アメリカン・スナイパー
監督:クリント・イーストウッド
クリント・イーストウッド・シリーズは少し小休止、と考えていたが、時間ができた猛暑の週末、また時間潰しでレンタル・ショップに寄ったところで、また彼の監督作品を借りることになってしまった。この第7弾は、制作は2014年と相対的に新しい作品で、イーストウッドは監督のみ、主演のブラドリー・クーパーが、プロデューサーも担当している。イラク戦争で実在した米国海軍特殊部隊であるネイビー・シールスの隊員で、狙撃手として160人の敵を射殺し、多くの仲間を救ったことから「伝説」と綽名されたクリス・カイルという男の自伝を基に制作された作品である。
子供時代に、父親から、いじめられた弟や仲間を助けろと教えられたクリスは、成人した後はしばらくはロデオの賞金稼ぎ等をしていたが、アフリカ・タンザニアやケニアでの米国大使館テロなどの報道に触れ、祖国を守る闘いに身を捧げるべく、軍に応募、厳しい訓練を経てネイビー・シールスの隊員となる。その頃、街のバーで知り合ったタヤと結婚するが、そこで9.11が発生し、妊娠したタヤを残し、イラクに派遣される。事実では、2003年から2009年の間ということである(映画ではその年代は明示されない)が、映画では、その彼の4回にわたるイラクでの狙撃手としての活動が描かれることになる。
米軍占領下のイラクであるが、アルカイダによるテロは頻繁に発生している。女子供を使った自爆テロも行われ、クリスは、ギリギリまでテロの要員であることを確認して狙撃している。他方、アルカイダにもムスタファと称される有能な狙撃手がおり、彼の仲間も彼の犠牲になっている。特に彼の同僚ピグルスが、ムスタファに撃たれ、両眼失明、そしてその手術時に死んだことで、クリスはムスタファに対する復讐に燃えることになる。そして4回目の派遣で、アルカイダの拠点を攻撃する際に、1900メートル以上離れた場所に銃を構えるムスタファを捉え、彼を射殺するのである。しかし、そこから生還し、今まで顧みなかった家族との生活に戻ろうという矢先、クリスは訪ねてきた傷病兵により射殺されることになる。2013年2月のことであった。「伝説」クリスの葬儀が、地元テキサス州のカーボーイ・スタジアムで、多くの人々が見守る中、盛大に行われる様子と共に映画が終わることになる。
最初に戦闘場面が出てきた際に、これはどこかな、と思ったが、それがイラクであることが分かってくる(実際の撮影は、モロッコのラバトである)。そこでは、アルカイダの戦闘員との熾烈な闘いや、米軍に協力したイラク民間人へのアルカイダの報復等、泥沼的な闘いの様子が、結構リアルに表現されている。そして最後である4回目の戦闘時の、アルカイダが戦力的には勝っている厳しい状況下で砂嵐が吹き付ける中、辛うじて退却・生還する描写なども、たいへんな緊迫感がある。他方、家族を置き去りにしていることへの負い目から、戦闘の最中にも本国の妻に電話したりしているところなどは、「本当かよ」と思ってしまう。
「伝説」の米軍狙撃手の物語ではあるが、単純な英雄談ではない。戦地に向かう弟と飛行場で再会した際に、弟は戦闘になど行きたくないと、あからさまに言い残す。この辺りは、イーストウッドは、若干の反戦的メッセージも挿入した言えなくもない。ただそうかといって、これが反戦映画でないのは確かである。
また9.11以降の米国の戦争を描いた作品を観るのは初めてであったが、イーストウッドが、こうした作品も制作していた、というのは意外であった。現在ウクライナで行われている戦争を含め、友か敵かが明確で、殺すか殺されるかの世界は、いったん巻き込まれると人間性をとことん奪い去る。そうした中で、例えば、ロケット砲を抱えたゲリラを射殺した後、それに近づき、ロケット砲を取上げた少年に照準を定めながら、クリスが「ロケット砲を捨てろ」と願い、結局子供がそれを下したことで、少年を撃たずに済みほっとする場面等は、そうした過酷な状況下での救われる逸話である。こんなところにも、単純な英雄譚でも、単純な反戦映画でもない、この作品の良さが出ているように感じたのである。ブラドリー・クーパーは、そうしたマッチョではあるが、時として不安に襲われる米兵をクールに演じ、彼の妻タヤ役のシエナ・ミラー(初めて聞く名前である)も、妊婦の腹ボテ状態から、夫の不在に不満を持ちながらも彼についていく女を、時として色っぽく演じていた。期待していた以上に楽しめた作品であった。
DVDの付録で、この作品の制作裏話について、イーストウッドや脚本家、そしてブラッドリーやシエナといった俳優陣に加え、実際の妻タヤも登場して語っている(前述の、実際の撮影がラバトで行われたことも、ここで語られている)。そして、この企画が始まった時は、またクリスは存命であったが、脚本がほぼ完成した時に、クリスが殺されたという知らせが入り、関係者一同が驚愕したとのことである。それからは、この「伝説の狙撃手」を取上げた映画は、彼の鎮魂も兼ねた作品となった。ある意味、運命的な作品でもあったということになる。
鑑賞日:2022年7月2日