セントサ・リゾート見学記(写真付)
2010年2月23日
今年(2010年)の旧正月の初日の2月14日(日)、シンガポール南部の小さな島、セントサ島で約3年前から工事が進んでいたセントサ・ワールド・リゾートの一部がオープンした。4つのホテル、530席のテーブル等を要する当地初のカジノ、そして日本を除くアジアで初めてのユニバーサル・スタジオの3つからなる総合的なレジャー施設である。
面積が東京都23区程度しかない、都市国家シンガポール。1965年に隣国マレー連邦の一つの州から、そこを追い出されるように独立したこの国は、天然資源もなく、独立当初は水資源さえもマレーシアに握られている状況であったが、その中継貿易基地という歴史を基盤に、積極的な外資導入により製造業も強化、また60年代以降は新たな柱として優遇税制を利用した金融市場も整備し、国の財政基盤としてきた。そしてこうした産業・金融に加え、外人旅行者の訪問による観光収入も、もう一つの大きな外貨獲得源であった。
しかしながら、そもそも1819年、英国が植民地化した時、この島の人口は漁民150人程度であったと言われているとおり、歴史も文化もないこの小国に観光客を誘致するというのは簡単ではなかった。東南アジアのハブとなる空港とショッピング・センターを整備し、治安の良さを売りにアジアを訪れる客を少しでもこの国に立ち寄らせるような努力をしてきたが、東南アジアの周辺国が、その自然や歴史的遺産といった観光資源で観光客を増やす中、この国を訪れる観光客は、なかなか政府が思うように増加することはなかった。実際、私自身も1980年代の後半、一回この国を観光で訪れたが、3泊4日の滞在で、ほぼ充分で、業務出張を別にすれば、休暇でもう一回この国を訪れようという気持ちにはならなかったものである。その結果、この国への外国人観光客数の統計によると、ここ数年は年間一千万人で頭を打ち、昨年2009年にはついに、それも下回るところまで落ちてしまったのである。
こうした外人観光客の頭打ち・低落傾向に対する新たな観光客誘致策として導入されたのが、今回部分開業したカジノとアミューズメント・パークを中心とした複合エンターテイメント施設の開発であった。そしてカジノについては、今回部分開業したセントサ島の施設に加え、よりビジネス街に近いマリーナ地域でももう一つのカジノを中心としたプロジェクトが進んでいる。セントサ島の計画とほぼ同時に政府の認可がおり、ほぼ同時に着工されたこちらの施設も、丁度今週、4月27日オープンという正式発表が行われている。セントサ島の施設全体を経営するのはマレーシアのレジャー会社ゲンティング社。それに対しマリーナ地区の施設の経営は米国系のラスベガス・サンド社である。
そもそも観光客誘致のためのカジノ建設という計画は以前からあったというが、この国の独立の父と言われ、現在も現職首相の父親として、実質「院政」を敷いているとも言われるリー・クアン・ユー上級相が首を振らなかったという。そもそも中国人が人口の7−8割を占めるこの国で、博打場を作ると中国人は労働意欲をなくし、博打に伴ういろいろな社会的事件の温床になる、というのがその理由であったようだ。しかし、既に述べたようなこの国を訪れる外人観光客の頭打ち・低落傾向が、彼をしてついにこのカジノ建設に首を縦に振らせることになったと言われている。
このような経緯を経て、二つの大規模観光施設の建設工事が、政府認可から着工へと進むことになる。途中、特に一昨年からの金融危機で、マリーナ地区を担当するラスベガス・サンド社が資金繰り危機を起こし、一時「プロジェクトの国有化か」と騒がれるような事態も発生したが、取り敢えず同時進行していたマカオでのプロジェクトを停止し、こちらに注力するといったリストラ等により乗り切り、ようやく4月のオープンの目途をつけることになったという。因みに、こちらの施設に併設される会議施設(Convention Centre)では、5月2日から5日まで、太平洋地域の弁護士協会(Inter-Pacific Bar Association)の第20回年次総会が行われる予定で、1万人近い弁護士がこの施設に集結するとのこともあり、少なくともこの施設については何があっても遅らせることができないようである。
こうして進行中の2つの大規模リゾート施設開発プロジェクトのうち、前述のとおりこの旧正月の初日、2月14日(日)に一部開業したセントサ島の施設を、経営者であるゲンティング社による投資家向けIRで訪れる機会があった(2月23日(火))。ここでは、最近のシンガポールの変化を語る目的で、この訪問時の印象を報告させて頂く。
1、ホテル
この日の訪問は、まずこのリゾートの敷地内に新たにオープンした4つのホテルの一つである「Hard Rock Hotel」からスタートした。言うまでもなく「Hard Rock Cafe」に経営を委託しているホテルであり、レセプションから通路、そして客室の壁に至るまで、M.ジャクソンやJ.ヘンドリックス等のロック・ミュージシャンの写真で溢れている。時間は午前11時前であるが、円形のホテルに包まれるように設計されたプールには、当地の既に強くなった日射しが照りつけている。
幾つかの客室を見学するが、内装は特に特徴がある訳でもない、モダンな雰囲気のホテルである。
(Hard Rock Hotel 入口)
(ホテル・プール)
続けて地下に作られた大規模なコンベンション・センター等を見ながら、もう一つの ホテルに移る。ここは前のホテルと異なり、モダンではあるが、むしろ家族連れをメインターゲットにした感じのホテルである。部屋も子供連れを念頭に機能が考えられているようである。その他二つのホテルのうち「Crockfords Tower」は、「VIP」専用ということで、また「Hotel Michael」は時間の都合で、この日の見学会では中には入らなかった。
4つのホテルを合わせた全体の客室数は1350室。旧正月のオープン時の公式発表では、旧正月が終わる2月28日まではこれらのホテルは満室、その後も6月の学校休暇時期は約7割の予約が入っているとのことであったが、我々が見学した午前の時間では、ロビーや通路にほとんど一般観光客の姿は見えず、かといってプールサイドや飲食店に人がいる訳でもないことから、とても満室というようには思えなかった。そしてこのホテルの稼働率は、これから見学するカジノとユニバーサル・スタジオの集客力にかかっていることは間違いない。
2、カジノ
次にそのカジノに移動した。既に述べたとおり、リー上級相が中国人の博打好きへの懸念から長くカジノの開設には反対していたが、その懸念への対応として、外国人は無料であるカジノの入場料が、この国の国民(永住権保有者)はS$100(約6400円)が科されることになった。自国民に対しては、この入場料を設定することで博打常習者の発生を抑制し、他方外国人はどんどん入場させ、彼らから稼ごうという発想である。そのせいか、オープン以来、口コミで、外国人の入口は入場のための長い列ができているので、ローカルの振りをして入る方が楽、という話が半分冗談で聞こえてきていた。
しかし、この日実際に行った限りでは、もちろんウィークデイの昼前ということもあるのだろうが、ローカルと外国人の入口が別々になっているということもなく、入口の列は全くなかった。外国人であることが証明できる写真入り証明書を示してカジノの中に入る。カジノの中は写真撮影禁止である。
(カジノ入口)
広いホールの中にルーレット、ブラック・ジャック、バカラのテーブルやスロットマシーンの列が並んでいる。ウィークデイの昼時であるが、既にオープンしているテーブルには、明らかに中国系と思われる人々が群がっている。彼らがシンガポール人なのか、外から来た、なかんずく中国本土から来た中国人であるのかは、ちょっと見では私には判断できない。西欧人の数は、この日は非常に限られていた。
公式発表では、テーブル数は530席ということであるが、実際には稼働しているテーブルの倍以上のテーブルが空いているような印象である。エスカレーを昇った二階には「VIP」スペース等も設けられているが、そこも空いているテーブルの比率は同じ位である。混み合っている、最低掛け金の小さなルーレットの後ろで、少し進行を眺めてみたが、以前ロンドンやドイツで行ったカジノに比べ、進行のテンポが遅い。ルーレットの清算も、ディーラーの手つきがまだ慣れていない。案内を行っている経営母体のIR担当者に同僚が質問したところでは、このカジノでディーラー(監督官も含めててだろうが)は、訓練中の者を含め3400人手配している、という答えが返ってきたが、おそらくこの日の場には、せいぜい200人出ているかどうか、というところである。もちろん、ウィークデイの日中とあって、夜や週末に比べれば圧倒的に客は少ないのであろうが、それでも、おそらくはそもそも人口の少ないこの国に、それだけの即戦力のディーラーはいないであろうから、フィリピンあたりから持ってきているのだろう。しかし、それでも訓練中の者たちも多く、供給が間に合わないのではないか、という懸念を抱かせることになった。また、手元のマシンを使い大人数でできるバカラの一つは、偶々システム・トラブルで調整中であり、参加者たちが手持無沙汰にしていた、というのも開設直後の小さなトラブルなのだろう。偶々新しいルーレットのテーブルが空いたので、それでは小金で遊ぼうか、と財布を取り出したところで、見学グループの招集がかかり、実際の賭けは次の機会に持ち越しとなった。
見学後の2月24日の新聞(Straits Times)で、カジノ・オープン後の入場客数等についての情報が公開されている。それによると、オープン後の最初の一週間の入場者数は149千人であり、530の賭博テーブルと1300のスロットマシーンの約半分しか稼働していないことを念頭に置くと、まずまずのスタートではないかとコメントしている。シンガポール初のカジノということで国内での比較はできないが、マカオのVenetian Macao Resort Hotelのカジノは、設備はセントサの約3.5倍であるが、ここがオープンした際は、最初の10日で500千人であったという。しかし、まさにこの入場客数は、このプロジェクトを評価しているアナリストの中では、いろいろ議論の的になっているようである。
余談になるが、当地では、博打常習者の増加による個人的、社会的問題を未然に防止しようということで、自ら又は家族から、「賭博問題国民協議会(The National Council on Problem Gambling-NCPG)」に申請し、カジノへの立入りを禁止される命令(Exclusion Order)を受けることができる。上記と同じ新聞記事によると、自己申請は、このカジノがオープン前後から急増し、この2週間で100人が申請。昨年の11月24日にこの制度が導入されてから、既に合計で264人が、この命令を受けているという。また家族による申請も2月に入ってから12件に上っており、こちらは昨年4月に制度が導入されてから合計で31件の申請があったという。新聞記事では、これらの申請者の性別や人種、職業や年齢を分析し、人種的には予想通り圧倒的に中国人が多いとしているが、こうした分析の背後には、中国人の博打好きを熟知して、カジノの建設に最後まで待ったをかけていたリー上級相に対する配慮があるのだろう。
3、ユニバーサル・スタジオ
冷房の利いた室内から、炎天下の屋外に出る。カジノを出ると、すぐ近くにユニバーサル・スタジオの入口がある。ここも旧正月に一般公開が始まったが、まだ合計で19あるというアトラクションは稼働しておらず、園内を見て回るだけである。地図を見ながらぐるりと一周するが、土産物屋やレストランが並ぶ通りは、TDLと同じように、アメリカの夢を振りまく中々雰囲気のある仕上がりになっている。私は大阪のUSJには行ったことがないが、基本的に同じデザインで作られているのであろう。ジェット・コースターが試運転あるいはテストを行っているのだろうか、無人のまま轟音を立てながら走って行った。
林に覆われた「ロスト・ワールド=ジュラシック・パーク」やハンナプトラ第三弾のエジプト館「マミー」、そして「シュレックの城」等、ハリウッド映画お馴染みの企画館が並ぶ。思っていた以上に敷地面積はある感じである。
(入口)
(ジェット・コースター)
(エジプト館―ミイラの呪い)
(シュレック城)
こうして30分ほどで園内を一周し、入口に戻る。外からだけの見学なので、暑さでややバテ気味になる。そう、実際にアトラクションが運営開始し人々が殺到すると、当然入場待ちの列ができることになるが、この国の暑さの中で相当時間待つというのは、結構大変なことであろう。しかし、中心街からタクシーで5−10分程度に位置するアミューズメント・パークとして、今後ここがシンガポール観光の大きなポイントになることは間違いない。第一四半期後半にはアトラクションも稼働開始、ということであるので、3月中には動き始めることになるのだろうが、当初は間違いなく地元が殺到し、それに外国人観光客も加わり、それなりの混雑を招くことになるだろう。これが収まった後、中長期的にどの程度の外人観光客を呼べるか、そして現在までのところはまだ少ないこの国へのリピーター観光客を増やせるかが成功のカギを握りそうである。因みに、ここへの入場料は、大人が平日S$66(週末S$72)、子供がS$48(週末S$52)とのことである。
2010年2月27日 記
追伸
その後、ユニバーサル・スタジオは、3月18日(木)午前8時28分に一般営業を開始することが公式発表されました。
2010年3月5日 記