セッション
監督:デイミアン・チャゼル
お盆3連休の暇に任せて、友人から薦められたこの映画を観た。2015年4月公開のアメリカ映画で、音楽学校でドラマーを目指す青年と、その指導教官の話で、監督・脚本はデイミアン・チャゼル、主人公の青年アンドリュー・ニーマンをマイルズ・テラーという童顔が、またその指導教官テレンス・フレッチャー教授をJ.K.シモンズという禿げちゃびんが演じているが、知っている名前はない。
米国にあるシェイファー音楽院の1年生でドラマーを目指しているアンドリューが、練習中に教官であるフレッチャーの目に留まり、彼のジャズ・バンドへの参加を要請される。アンドリューは、そのバンドのメインのドラマーの控えとして、その横で譜面めくりをするところから始めるが、そのフレッチャーは、とんでもないパワハラ教官で、練習中バンドメンバーに音が合わない等、気に入らない者がいると、厳しく指摘し、バンドから追い出したりしている。そしてそのパワハラは、アンドリューにも向けられることになる。練習しているのはジャズのスタンダード曲であるが、彼のリズムが、自分の感覚に合わないと、「早すぎる。今度は遅い」と容赦なく怒鳴り、挙句の果てには椅子を投げつけたりしている。彼は「チャーリー・パーカーは、下手だと、バンマスからシンバルを投げつけられた。それで猛練習して認められ「(シンバルが飛ぶ様子から)バード」と呼ばれることになったのだ」と嘯いている。家族からは、「そんなに無理することはないぞ」と言われながらも、また映画館で出会った娘とデートをして気を紛らわしながらも、彼は手が血で滲むほどの猛練習に明け暮れる。そして、偶々コンテストで彼が預かった譜面を無くし、暗譜をしていないメインドラマーが叩けなくなったこともあり、彼が演奏し優勝するが、彼は意図的に譜面を無くしたのではないか、という疑惑で周囲からは冷たい視線を向けられることになる。しかし、その後フレッチャーは、アンドリューをバンドのメインドラマーに替えている。
そのフレッチャーは、ある機会には、音楽院の入学時はさして目立たなかったショーン・ケイシーというトランペット奏者が、自分の厳しい指導により成長し、卒業後W.マサリス・バンドのメイン奏者となったが、彼が事故で亡くなったと悲しんでいる。しかし、彼のパワハラは留まるところを知らず、次のコンテストに向けた練習で、フレッチャーは、アンドリューを別のドラマー二人と競わせ、深夜まで厳しく指導する。彼は、練習の邪魔になるとして付き合っていた娘とも別れている。しかしコンテスト当日、彼は開演に遅刻し、そこに行くため借りた車で事故を起こし、血だらけとなった会場に到着し演奏するが、フレッチャーは彼を首にする。彼は夢を絶たれ、音楽学校を退学、次の路を模索することになる。退学に当たっては、彼を思う父親がフレッチャーのパワハラを訴え、学校側も死んだトランペッター、ショーン・ケイシーは、事故ではなくフレッチャーによるパワハラで鬱病となり自殺したとして、今後そうした生徒を出さないような対策を取ると返している。
そしてしばらく時間が過ぎた後、街を歩いているアンドリューは、小さなジャズクラブでのライブにフレッチャーが出ているという広告を見て、そこでピアノを弾いている彼と再会する。ライブ後、彼は自分も、自分のパワハラの告発で学校を首になったこと、それによって次世代のミュージッシャンを育てることができなかった後悔を静かに語ると共に、「現在指導しているバンドでコンテストに出るので参加しないか?」とアンドリューを誘い、彼も練習を再開し、その会場に赴くことになる。
しかし、演奏の直前、フレッチャーはアンドリューに、「俺を甘く見るな。学校に俺を告発したのはお前だということは分かっている」と嘯き、まず演奏するのは、フレッチャーが事前に告げていた、アンドリューがよく知ったスタンダード曲ではなく、全くの新曲であった。対応できない彼にフレッチャーは毒づくが、アンドリューは、「続けてスローな曲をやります」というフレッチャーの紹介を無視し、アップビートの「キャラバン」を叩き始め、バンドもそれに合わせる。その演奏は素晴らしく、終盤はアンドリューが渾身のソロを聴かせることになる。最初は、当惑していたフレッチャーも、曲が進むうちに、彼の演奏の素晴らしさに耳をそばだてる。延々と続く彼のソロを経てバンドが加わり曲が終わるところで、映画も完結することになる。
兎に角、生徒たちに言いたい放題の罵詈雑言を浴びせるフレッチャーが際立っているが、音楽学校って、これ程までなの、という感じである。米国のジャズ中心の音楽学校と言えばバークレー音楽院が最高峰であり、そこからは多くの著名ジャズ・ミュージッシャンが育っている。近年パット・メセニーと長く活動をしているアンソニー・サンチェスも、ここのドラム学科を首席で卒業したと言われているが、彼はそこでどんな学生生活を送っていたのだろうか、と考えてしまう。他方、そのパット・メセニーは、教師としてそこで教えている、と言われているが、それこそ超一流のミュージシャンである彼は、そこでどんな教え方をしているのだろうか?それを考えると、映画では、然程有名でもないとされ、場末のジャズクラブで、大したことのないピアノ演奏をしているフレッチャーが、それほどのパワハラ人間であった、というのはやや想像しがたい。それにしても、スネア・ドラムでキーの調整があったり、ピートで細かい規定があるといったことは、お遊びドラマーの私は、今の今に至るまで知らなかった。やはり、何でもプロの世界は違うな、という感想が最後に残ったのである。主演のアンドリュー・ニーマンを演じたマイルズ・テラーのドラム演奏も、ほとんど吹替もなく、素晴らしいスティックさばきであった。彼は、俳優というよりも本職のドラマーではないかと思えるが、現時点ではそれは確認できていない。
鑑賞日:2023年8月11日