Voyage de la Vie
2010年9月4日
セントサ島のカジノがオープンして約半年。そのオープン直後の様子は、シンガポール通信に掲載したとおりであるが、その後このカジノにはすっかり常連になり、週末には、もう一か所のマリーナのカジノと交互に顔を出している他、先日は、夏休みでこちらに滞在した家族がユニバーサル・スタジオで1日遊び、それなりに楽しんだとのことであった。
マレーシア系総合リゾート企業であるゲンティング社の経営するこのセントサ島の新しいリゾートのファシリティーの中で、カジノとは別に、以前から気になっていたのが、カジノ入口の横の劇場で、この施設のオープン直後から始まった「Voyage de la Vie」と題されたショウであった。町の中や新聞で、時々赤い玉をもったスキンヘッドの男を前面に出した広告を眺めることがあった。手品やサーカス中心のショウという話は聞いていたが、ここシンガポールに来てから、こうしたエンターテイメント関係はエスプラナード劇場でのミュージカルに限られていたことから、こうした一般の劇場での公演のレベル感については、あまりイメージがなかった。そんなこともあり、一回見ておこうということで、この週末は、カジノは封印し、セントサ島のこのショウに足を運んだのであった。週末は、5時半と8時半の2回の公演があり、私が行ったのは8時半の公演である。
開演15分前に会場に入ったが、ロビーが人で溢れている。まだ劇場への扉が開いていないのである。次第に人が溢れてきて、冷房にもかかわらず暑苦しい。前回の終了後の会場メンテが出来ていないのだろうか?などと考えながら待っていると、5分ほどしてようやく扉が開き、着席する。席は、上から4ランク目(S$88/一人)で、ステージへはやや距離はあるが、正面少し右で、見難くはない。因みに中央の私の席より前の部分は、S$188のVIP席から始まり、S$128、S$108、着席できる席はそれ以外にS$68という価格設定である。
結構大きい劇場である。エスプラナードと変わらないくらいの広さはあるのではないだろうか。席は満席とは言えないが、そこそこ埋まっている。ミュージカル「キャッツ」の時と同様、ローカルを中心に、若いカップルや小学生前後位の子供を連れた家族連れも目立っている。
8時半過ぎ、照明も変わらないまま、何気なくゴミ収集作業員の服装をした二人組によるパフォーマンスが始まる。スカーフを手に隠すようなありふれた手品に始まり、その内、会場前列の観客をステージに誘い、客に持たせた帽子からウサギを取り出したりといった、これもよくあるが、もう少し高級な手品をみせる。何となく会場が和んだところで、舞台が暗転し、メインのショウが始まった。
このショウは、タイトルが「人生への旅」と題されているとおり、若い男の子が大人になる過程でいろいろな通過儀礼を体験するというミュージカル仕立てになっている。ロック風のオープニング音楽で、少年が歌い、ダンサーが踊る。それが終わると、舞台に一人残った少年に、パンツ一枚の軟体男が近づき、中国雑技団でよくある、柔軟な身体での様々な体位を見せながら、少年を旅に誘っていく。
そこで、ステージが爆発し、旅への出発。これからはサーカスが主体になり、まずは正方形に構築された鉄棒。丁度ユーミンの「シャングリラV」でもまさに同じ演技があったが、縦横の鉄棒で、うまく交差しながら車輪を行い宙返りでの着地をする。続いて十字に置かれた4つのトランポリンを使った宙返り。そしてU字型のスペースでのローラースケート。結構動きが次から次に繰り出され、また複数の人間が違った動きをしているので、目が一点に集中できず、うろうろしてしまう。
これが静まると、今度は天井から降りてきたリングでの踊り。更に、三日月から降りてきた女性によるバイクの上での片手の逆立ちバランス。そして空中ブランコを使った女性の踊り。冒頭に登場した二人組の一人が、今度はピアニストとして登場し、少年のソロ・バラードの伴奏を行うが、その後、今後はもう一人の相棒により、鋸でお腹から真っ二つにされる。面白かったのは、台に縛られたままの上半身がピアノまで移され、そのまま仰向けでピアノを演奏するのである。鋸での身体の切断手品はよくあるが、そのまま切られた身体で仰向けのピアノ演奏を行うというのは初めて見た趣向である。
中国兵士の衣装を着た人々が、階段状に組まれたトランポリンも組み込まれたステージで、戦闘シーンを繰り広げた後、そのまま天井から下った紐につかまり男二人の空中浮遊での戦いに移る。別の縄だけの結構高い位置でのブランコによる息をのむ演技(これはさすがに命綱をつけていた)があったと思うと、今度は垂れ下がった紐によじ登った女性が、高い位置で色々な体位をとったり、最後は下にいる男が紐を回し、女性が水平に回転するといった演技が続く。ウイリアム・テル型のアーチェリーでは、男が、女性が手に持つカードやバラを射る。最初は失敗したが、二回目は見事に花の付け根を吹き飛ばしていた。そして後半近く、それまでは、男の子の案内役のような感じで、特段技を見せなかったスキンヘッドによる玉の演技(Juggling)。最後は鉄棒、トランポリン、ローラースケートが入り乱れたまま、男の子の歌による大団円を迎えていくのである。
このショウのサイトで、主要なアクターの経歴が紹介されている。
まず、街中のポスターを含め、広告にも使われているスキンヘッドはVictor Keeというウクライナ人の玉投げ師(Juggler)。幼少時より「子供サーカス学校」(ウクライナにはそんな養成機関があるのだ!)からキエフ・サーカス芸術カレッジ卒業、4年の修業期間を経てプロへ。フランスやモンテカルロのサーカス・フェスティバルでのメダル受賞経験があるそうである。上記のとおり、彼がショウ全体の進行役を務めていた。
Jonathan Leongはシンガポール人の歌手で、少年役。2001−03年の兵役中に結成した自分のロックバンドでパブ等を回って演奏していたが、その後「シンガポール・アイドル」で優勝し認知度が上がってきたという。今回は、冒頭、途中、そして最後に、彼の歌がフューチャーされていた。
Aurelia Catsは、フランス人の空中ブランコ・ダンサー(Contortion and Trapeze)。フランスのサーカス学校を経て幼少時から各種のサーカス演技に取り組むが、この空中ブランコが自分に合うということで、14歳でこの演技でプロになったという。やはり、いろいろなサーカス・フェスティバルの受賞者である。
スイス人のMelanie Chyは、オートバイの上での逆立ちバランス演技を行う。サーカス一家に生まれ、6歳から基礎を学び、8歳にしてパリのサーカス・フェスティバルでHand Balancing and Contortion Actの銀賞を獲得し、センセーショナルなデビューを飾ったという。2002年にはアメリカでデビューしている。
Liina Aunolaは、Rope and Cloud Swing Actの専門家。11歳でフィンランドの町のサーカスに参加。4年の修業の後、ポリテクニークでサーカス実技の勉強をし直し、その後、サーカスのみならず、ダンス一座やTVショウ等で、世界11カ国の公演に参加しているという。今回は米国のサーカス一座から離れてシンガポールにやってきた。
Martti PeltonenはCrossbow and Arrow Shooter。フィンランド軍隊で獲得した射撃主としての腕前を試すために10年前にフィンランドのサーカスに加わり、その後自分の一座を立ち上げた。アーチェリーをステージ・ショウにするために苦労した後、2006年に英国公演を成功させたという。欧州諸国を回った後、シンガポールにやってきた。
Alexey Goloborodkoは、ロシア人のDancing Contortionist。写真はないが、1994年生まれとあるので、まだ16−7歳。風貌から判断すると、最初に登場した軟体人間であろう。5歳から訓練を始め、有名なChoreographerであるVladislav Robinの下で指導を受けたが、彼の方針はContortionにダンスの要素を取り入れ優雅な演技とすることであった。2007年、13歳にしてTVコンテストで注目され、その後も数々の賞を受賞している外、若いにもかかわらず、既に世界各地での公演を経験している。
Jarrett & Rajaは、Master Magician & Piano Geniousの米国人コンビ。ラスベガスからの直行である。音楽と手品のユニークなコンビネーションが売りとのこと。確かに上記のとおり、夫々ではよくある演出であるが、それを組み合わせたところに驚きがある。1988年に手品師のJarrettが、ジュリアード音楽院出身のRajaにコンビになることを申し入れ、その後米国、欧州各国で人気を博す。2000年からはラスベガスを根拠地に、エディンバラ・フェスティバル、そして中国で上演された初めてのアメリカ型のショウであるElementsにも参加するなど、活動を広げているという。
少年役を除き、ほとんどが欧米からのアクターによるショウで、まさにこのリゾートが、カジノを中心とした欧米型の総合エンターテイメント施設を目指している意気込みが感じられる内容である。人の流れができれば、自動的にカジノへの集客も進み、そこで収益が期待できるというビジネス・モデルであろう。
私自身は、ドイツ時代に温泉地にあるカジノに頻繁に足を運んだことはあるが、ラスベガスを始めとするこうした「総合カジノ・リゾート」に詳しいわけではないので、本場のそうしたショウと比較して、この日のそれがどの程度の水準にあるのかを言うことはできない。しかし、いつも繰り返すが、そもそもエンターテイメントの少ないこの国で上演されるショウとしては、予想以上に楽しめたというのが正直なところである。一人S$88で4ランク目という上記の値段をどう考えるかということはあるが、まあ料金分は楽しんだと言える。まさにシンガポール人の平均収入もそこそこ高くなってきたことから、このようなエンターテイメントも十分やっていけるということなのだろう。
セントサのカジノでは、先日も中国系シンガポール人の会社役員が3日間でS$26百万(約15億円)をすり、カジノ側がクレジット・ラインにつき警告を発しなかったとして訴訟を提起するという事件が報道された。それを受けて一部の会社が、自社の役員にはカジノへの出入りを禁止したという。また昨日の新聞では、シンガポール人が多く住む集合住宅(HDB)の多くの場所にフリーのシャトルバス・サービスを行っていることが、そもそも「シンガポール人にはカジノの大規模な広告は行わない」というカジノの認可条件に抵触するのではないかと、一部の議員が騒ぎ始めているという話も載っていた。何かと議論を呼んでいるこの総合リゾート施設であるが、少なくともこうしたエンターテイメントを提供してくれれば、カジノで無駄な金をすることもなく、そして狭くて時々息が詰まることもあるここシンガポールでの生活に、適当な息抜きをもたらしてくれるのである。
2010年9月10日 記