Dali : Mind of a Genius – The Exhibition (写真付)
2011年5月29日
シンガポールに昨年オープンしたカジノを中心とした二つの総合リゾート(IR :Integrated Resort)については、昨年2月のセントサ・リゾートの視察記を含め、折りある毎にこのサイトでも話題として触れてきた。セントサと並ぶ、マーリナ地区のMarina Bay Sands(MBS)についても、カジノへの出入りに加え、そこの劇場で開催された「Riverdance」や「Lion King」等を見る機会があったことも、ここに掲載したとおりである。
そのMBSで、最後まで建設工事が続いていた芸術科学博物館が、先頃ようやく完成し、そこでの「杮落とし」として、スペインの芸術家ダリの展覧会が、5月14日(土)より始まった。当地としては珍しく、朝からどんよりとした雲が覆い、そのまま驟雨が降り始めた5月29日(日)、週末午前中の日課であるプールサイドでの怠惰な時間が取れなかったこともあり、気になっていたこの展覧会を覗いてみることにした。
既にいろいろなところに書いているように、一般的に言って、シンガポールでの芸術・文化活動はあまり面白くない。音楽関係は、それでもこのサイトで掲載しているように最近は外タレのコンサートが増え、それなりに活発になってきているが、絵画や芸術一般となると、まだまだ層が薄い、というのが実感である。3年前、こちらに来た直後、直ちに週末に、こちらの主要な美術館(Singapore Art Museum)や博物館(National GalleryやAsian Civilization Museum)等を回ったが、その展示内容はあまり面白くなく、またいくつか特別展的なもの(例えば昨年開催されたNational Galleryでの「60年代のシンガポール展」)も見てみたが、今までのところ記憶に残る展示はほとんどないのが実態であった。
造形芸術に関しては、それでもここでは毎年春に「シンガポール・ビエンナーレ」なる総合芸術祭が行われており、その期間は町の至るところに、各種オブジェなどが並ぶ。今年は、「マーライオン・ホテル」なるコンセプトで、マリーナに建つマーライオンをプレハブで囲み、ホテルとして一般客を宿泊させるという日本人のデザイナーの企画が話題になっていた。宿泊客は、朝ベッドから起きると、マーライオンの像が目の前に聳えているという趣向で、日中は一般観光客も中に入って見ることが出来たようである。しかし、私個人は、普段しょっちゅう見ているこの像をあえて見に行くということでもなく、結局このビエンナーレ全般も、特段意識的に見ることもなく、5月初旬に終了した。
こうした中で、今回ようやく完成した芸術科学博物館でダリの展覧会が開催されることになった。蓮の葉をイメージしたというその建物のデザインは、このマリーナ地区の景観の中では一際眼を引くものになっている。
(芸術科学博物館)
ダリ。1904年生まれ、1989年に逝去したこの芸術家との付合いは結構長い。既にティーンエイジャーの頃からシュールリアリズムの独自な世界には親近感を覚え、A.ブルトンの「シュールリアリズム宣言」から始まり、彼らの画集やこの運動に関わる多くの本などに接してきた。そして生活の場を欧州に移してからは、マドリッドで彼のリトグラフを購入したり、バルセロナからレンタカーを運転し、彼の生まれ故郷のフィゲラスにある彼の博物館を訪れたこともある。その他、日本や欧州で行われた個別の展覧会は、時間の許す限り訪れるようにしていた。しかし、ドイツから帰国して以降のこの10年超は、あまり彼の作品と接する機会がないまま過ぎていた。そうした中での久し振りのダリの展覧会ということで、この企画の発表があった時から待ちわびていたものである。芸術にはあまり関心のないシンガポールの人々が、どの程度こうした展覧会を訪れるのだろうか、というのも、また興味津々であった。実は、ビジネス街の高層ビルの間にあるUOBスクエアーという小さな広場に、ダリの彫刻の大きなコピー(「ニュートンへの敬意ーHomage to Newton」)が飾られている。こちらに来てすぐそれに気がついた時は、もしかしてこの国ではダリはそれなりの存在感があるのかな、と思ったくらいである。そうした感覚を確認することができるかもしれない、という気持ちも抱きながら会場に向かった。
しかし、こうして日曜日の昼前に訪れた芸術科学博物館は、二週間前から開かれたばかりだというのに、全く閑散としていた。入口にある「溶ける時計」のコピー・オブジェを見てから受付で入場券を購入する。S$30の入場料が高い、というのがもっぱらの評判であったが、空いているのはそれだけの理由でもないであろう。
(入口のオブジェ)
建物の3階が、今回のダリ展の会場である。水蒸気に彼の顔を投射した入り口は、最初入り口とは気がつかなかったくらいであるが、入場するとあとは、一般的な展示が散りばめられたスペースが続く。絵画は、水彩の「ロメオとジュリエット」(1975年、10作)、デッサンの「秘密の詩」(1967年)、水彩の「モーゼと一神教」(10枚)、「聖書」(16枚)、「不思議の国のアリス」(1969年、8枚)等、連作の軽いタッチの作品がほとんどである。色彩は豊かで、見ていて気持ちが明るくなるような作品が多いものの、彼特有の、あの細部は超リアルであるが、全体の構成は想像力をかき立てる、という感じは全く感じられない。他方油彩は、私が気づいたところでは「Arithmasophic Cross」(1952年)と題された、タイル模様での十字架を描いた一作のみであるが、これも近くで見ると、十字架も結構こって描かれているし、その下に小さなオブジェが詳細に描かれているが、全体の印象は、十字架が目立つために、それほど想像の余地を残しているような作品ではない。
(幾つかの水彩画)
(Arithmasophic Cross)
他方、造形物は、入り口近くの「燃える女」から始まり、彼の得意な「溶ける時計」のモチーフでのいくつかの作品、人体が引き出しになっているお気に入りのモチーフ、「カタツムリと天使」、「勝利の天使」等の「天使」シリーズ、そして有名な「宇宙象」(1980年、ブロンズ)等、大きいものから、小さいものまで、結構数は来ている。以下、いくつかのオブジェを掲載するが、やはり今回の展覧会は、こうしたオブジェが中心であるように思えた。
(オブジェの数々)
確かに、こうした彼のオブジェも、絵画と共通の発想から作られているものが多く、ほとんど全てが絵画でも表現されている。その意味では、こうしたオブジェは、彼の同じ想像力の三次元での表現であるといえる。
しかし、私にとってはダリは、やはりその「シュール」な絵画の表現が、最も刺激を受ける素材である。彼の絵画は、シュールリアリズムの芸術家のみならず、フロイトとの交友関係などを経て生まれた内面世界(それは夢の世界でもあるのであるが)を描いているといえるが、その世界は、個々の細部は明瞭であるが、その関係性が現実世界を超えたものであることを我々に示してくれる。しかしオブジェ自体は、既に現実の存在であることから、そうした想像力の飛翔をある意味制約してしまうように感じるのである。確かにかつてダリが、電話機にサリガニを乗せたことは、当時の芸術界に衝撃をもたらした。しかし、それは、電話機とザリガニという異質な関係性ではあっても、やはり目の前にあるリアルな存在であることには変わりなく、少なくとも私にとってはそれ以上の想像力を刺激するものではない。それを考えると、この展覧会としての結論は、やはり私が接してきた彼の絵画がほとんどなかったということで、そうした想像力の飛翔を楽しむことはできず、その意味でやや残念な展覧会であったというのが正直なところであった。
既に述べたように、開催後2週間を経て、当初の人並みは減ってはいるのだろうが、日曜の午後の展覧会スペースは、ほとんど一部屋に数人といった感じで、ゆっくり見れるのは有難いが、鳴り物入りのこうした有名アーチストの「杮落とし」としては何とも寂しい限りであった。中には、私のように、一つ一つ作品を写真に収めている(フラッシュを焚かなければ写真はOKである)熱心なローカルのファンと思しき観客もいたが、多くは青眼の居住者か観光客といった感じの人々が、のんびりと週末の午後を過ごしているという雰囲気であった。内容はともかく、日本でこうした有名画家の特別展があると、相当数の観客が殺到し、なかなかゆっくり鑑賞できないことを考えると、やはりまだこの国人々は、こうした芸術にS$30を払うというところまではきていないのかな、と感じたのであった。
尚、この会場では、同時に一階の展示室で、「Van Gogh Alive – The Exhibition」と「Shipwrecked:Tang Treasures and Monsoon Winds」と題された二つの展示が行われており、入場料は、これら全ての展示共通ということで、ダリ展を一通り眺めた後に、この二つにも一応立ち寄ってみた。
「Van Gogh Alive – The Exhibition」は、残念ながら生の作品の展示ではなく、一階の広々とした展示室の壁面一杯(一部は床にも)に、ゴッホの風景画を中心とした作品がプロジェクターで投射され、それがところどころゆっくりと移り変わっていく、という企画である。映し出されている作品は、晩年の自画像等の神経質な作品と異なる、心が休まるものが多いことから、それが広い壁一杯に広がると、BGMで流れているエリック・サティの変奏曲などと共にそれなりに快適な空間を構成することになる。しかし、単なるスライド・ショウである、と言ってしまえばそれだけである。一つの大きなスペースで、夫々数人の観客が、床に座ったり寝転んだりしながら、暇を潰しているという感じの展示スペースであった。
もう一つの「Shipwrecked:Tang Treasures and Monsoon Winds」は、唐の時代の難破船(ヴェトナム沖)から引き上げられた装飾品や調度品の展示である。これもよくある趣向の展示であるが、こちらには、解説員付の6−7人のグループも一組入っていた。いずれの展示も、5分程度でさっと眺めただけで引き上げたのであった。
2011年6月2日 記