ゲンティング・ハイランド訪問記(写真付)
2012年10月7日
10月最初の週末、8月にクアラルンプールに赴任した旧友と会うためこの町をプライベートで訪れた機会に、かねてから行ってみたいと考えていたゲンティング・ハイランドに足を伸ばしてみた。
ゲンティング・ハイランドは、クアラルンプールの北東約55キロにあり、マレーシア華僑が経営する会社であるゲンティング社が、標高約1800メートル程度の高原にホテル、カジノ、遊園地などからなる総合リゾートを開発したところである。そもそも、この会社は、Mr.Lim(Tan Sri Lim Goh Tong)という創設者の下、ホテルのみならず、パームオイル・プランテーションや不動産開発、その他発電事業や天然ガス開発など、多角的に成長してきたコングロマリットであるが、2006年9月に、英国で45ヶ所のカジノを経営するスタンレー・レジャー社を買収してから急速に国際カジノ産業での地位を高めることになる。言うまでもなく、シンガポールでも、2011年春、ラスベガス・サンド社と並ぶ当地最初のカジノを開いた他(別掲「セントサ・リゾート見学記」参照)、香港、米国等でも、カジノ分野での買収を中心とした拡大を続けている。またその開発スタイルは、カジノを中心とした総合アミューズメント・パークを開発するというもので、シンガポールのカジノも、ユニバーサル・スタジオを併設した総合観光施設となっている。そしてこの「マレーシア唯一のカジノ」があるゲンティング・ハイランドは、この会社のこうした開発コンセプトの原点であると言われている。今回の訪問は、私の業務上でも、そのシンガポール上場の株式が投資対象となっているこの会社の本丸を一回見ておこうという趣旨で計画したものである。
前日午後シンガポールからクアラルンプールにバスで到着し、宿泊するホテル(Dorsett Regency)にチェックインした後、直ちにそこのツアーデスクで翌日のゲンティングへのアレンジを確認した。まずは気軽なパッケージ・ツアーがないかと聞いたところ、丸1日のツアーはあるが、ホテルへの戻りが午後5時ということで、4時半発の私が帰国するバスには間に合わない。そこで、エージェントの薦めに従い、個人ツアーの車と運転手を手配することにした。朝9時発、4時間で300リンギ。もちろんパッケージ・ツアーに比較すれば割高であるが、幸いその後合流したクアラルンプール在住の友人も参加するということになったことから、一人当りでは150リンギに抑えられることになった。
その友人との久し振りの邂逅を終えた翌朝、再び彼とホテル・ロビーで合流し、朝9時前に8人乗りのミニバンでホテルを出発した。天気は快晴で、既に外は熱気が高まってきている。運転手は小太りした中国系の熟年男性である。
キャメロン・ハイランドと並ぶマレーシアの「高原リゾート」であるこのゲンティング・ハイランドには、前記のとおりホテル、テーマ・パーク(屋外及び屋内)、カジノ、コンサート・ホールや映画館の他、標高約1000メートルの場所にゴルフ場や乗馬施設(Awana Genting Highland Golf & Country Club)などもあるという。パッケージ・ツアーの場合は、テーマ・パークの入場料なども含まれているというが、中年男二人組には、これは必要ない。
ホテルを出て30分ほど高速道路を走ると、道は次第に山岳地帯に入っていく。ここで気がついたのは、車窓からの景色が、例えばシンガポールからクアラルンプールまでの平原をバスで走っていると、海辺はマングローブ、内陸はパームトゥリーだらけであまり代わり映えがしないのと異なり、ここでは日本の山道を走っている時に見られるような樹木を伴った風景になっていったことである。それは、先日東マレーシアのボルネオ島で見た熱帯のジャングルともまた違った風景で、あたかも例えば箱根の山道を車で走っているような錯覚に襲われる。実際、こうした感覚は、今まで訪れたその他の東南アジアではあまり感じたことがなかったものである。緑の中に見えてくるコンドミニアムのような高層建築も、日本の山間部にあるリゾート地の景観を彷彿とさせる。遠くに見える山の稜線は、白い雲で覆われている。
「Genting Highland」と書かれた看板の横を抜けて、この施設の敷地内と思われる地域に入る。運転手が、「この先にロープウエイ乗り場があるが、乗るか?」と聞いてきた。日本の感覚から、どうせ値段が高いだろうから、車でそのまま上がれば良いだろうと漠然と感じていたが、値段を聞くと片道たった6リンギであるという。それを聞いて、「それでは乗る!」と答え、運転手に慌てて進路の変更をさせたのだった。
10時前にロープウエイ乗り場に到着。チケットを購入し、他の二人の客とカーゴに乗るが、この突発的な思いつきは大正解であった。最近乗ったロープウエイとしては、シンガポールのマウント・フェーバーからセントサ島へのものがあるが、このGenting Skywayと呼ばれる、全長3.38キロのロープウエイ(1997年完成)の方が、値段のみならず、乗車時間の長さやゴンドラからの風景も、圧倒的に素晴らしかった。日本の山岳地帯のロープウエイから見るような山肌の景色と、遠くに見下ろす下界の眺めが重なってなかなか爽快である。20分ほどの乗車で頂上に到着するが、ただその時には既に我々は、来る時に下から見上げていた雲の中に入っていた。到着駅はホテルの中にあるが、窓から外を眺めると霧で真っ白である。私も、ロープウエイの途中から、持ってきた上着を羽織っているが、これがないと寒いくらいである。
(ロープウエイとそこからの景観)
ロープウエイ降車場で待っていた運転手に従い、また車に戻り、霧の中を移動する。彼の説明では、到着したホテルはこのリゾートで最も古いホテル(Highland Hotelとして1971年完成。現在はTheme Park Hotelと改称されている。)であり、そこには古いカジノもあるが、彼は新しいホテルとカジノに案内するということである。霧の中の数分のドライブで、その新しいホテルの入り口に到着する。これまた運転手の説明では、この新しいホテルの部屋数は約6000室で、世界最大のホテルとのことである(帰宅後確認したところでは、このリゾートにある5つのホテルの内、First World Hotelは6,118室を有しており、2006年から2008年まで世界最大のホテルとしてギネスに登録されていたそうである。ということは、現在では他のホテルに凌駕された、ということでもある。)。
建物の中に入ると、確かに雰囲気はテーマ・パーク風の派手な作りで、装飾などにもいろいろ工夫をこらしている。もちろん、同じ会社が経営するシンガポールのセントサ・リゾートでも見られるようなアレンジも目に付く。入り口からエスカレーターで二階に上がったところが、カジノと屋内テーマ・パーク、ショッピング/食事エリアになっている。
まずは今回の目的であるカジノに入場する。入り口は、シンガポールのそれと異なり、「カジノ」という看板の下に、簡単な金属探知機が二つ、警備員が一人いるだけの、至って簡素なもの。私は、いつも小旅行の時に使う小さなリュックを持っていたのだが、これは持ち込み禁止なので、コインロッカーに預けろ、ということになった。友人の小さなショルダーバックは問題がなかったが、確かに考えてみればシンガポールでも、私はカジノに行く時はせいぜいそうしたショルダー程度の物しか持ち込んでいなかった。ドレス・コードは、男性については、やはり短パンやサンダルでは入場不可ということであった。しかし、驚いたことに、それ以外は、例えばパスポートのチェックなどは全くなく、後で聞いたところでは、年齢がよほど若く見えさえしなければ、年齢チェックをされることもないという。もちろん入場は無料である。
中に入ると、そこはいつもの景色である。スロット・マシーンから始まり、ダイス大小、バカラ、ブラック・ジャック、ルーレットなどのお馴染みのゲームが繰り広げられている。ただ入り口付近は、低い天井の狭い通路にゲーム台が犇いている感じで、シンガポールの同じ会社が経営するセントサ・リゾートのカジノと比較すると、やや圧迫感がある。ヴェニスの運河を真似た小さな水路に沿って奥のスペースに進むと、ようやく天井が高いオープン・スペースに出るが、それを合わせても、セントサのカジノよりも小さい感じである。但し、日曜の午前中だというのに、中国系のおじさん、おばさん中心に各ゲームは相当の人だかりである。
この日の目的は賭け事ではなく、ここを見ることだけであるのと、時間の制約もあることから、カジノの中を一通り眺めた後、そこを出て、ショッピング/食事エリアを散策する。小さなコースターやゴースト・ハウス等の子供向けの屋内アニューズメント施設も併設されているが、それはしかとして、ブランド・ショップや土産物屋などを簡単に眺める。「Snow World」という、人口雪を使い橇遊びができるような施設もあり、子供たちが雪と戯れているのがガラス越しに眺められたが、これなどは確かに熱帯の子供たちには印象的な企画であろう。
新ホテルから表示に従って旧ホテルに向かう通路を歩くとエスカレーターで4−5階上に昇っていく。丁度日本の山岳地帯の温泉宿でもあるような、斜面を経緯して幾つかの建物が繋がっている構造のようである。こうして旧ホテルのスペースに入ると広いゲームセンターがあり、小さな子供連れ家族や若者グループで賑わっている。しかし窓から見える外は相変わらず霧がかかり寒そうであるので、屋外テーマ・パークはしかとして、また新ホテルに戻った。そこでは入り口近くのステージで簡単なショウが始まっていたが、それはご愛嬌程度の催し。別途併設されている劇場出演者の紹介パネルが入り口近くの壁など、何ヶ所かに表示されていたが、その多くは私は聞いたことのない中国系の歌手などで、唯一今月末シンガポールのインドア・スタジアムでも公演予定のKenny Rogersだけが私が知っている名前であった。時間は11時半になっていたので、出発予定の12時まで、友人とファースト・フード屋でコーヒーを飲みながら時間を潰したのであった。
時間になったので、入り口に戻り、打ち合わせどおり運転手の携帯に電話を入れる。そこでふっと、コインロッカーに預けた荷物をピックアップしていなかったことに気がついた。友人を待たせてそれを取りに戻り、入口に停車している運転手の車に帰ってきた時には、時間は12時近くになっていた。午後1時にクアラルンプール市内で4時間のチャーターを終了する予定なので、略目一杯であるが、下山途中、派手な中国寺院が目に付いたので、記念写真撮影もかねて、一旦下車。その寺院(Chin Swee Caves Temple)は、ゲンティング社オーナーの華僑が自らの信仰のために建設したいわば「プライベート寺院」ということであった。その時間になると、霧も晴れてきて、そこからは下界の雄大な景観を望むことができたが、当然オーナーはそうした場所を選択してこれを建設したのだろう。短時間で写真だけ撮り出発する。
(寺院及びそこからの景観)
車は下界に向けて進み、予定時間のほぼ午後1時、昼食を取ることにしたペトロナス・タワー横の、巨大ショッピングモールであるKLCCに到着し、そこで運転手と別れたのであった。
シンガポールと異なり、マレーシアは、私がこれまで訪れたペナン、ランカウイ、マラッカ、コタキナバルなど、歴史や雄大な自然を楽しむことのできる観光地を多く有している。しかし、一方でシンガポールのように、中産階級の成長と共に、人工的テーマ・パークに対する需要も高まってきているのだろう。このゲンティング・ハイランドは、こうした人工的なテーマ・パークを気候の良い高原に作り、首都近郊の総合リゾートして家族連れを中心に集客しようという企画で、まさにその意味では暑い低地にあるシンガポールのテーマ・パークにはない競争力を持っているといえる。実際、これまでタイ北部やジョグジャカルタのボロブドゥールなどで、朝晩はやや肌寒い気候に接したことはあったが、こうした心地良い涼しさを日中にも感じることが出来たのは、東南アジアに来てから初めての経験であり、同行した友人には、週末に時々避暑を兼ねてここに滞在しても良いのではないか、と奨めていたくらいである。ただ他方で、その余りに人工的なテーマ・パークは、規模が拡大すると折角の自然の清々しさを壊し、ただの猥雑な遊興場所と化してしまう危険もある。そしてカジノという人間の弱さに付け込んだ事業が、シンガポールの場合はそもそも人工的で無機質な街の中にあることで、何となく許容できるのに対し、ここゲンティング・ハイランドでは、それが自然のど真ん中にあるということで、いくばくかの違和感を抱かざるを得なかった。ここを記憶に留めておくとすれば、その遊興施設ではなく、そこの自然と清々しい空気なのではないか、と考えながら、夕刻シンガポールに戻るバスに乗ったのであった。
2012年10月9日 記