門でノミネートされた他、その他の映画祭でも受賞を果たしたということである。

 2015年、ヘビーメタルのライブハウスで火災が発生し、若者を中心に30人を超える犠牲者が出る。この犠牲者は、火災後直後だけでなく、病院に運ばれた後しばらくしてからそこで亡くなる例が増えたという。その状況に疑問を持ったスポーツ新聞の記者が、取材を開始し、関係者の証言も含め、病院で消毒液を薄めて使っていることによる院内感染(緑濃菌感染)が発生し、それが死因となっているケースが多いことを突き止める。その病院は、スイスに別法人を有し、そこで購入した消毒液を高値でルーマニアの関係病院に卸し、そこで薄めて使うことで、スイス法人に膨大な利益をため込み、そしてその資金を政治工作の裏金として使用していることが明らかになってくる。

 記者会見で、保健大臣は、記者会見で病院の対応や行政の監督に問題はなかったことを表明するが、記者たちの追求に耐えられなくなり辞任、若いウイーン帰りの医師が新しい保健大臣に就任する。映画の後半は、記者たちに加え、この新しい保健大臣が、構造改革のために奔走する姿を描くことになる。しかし、最後では、総選挙で、支配政党である社会民主党が圧勝することにより、この保健相らの努力が挫折することになる予感の中で映画が終わることになる。

 ということで、チャウシェスクの独裁から解放され「民主化」したこの国でも、それから30年以上が経過しても尚、新たな汚職構造が残っていることを示した作品になっている。もちろんそうした汚職構造は、経済発展で取り残されたこの国特有のものであると言えなくもないが、日本でも、つい最近日大の理事が、大学医学部の施設建設資金の一部を自分の息がかかった業者に横流しし、不正利益を得ていたことで逮捕された例の様に、決して別の世界の話ではない。その意味で、どこにでもある汚職構造であると認識して良いのであろう。

 ただ映像自体は、ライブハウスでの事故から始まり、被害者家族の嘆きやそれを受けての記者による取材、関係者の告発、激しいやけどを負った女性の再起話、そして新たな保健相による努力と徒労など、いろいろな描写を挿入しているが、場面場面が必ずしもすんなりと結びつかず、やや雑な構成になっているという印象も避けられない。その辺りは、映画としては、まだまだ改善の余地があると感じさせられた。

 ルーマニアの最近の政治情勢については、メディアで取り上げられることもほとんどなく、情報が少ないが、ネット情報によると、与党である国民自由党とハンガリー人民主同盟の連立政権に対し、野党である社会民主党が対峙し(この映画では、前述のとおり社会民主党が大勝利することで終わるが、その後も情勢は変化しているようである)、それにその他の小政党がそれぞれの思惑で与党についたり、野党についたりしているようである。その意味では、旧東欧諸国の中では、ポーランドやハンガリーのような大統領による強権化が進められている訳ではないようであるが、政権基盤は安定しているとは言えないようである。貧困、インフレ、汚職犯罪、それに足元では当然コロナ対応も政策課題になっていると思われるが、この映画で描かれたような個別の紛争は、依然多くの問題で生じていると思われる。その意味で、映画技術としてはまだまだ改善の余地があるが、忘れられた国での政治とメディアの緊張を多くの人々に再認識させたという点で評価されたと理解しておこう。

鑑賞日:2021年11月2日