アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
映画日誌
その他
ブリッジ・オブ・スパイ
監督:S.スピルバーグ 
 冬の最後の寒さが残る祭日の暇潰しで、レンタルショップの棚から手に取った2015年制作のアメリカ映画。監督がスティブン・スピルバーグ、主演がトム・ハンクスというのも、観る気になった理由の一つである。1950―60年代の米ソ冷戦期に実際にあったと言われる両陣営での捕虜交換と、それを非公式に交渉した弁護士の話である。

 米国に潜伏しているソ連のスパイで、画家を装った貧相な男であるルドルフ・アペル(マーク・ライアンス)が逮捕される。彼は、逮捕時に、二重スパイとして米国に協力すれば刑を免除すると告げられているが、それを拒否している。そして、ニューヨークで、保険裁判を主として担当しているエリート弁護士ジェームズ・ドノバン(トム・ハンクス)が、事務所の依頼で、その彼を、米国の司法制度に従い、形式的に弁護することになる。ドノバンは、冷戦最中の「米国の敵」の弁護ということで最初は躊躇するが結局引受けることになり、アペルと接触しながら裁判に臨む。ドノバンとその家族は、予想通り一般に人々からは冷たい目で見られ、家が襲われたりする。しかし普通であれば死刑が予想された裁判であるが、保険弁護士として、ドノバンは、彼を生かしておくことが、将来的なソ連との交渉の保険になると裁判官を説得し、裁判は結局30年の懲役刑で決着する。

 そうこうしている内に、U2のソ連領内での撃墜事件が起こる。偵察機のパイロット、フランシス・ゲイリー・パワーズ(オースティン・ストゥエル)は、司令官からは「捕虜となる時は、機体を爆破し、自らも死ね」と指示されていたが、実際に撃墜された際はパラシュートで脱出し捕虜となる。そしてそれを受け、ドノバンの事務所にアペル宛で「家族から」を装う手紙が届けられ、それが、二人の捕虜の交換を示唆する内容であることが判明する。同じ頃、ベルリンでは東西を分断する壁が建設されているが、そこで東ベルリンに留学して、ソ連経済を研究している学生フレデリック・ブライアー(ウィル・ロジャース)が、東ドイツ当局に逮捕されている。そして、CIA長官から直々にドノバンに、彼ら捕虜交換の非公式な交渉役としてベルリンに行って欲しいとの依頼が入るのである。

 以降は、家族にも「カナダに釣りに行く」と偽って内密に、雪の舞う冬の東ベルリンに入ったドノバンによる、そこでの交渉が描かれる。詳細は省くが、CIAは、多くの秘密情報を持っているパワーズだけ取り戻されれば十分と考えていたが、ドノバンは、学生のブライアーも含めた交換に固執する。他方、ソ連側も、パワーズは自身の支配下にあるが、ブロイアーは東独の管理下にある(しかも、当時は米国は東独を国家承認しておらず、公式な外交関係はない)ので関知しないとする。こうした利害と思惑が交錯する中でギリギリの交渉が進み、そして最後は「ハッピーエンド」となるのである。

 当初ドノバンが、何故「憎まれ役」であるアペルの弁護を引受けたのか、またその後、それ以上にたいへんな、非公式の捕虜交換交渉を引受けたのか、といった点の説得力は今一つである。しかしその後の捕虜交換の交渉過程は、どこまでが実話であるのかは分からないが、なかなかスリリングで、流石スピルバーク、という感じであった。またアペルは、そうした交換対象になるような「大物スパイ」という感じではないというのも気になったが、彼とドノバンが、次第に心を許し合い、解放時に彼がドノバンに、自分が獄中で書いたドノバンの肖像画を残していく、という演出も憎らしい。もちろん舞台背景となっている当時のニューヨークや東ベルリンの様子も(壁の建設風景も含め)再現されており印象的である。

 最後に、東独の人気のない橋の上でアペルとパワーズの捕虜交換が行われるが、この際、ドノバンに「あなたは帰国後どうなるのだ?」聞かれたアペルが、「向こうに行ったところで抱擁されたら生き残れる。ただ車の後ろに乗せられたら射殺かな」と呟いている。そのアペルは、抱擁もなく車に乗り込んだので、これは結局射殺されたか、と思ったが、最後のルビでは、彼は妻や娘とは再会したとされる。しかし、その後生き残ったかどうかは明らかにされなかった。それも意図的な演出であったのかは不明であるが、いずれにしろ楽しめる作品であった。

鑑賞日:2022年2月23日