オルセ美術館展(写真付)
2011年12月3日
繰り返し書いているように、シンガポールでの絵画鑑賞の機会は、余り多くない。常設の展示については、3年前こちらに来た直後、直ちに週末に、こちらの主要な美術館を回ったが、その展示内容はあまり面白くなく、またいくつか特別展的なもの(例えば昨年開催されたNational Museum of Singapore―National Galleryと略称されることも多いーでの「60年代のシンガポール展」)も見てみたが、今までのところ記憶に残る展示はほとんどない、ということはダリ展の感想でも書いた通りである。
しかし音楽での外タレや先般のダリ展等と同様、この国の所得水準の上昇に従って、次第に外国の優れた作品を招致出来るようになってきているのも確かである。そして今回National Museum of Singaporeに来た「パリ・オルセ美術館展(Dream & Reality – Masterpieces of Painting, Drawing & Photography, Musee D’Orsay Paris)」(2011年10月26日―2012年2月5日)も、有名な作品は少なかったが、想像していたよりも質量共に充実しており、こちらに来てから行った美術展の中では最も楽しめたものになった。11ドルという入場料は、公共博物館での開催ということもあるのだろうが、30ドルの入場料を取られたダリ展との比較でも満足できるものである。
「オルセ美術館」というと印象派美術館という印象が強いが、かつての鉄道駅を改造し1986年に開かれたこの美術館は、19世紀後半から20世紀初めにかけてのフランス絵画のパノラマを示すというコンセプトのもと、ジュ・ド・ポムの印象派美術館のみならず、ルーブルやパリ近代美術館等からも作品が集められているという。私は、就職直後の初めての海外旅行と80年代のロンドン時代に、この前身となる印象派美術館を回ると共に、90年代のドイツ時代にこのオルセを訪れている。偶々この時購入したオルセ美術館のカタログをこちらに持ってきていたので、今回の展覧会後は、それを久し振りに眺めることになった。
今回出品されているのは、全部で145点の作品ということで、作品のテーマ毎に、@暗喩と歴史(神話、宗教、歴史等)、A人間と現代生活(家族の肖像や仕事、余暇等)、B人間と自然(肖像・風景画―印象派関係等)、C孤独(肖像)という4つのカテゴリーに整理されている。
予備知識なく飛び込んだ私の目を引いたのは、@のカテゴリーでは、まずルソーの「戦争」。森と動物、という彼の一般的なデザインではなく、奇妙な子供が刀と狼煙を両手に抱きながら馬と共に死体の上を飛び交っているという構図であるが、タッチは一目で彼の作品であることが分かる。また大きな作品で目を引くのはカパネルの「ヴィーナスの誕生」とロチェグロッセの「花の騎士」。双方とも私の記憶にない画家であるが、前者は、フィレンツェ・ウフィチ美術館で見たラファエロの同名作品を思い出すものであり、また後者は水彩のような明るい色彩が印象的な作品であった。小さな作品であるが、明らかに1870年代のパリ・コミューンを巡る内乱をテーマにした作品が2点(その一点は、メッソニエの「パリの包囲」)あったのも心に残った。
(ルソー・戦争)
(カパネル・ヴィーナスの誕生)
(ロチェグロッセ・花の騎士)
Aのカテゴリーは、肖像画や工場などを描いた作品が中心で、今一つこれは、というものがなかったが、さすがに大きなオープン・スペースにあった大きな作品には目を向けることになった。一つは、カロリュス・デュランの「手袋の女」という大作で、多くの観客がこの絵のところで写真撮影をしていた。
(手袋の女、他)
続いて移ったスペースはBのカテゴリーで、ここは印象派の作品で溢れていた。印象派は、余りに日本などでも人気が出てしまったので、私も若い頃は余り興味のないようなそぶりを示していたが、欧州暮らしが長くなると、やはりこうした色彩感覚が欧州の厳しい気候から生まれてくるのが容易に理解できたものである。そしてやはりこの種の絵画は、単純に眺めていて心が落ち着くのは間違いない。Aのカテゴリーにあったドガを含め、ルノアール、マネ、モネ、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン、シスレー、スーラ等、私が知っているような有名な作品や、オルセで見られる巨大なモネの睡蓮といった作品はないものの、其々の画家の作風の特徴が出た秀逸の作品が集められていた。個人的に特に気に入ったのは、ルノアールの「シャトウの鉄橋とピンクの栗の木」という風景画と、ゴッホの「星降る夜」。後者は、ガラスのカバーで覆われていたので、今回の作品の中でも特に貴重なものであったのだろう。また印象派ということではないが、私が個人的に好きなミレーの農村画やクールベの鹿等、個々の作品としては有名ではないが素晴らしいものもあった。最後のCのカテゴリーは狭いスペースで、印象の残る作品はなかった。
(ルノアール・シャトウ・・・)
(ゴッホ・星降る夜)
地下にあるギャラリー入口では、イヤホーン・ガイドのサービスもあったが、今回はそれを借りず気ままに眺めることになった。以前のダリ展に比べると、安い入場料のせいもあろうが、それなりに客は入っており、20人位でガイドが解説しているグループもあったので、そうした集団を避けながら30分位で一通り眺めてから、もう一度入口に戻り、改めて気にいった画をもう一度眺めると共に、一応写真に収めることにした。
しかし、そうして2回眺めてから外の通路に出ると、建物の吹き抜けの天井は雨粒で覆われ、そして激しい雷の音が轟いていた。建物に入った時は曇ってはいたが、直ぐ雨が来る雰囲気ではなかったが、最近のシンガポールの天気の変化と雨の多さは例年以上である。しょうがないので、もう一度ギャラリーに入り直し、結局小一時間この展示を眺めることになった。それでも雨は止まず、更に1時間ほどギャラリーの喫茶店で、コーヒーとまずいケーキを食べながら時間を潰すことになったのであった。
帰宅後、前述の通り、以前にパリで購入したオルセ美術館のカタログで、今回出品されていた作品を探してみた。そのカタログの収録作品で、今回出品されていたのは、私の気がついた限りでは、以下の7点であった。
(カテゴリー@)
ルソー:「戦争」(1894)
カパネル:「ヴィーナスの誕生」(1863)
メッソニエ:「パリの包囲」(1870)
ドレ:「謎」(1871)
(カテゴリーA)
カロリュス・デュラン:「手袋の女」(1869)
コルモン:「鉄工所」(1894)
モンドリアン:「出漁」(1898−2000頃)
(カテゴリーB)
セザンヌ:「エスタックの海(マルセイユ湾からの眺め)」(1878−79頃)
確かに、オルセ所蔵の代表作であるミレーの「落穂拾い」、マネの「草の上の食事」や「オリンピア」、ゴッホの「寝室」や「自画像」等の「超」有名な作品はなかったが、それでも前述したように、19世紀後半から20世紀初めにかけてのフランス(及び一部欧州)を代表する画家の作品は揃っており、久々の欧州近代絵画を堪能できる展覧会であった。かつて欧州に滞在していた頃は、旅行に出ると、その地域に多くの優れた美術館があり、こうした作品に触れる機会は圧倒的に多かったが、考えてみるとシンガポールに来てからこうした近代西欧絵画に接したのは、先日のダリ展を除けば初めての機会であった。しかも、先般のダリ展は、造形作品中心で、特に油彩は1点だけであった。それとの比較においても今回は久々に美術への渇望を満たしてくれたのである。
最後に、この展覧会のカタログが39ドルで販売されていたが、迷った末、今回は購入を控えてしまった。無料パンフレットにも幾つかの作品は掲載されているのと、前述のようにオルセ自体のカタログはあるということを考えた結果であったが、まだ多少未練がある。会場外の売店で購入できるので、場合によっては今後衝動的に購入することになるかもしれないな、と感じている。
2011年12月4日 記