運び屋
監督:クリント・イーストウッド
クリント・イーストウッド監督シリーズの第4弾は、2019年公開の「運び屋」。自身の監督作品での主演は、先日観た「グラン・トリノ(2009年公開)」以来10年振りの作品ということである。これも実際にあった、87歳の老人が大量の麻薬を運んでいたという事件を基に、その「運び屋」を90歳として、当時89―90歳であったイーストウッド(1930年月生まれ)が演じることになった。
映画は、2005年のイリノイ州の田舎街から始まる。街でデイリリーという1日しか咲かないユリ栽培を行っているアール・ストーン(クリント・イーストウッド)は、街の品評会で最優秀賞を受賞する等、街の名士である。しかし、その農園経営に没頭する余り、娘の結婚式をすっぽかすなど、家族との関係は上手くいっていない。そして12年後の2017年、その栽培農場が倒産し、債権者に差し押さえられることになる。失意に暮れる彼に、孫娘の婚約記念ガーデン・パーティで会った男が、アールが全米を車で回っていることに気が付き、「運転が得意であれば金になる仕事がある」として、車で「品物を運ぶ」仕事を紹介する。いかにも怪しげな男たちの指示を受けて、アールは、南部を中心に「運び屋」としての仕事を始めることになる。
同じ頃、シカゴの警備当局に、ニュヨーク等で実績を上げた捜査官としてコリン・ベイツ(ブラッドリー・クーパー)が赴任し、上司からこの地方での犯罪行為の摘発にも手腕を発揮して欲しい、という訓令を受けている。
こうしてアールの「運び屋」仕事が始まる。当初は、指示に従い、中身も確認せず、ただ指定された場所に物を届けるだけであったが、その報酬額の高さに驚いたこともあり、何度目かの輸送中に中身が麻薬であることを知る。しかし、彼は、それを知った後も仕事を続け、金回りも良くなったことから農場を買い戻したり、孫娘の結婚式費用を出したりしている。他方、麻薬シンジケートの側では、現場の男たちが、アールの指示やスケジュールを無視した輸送について不満を持っているが、そのボス、ラトンは、アールの確実な輸送に信頼を寄せ、より大量の麻薬輸送を彼に任せている。ボスは、アールをメキシコの大邸宅のプールでのパーティに招待し、ビキニ姿の女の子たちに丁重なもてなしをさせたりしている。
ベイツ捜査官は、中々麻薬取引の摘発が進まないことから、フィリピン人の組織関係者を脅し、輸送関係の情報を提供させることに成功、タタと呼ばれる「運び屋」が輸送を行っていることを知り、彼を探し出そうとしている。そんな中、組織の中では主導権争いが起こり、らラトンが殺され、新しいボスの指示で、アールへの監視も厳しくなっている。他方、ベイツは、捜査がなかなか進まない中、打ち切り前の最期の捜査として、密通者から届けられた「運び屋」が宿泊しているとされるモーテルの捜査を行う。それらしき男を尋問するが物は見つからず、またその仕事で家族の記念日も忘れて気落ちしているベイツと偶然朝食で隣り合わせたアールは、自分が家族を裏切ってきたことを諭し、ベイツも聞き入ることになる。モーテルに泊まっているその老人が「運び屋」であることなど、ベイツは露ほども考えていなかったのである。そしてその時、アールに、妻メリーが危篤という知らせが入る。初めは、家族に「仕事で帰れない」と返答するアールであるが、結局スケジュールを無視し、病床のメリーのもとに駆け付け、彼女を看取る。彼はようやく家族の絆に目覚めることになるのである。そして、スケジュールを無視し突然行方不明になったアールを追いかける組織の電話盗聴から、仕事に戻った彼をベイツは突き止め、道路上で逮捕し、彼が「運び屋」であったことに驚くことになる。彼の裁判が始まる。弁護士の擁護を無視してアールは有罪を認め、刑の執行を受ける。残された家族が、「少なくともこれからは彼の居場所は分かることになる」と呟く中、刑務所の花壇に花を植えるアールの姿で映画が終わることになる。
家族を無視して仕事に生きてきた男が、70歳を過ぎてその仕事に失敗し、90歳近くになるまで麻薬輸送という犯罪行為に走るが、その逮捕の過程で家族の絆を取り戻す、という、やや通俗的な物語である。ただやはり驚くのは、実際に90歳近くなっているイーストウッドが、ここで監督と主演俳優という両役を見事にこなしていることである。俳優としてのイーストウッドは、まさに枯れた90歳のじじいであるが、その歳になっても演技はそれなりで、監督も務めていることも考えると、その活力と気力には恐れ入るばかりである。作品を楽しむというよりは、そうした衰えることのない彼の映画製作に向けた意欲を感じるための映画である。因みに、彼の実の娘であるアリソン・イーストウッドが、アールの自分勝手さにうんざりし、「12年半に渡り口もきかなかった」が、最後に彼を受入れる娘役で登場しているのも面白い。
鑑賞日:2022年6月18日