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シンガポール通信
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THE ILLUSIONISTS
2012年2月25日 
 サンズ劇場で2週間の期間限定(2月17日〜3月4日)ということで行われたマジック・ショウである。

 当初、この公演がアナウンスされた時は、如何にもラスベガスあたりのカジノで上演されているショウを、ここシンガポールのカジノに持ってきたのだろう、という印象であった。カジノ=博打場を巡る様々な事件、裏に潜む暗黒社会など、とかくマイナスのイメージが付きまとうこの場所を、いかに家族連れなどの一般客に親しみやすいものにするかで、カジノ自体の売り上げもそれなりに変わってくる。そのため、こうした遊興施設は「カジノを中心とした総合リゾート施設」という体裁を整えることが、運営会社にとっては重要な要素になる。私はまだ行ったことはないが、ラスベガスやマカオなどの町は、まさにこうして単なる「賭博場」の街から脱却してきたのであろう。そしてシンガポールでも、ゲンティング社が経営するセントサのカジノは、ユニバーサル・スタジオというテーマ・パークを組み合わせると共に、劇場では「Voyage de la Vie」というショウを開業以来続けている(別掲ご参照)。

 それに対するマリーナ・ベイ・サンズは、主として併設する劇場でのミュージカルやコンサートを「文化的な売り」にしてきたが、今回の公演は、それとは若干趣向を変えたマジック・ショウである。昨年12月にこの劇場でミュージカル「Wicked」(別掲ご参照)を見たばかりであるが、その同じ会場に足を運ぶことになった。既に「wicked」は終了し、そこで新たにこのショウが始まるのか、と考えていたが、「Wicked」もまだ上演中で、今回のショウは同じ入り口から入るが、正面左側にあるもう一つの劇場で上演されるとのことである。初めて、ここには二つ劇場があるということを知った次第である。しかし、この劇場も、「Wicked」上演中のもう一つのそれと変わらない大きさである。考えてみれば、以前見た「Riverdance」(別掲ご参照)等も、扉の配置等から考えると、こっちの劇場であった気がする。

 ということで、土曜日夕刻、基本的に能天気なこのショウに出かけていった。マジック・ショウなので、出来るかぎりステージ近くのほうが楽しめるだろうということで、S$175、135、105、75、45とあるチケットの内、今回は奮発し2番目のS$135を購入した。席は、ステージに向かって右側最前列。まずまずの位置である。開演前、オーケストラ・ボックスではボーカル、ギター、ベース、ドラム、キーボード兼トランペットからなる5人組の生バンドが準備を整えていた。私の席のすぐ前は、キーボード兼トランペッターである。

 7時45分の開演時間と同時に、バンドの演奏と共にオープニングである。スクリーンに映し出されたMCと思しき男が、観客席からステージに上がり、開演を告げる。あとから考えると、彼はこの日登場する6人のマジシャンのうちの一人のThe Mentalist であった。

 当日登場したマジシャンは以下の6人。夫々が専門の芸風を持っていることから、それに合わせたタイトルが付されている。

The Anti-Conjuror (Dan Sperry) :Shock Illusion
The Grand Illusionist (Brett Daniels) :Mega Illusion
The Manipulator (James Dimmare) : Dove Magic
The Escapologist (Andrew Basso) :Death Defying Escapes
The Mentalist (Philip Escoffey) :Mind Reading & The Paranormal
The Trixster (Michae Halvarson) :Pickpocketing

 まずパンク風のいでたちで登場したのはThe Anti-Conjuror。モヒカン頭にマリリン・マンソン風の化粧をした顔で、糸を取り出す。気味の悪い動作を続けながら、その糸を首に当てると、その糸が次第に喉の皮膚にめり込み、彼が糸を動かすと、喉の皮膚がつられて動くのである。このショウを紹介する新聞記事の写真にも使われていたものが、いきなり登場。気持ちは決して良くないが、いきなり「何故」という驚きである。

 気味の悪いイントロの後は、少しさっぱりしたThe Manipulator による、よくある帽子やスカーフからの鳩出し手品。間に女性サポーターによるダンスなどを挟みながら、ショウ的な気分を盛り上げるような演出である。

 オープニングで登場したThe Mentalist は、会場から一人の女性観客をステージに引き上げ、彼女にいろいろ質問をしていく。やや時間をかけた会話が続き、いったい何をさせるのだという気持ちが高まってきたタイミングで、彼女に引かせたカードや彼女の好きな動物、誕生日等、その場で本人に書かせていたものを示しながら、実はそれが既に彼の元にある情報と同じであることを示していく。カード当てはともかく、確かにその他は個人情報であり、彼がどうして知りえたのか?トリックは残念ながら分からない。

 今回は、あまりに能天気に手品を楽しみ、コンサー会場でいつも行うようなメモ取りをやらなかったので、その後のいくつかは印象が薄れてしまったが、この前半のハイライトの一つは、The Escapologist による水中脱出であった。所謂「大脱出」ものであるが、舞台に1m四方で、高さ2mほどの水が入ったガラス容器が運び込まれ、そこに手錠をはめたThe Escapologist が、蓋に足を固定された上で吊り上げられ、頭から水の中に漬けられる。そこからの「脱出」が、ガラス越しに、またそれを傍から撮影するヴィデオでスクリーンに映し出される。まずは、小さなピンを使い手錠を外し、続けて固定されている足を抜き、そして最後に蓋を突き破り「脱出」するまで3分ちょっと。引田天功などがやっている、中身が見えない「脱出」とは違い、彼が水中で何をやっているかは全て見えるので、トリックという感じではない。むしろ水の中で息がどの程度続くのかを考えながら、「脱出」までのスリルを味わうというショウである。その後、その他の小さな手品を加えて、前半は8時に終了し、20分の休憩に入る。

 休憩後は、バンドによるラップ演奏からのスタート。ボーカルの黒人が、観客を立ち上がらせ、一緒に踊るよう呼びかける。そして同時に舞台に登場した大きなタービンが回転し、女性サポーターが踊る中、おそらくThe Grand Illusionist だったと思うが、男がその回転するタービンに滑り込んでいくのである。もちろん、男はそのまま裏から現れ、タービンは何事もなかったかのように回転を止める。

 そしてそのThe Grand Illusionist による、結構派手なショウ。天井から吊り下げられた女の絵が描かれた額の下に立った男が、大きなスカーフを閃かせると、そこに絵の中にいた女が現れ、絵は白い抜け殻になっている。そこで横になった女を浮かせ、輪を女の身体を潜らせて吊り上げていないことを示した後、再びスカーフが翻ると、女の姿が消え、絵に戻っているという演出である。これは結構拍手が多かった。

 再びThe Mentalist が登場し、観客3人を舞台に上げ、最初のインド人少年にはカード、二人目のマレー系と思しき女性には好きな図形、そして3人目の男性には英語辞書を渡す。それぞれ引いたカードや考えた図形を当てるのであるが、特に驚いたのは、3人目の男性に数字を選ばせ、辞書のその数字のページ最初の単語を選択させ、それを当てるというトリックである。The Mentalist が書いただけではなく、3人の観客が去った後に、椅子に付けられていた紙の裏に、夫々の正解が書かれていたことから考えると、結局、3人は最初から決まっていたものを選ぶことになっているというトリックなのであろう。

 The Trixster は、まずボールの手品で、これも観客席からジャケットとタイを羽織った男性をステージに連れだし、彼を使って、彼が握っていたボールがいつの間にか3つになったりというトリックを披露する。会場が大笑いしたのは、終わって席に戻る時に、もう一度呼び戻され、忘れ物、ということで、彼の腕時計が渡される。彼は、それまで腕時計がなくなっていることに気がつかなかった様である。で、また席に帰ろうとすると、今度は財布を忘れたと財布が戻され、ハンカチやその他小物が、The Trixster の手元から次々に出てくるのである。「Pickpocketing」が専門と言うことなので、まさにスリの手口を使った手品ということであろうか?

 そして最後はThe Grand Illusionist による大トリック。本物の大型バイクで舞台に現れ、エンジンをハウリングさせながら、ステージにいた女を後ろに乗せ、大きな籠に移り、空中に吊り上げられる。そこで閃光が走ると、バイクごと二人が消え去り、そして数秒後に、二人が観客席横の扉からバイクに乗って現れるのである。会場大興奮で、大団円となる。バイクの後ろに跨っていた女が、実はかつらをかぶった男であることが分り、笑いを誘いながら、このショウが終了したのは10時丁度であった。

 ヨーロッパでは、David Copperfield という伝説のマジシャンがおり、この日のマジシャンの一人も、子供の頃にこのDevid の手品に衝撃を受け、この道を志したそうである。日本でも、引田天功やマリックなどが行っているショウも同じようなものなのであろうが、私自身としては、こうした大掛かりなマジック・ショウを生で見たのは初めての経験であった。完全に能天気なエンターテイメントであり、あまり文化的な考察の余地はないが、それでもカタルシスとしては十分楽しめるショウであった。

2012年2月28日 記