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オデッサ・ファイル
監督:ロナルド・ニーム 
 ロシアによるウクライナ侵攻で、ロシア軍のターゲット都市のひとつとなっている(しかし、現時点では、まだウクライナが防衛している)オデーサ(オデッサ)の名前がタイトルとなっていることで、この都市が関係するのではないかと考えた映画通の友人がいる。しかし、この都市とは全く関係がないことが分かり、彼からは、「やや見る気をなくした」との連絡が入った。ただもちろん原作者であるフォーサイスについては、特に後年の作品を愛読したこともあるので、かつてこの原作や映画の名前は聞きながらも、今まで触れることのなかったこの映画を観ることにした。1974年制作の米国映画で、この前に観た「ひまわり」と同様半世紀ほど前の作品であることから、古さは否めないが、それでも結構楽しめる。制作は、やはり今回改めて観ようと考えている同じフォーサイスのデビュー作の映画版「ジャッカルの日」と同じジョン・ウルフ、監督は「ポセイドン・アドベンチャー」のロナルド・ニーム。音楽をアンドリュー・ロイド・ウェバーが担当している。

 イントロで、ナセル率いるエジプト等、中東諸国との緊張が高まる1963年9月(第二次中東戦争は1956年、第三次中東戦争は1967年なので、その間の時期である)、イスラエルの軍事関係者が、ナセルによる強力な生物化学兵器が開発されていることが語られる。それはナチスの親衛隊(SS)の生き残りにより構成される「オデッサ」という秘密組織が、ドイツのどこかにある拠点で製造しているとされるが、その場所は特定できていない。

 そして本編。1963年11月のハンブルグ。クリスマスの飾りが輝くその街に母親を訪ねた新聞記者上がりのフリーの記者ペーター・ミラー(ジョン・ボイド)は、車の中でケネディー暗殺のラジオ・ニュースを聞いているが、その時、救急車が彼の車を追い越していく。偶々それに続いた彼は現場を訪れ、知り合いの警察官から、そこである老人が自殺をしたと知らされ、彼から何気なく、その老人が記した日記を渡される。それは、第二次大戦中、彼がナチスによりリガ強制収容所に移送され、そこで妻を移動式ガス室で殺されたが、彼は生き残ったこと、そしてその虐殺を主導した収容所長ロシュマンが、戦後も生き残ったことが綴られていた。またロシュマンは、敗戦色が濃くなる中、傷病兵を船で移送していたドイツ軍大尉を射殺したことも書かれている。

 この日記に興味をもったペーターは、リガでの出来事につき関係者の話を聞き始め、当時のナチス部隊残党のクリスマス・パーティなどに潜入するが、すぐに彼の取材に対する妨害が入り始める。一度は、恋人のジギーとのクリスマス・ショッピングの帰途、地下鉄の駅で線路に突き落とされたりしている。その傍ら、彼を襲ったナチス残党の有力者は、イスラエル攻撃用のロケット開発を急ぐよう指示を出している。

 危険を感じたペーターは、伝手を辿りウィーンにあるユダヤ人組織を訪ねるが、そこで、「オデッサ」という秘密組織によるイスラエル攻撃兵器が製造されていること、そして「虐殺者」ロシュマンは、戦後一旦英国軍に逮捕されたものの脱走し、その後行方不明となっていることを知らされる。

 更に取材を続けようとするペーターは、正体不明の男たちに拉致され、「オデッサについて何を知っているか」を尋問されるが、それはユダヤ秘密組織の人間だった。そして恋人のジギーにも危険が及ぶに至り、彼は、そのユダヤ人組織から打診された、この「オデッサ」への潜入に志願、収容所の元ドイツ兵に成りすます厳しい訓練を受けた後、ミュンヘンの「オデッサ」関係者に接触し、その尋問を突破し、メンバーに迎えられる。しかし、それも、彼がミュンヘン駅からハンブルグにいるジギーに電話を入れたことから、彼女の警護のために送り込まれた「オデッサ」の息のかかった夫人警察官の情報でバレてしまい、「オデッサ」メンバーとしての偽パスポート作りのために訪れたバイロイトの印刷所で、送り込まれた殺し屋との死闘となる。それを生き抜いた彼は、その現場で、印刷所の男が自己防衛のために保管していた「オデッサ」メンバーのリスト(「オデッサ・ファイル」)を入手。それをもとに現在はドイツの大手電機会社の社長として、広大な城に暮らすロシュマンを追い詰め、口論の末、彼を射殺するのである。実は、ロシュマンにより、終戦時に、傷病兵輸送の船を管理していて彼に殺害されたドイツ将校は、彼の父親であった。彼が、リガ囚人の手記を読んだ後、何故ここまでの執念をもってロシュマンを追いかけたのかが、ここでようやく分かるのである。

 その後、彼はこの殺人で逮捕されるが起訴されず釈放。またそれと時を置かず大手電機会社の工場は放火で全焼する。その工場で、イスラエルを攻撃する新兵器が製造されていたことが暗示され、イスラエルはその新兵器による攻撃を免れることになったということで、映画が終わるのである。

 フォーサイスの小説は、私は、20世紀の終わり頃に、「イコン」を邦訳で読んだ他は、シンガポールに移った2008年以降、「The Fist of God」、「The Afgan」、「The Veteran」、「The Deceiver」、「Avenger」、「The Cobra」、「The Kill List」等をペーパーバックで間欠的に読んできた。ル・カレに比較すると読み易い英語で、それなりに楽しんできたが、この「オデッサ・ファイル」を含め、彼の初期の作品群は読んでおらず、また彼の原作の映画も、今回の「オデッサ・ファイル」が初めての経験であった。

 この作品は、冒頭に書いた通り、制作年を考えるとやや古臭く、またアメリカ映画であることもあろうが、主要な舞台がドイツで、主要な人物もドイツ人にも関わらず彼らが英語で話しているのが違和感として残ることになった。もちろんそれ以外にも、「ロシュマン探し」の経緯や、潜入訓練から潜入、そしてロシュマンとの最後の対決に至るまで、やや図式化されている印象もぬぐい切れなかった。また音楽もA.L.ウェーバーが担当している割には、冒頭でペリー・コモのクリスマス・ソングが使われていること位しか印象が残っていない。しかし、ナチス残党が第二次大戦後のドイツ社会で生き延び、それなりの立場で秘密のネットワークを作り、様々な分野で影響力を持ち続けているという発想は、中々興味深いものであった。既に初期に、こうしたスパイの世界での物語を作る彼の力量は確立されていたと言える。

 彼の原作による映画作品は、現在レンタル・ショップで返却待ちの「ジャッカルの日」以外にも多くあることが分かった。これからは、こうした彼の原作による映画作品をしばらく探して観ていくことにしたい。

鑑賞日:2022年4月23日