マレーシア総選挙2018ー選挙前状況ー
2018年4月11日
4月10日(火)、マレーシアの選挙管理委員会は、7日(土)に解散した連邦議会下院(定数222)の投票日を5月9日(水)に決定したと発表、いよいよ5年振りの総選挙の幕が切って下ろされた。告示日は4月28日(土)であるが、与野党は既にマニフェストを発表し、事実上の選挙戦が始まっている。長期政権を目指すナジブ首相対92歳のマハティール元首相との戦いが開始された。
マレーシアの政治状況については、前回、2015年7月までの動きを報告した。そこでは、米国のWall Street Journal(WSJ)が、マレーシアの銀行にあるナジブ首相個人の口座に大金が振り込まれた、と報道し、それに対し、マレーシア官憲も捜査を開始した、というところで終わっている。
それから3年弱が経過したが、その間に、ナジブ首相の口座に振り込まれた大金は、中東の王族からの政治資金で問題はない、という結論となり、ナジブ首相側が批判をかわした形となった。しかし、引続きマハティール元首相とナジブ現首相の権力闘争は続き、それが今回総選挙で雌雄を決することになったのである。今回の選挙の展望を見る前に、まずは、前回報告以降の主だった動きをメディアからピックアップしてまとめておこう。
2016年3月15日
政府は11日に開いた閣議で、マハティール元首相のペトロナス顧問職解任を全会一致で決定。元首相が主導で立ち上げた市民宣言で、ナジブ・ラザク首相退陣を求めたのが理由。マハティール氏は国民車メーカーのプロトン会長、ペルダナ・リーダーシップ財団会長の職も解かれる可能性がある。
首相府は声明で、マハティール氏が野党幹部らとともに、民主的に選ばれた政権の転覆を目指している宣言を発表したと断定。宣言は憲法違反であり、マハティール氏が現政権を支持していない以上、政府関連職にいるべきではないとした。
2016年3月25日
マハティール元首相は23日、ナジブ・ラザク首相を相手取りクアラルンプール高等裁判所に訴訟を起こした。政府系ファンドのワン・マレーシア・デベロップメント(1MDB)からナジブ氏の個人口座への巨額の送金に関し、捜査を妨害するなど権力乱用があったと主張している。原告はマハティール氏と、与党・統一マレー国民組織(UMNO)元党員のカイルディン・アブ・ハッサン氏とアニナ・サアデュディン氏で、2人ともナジブ首相退陣を求める「市民宣言」に署名している。
2016年4月4日
マハティール元首相は3月30日付けで国民車メーカープロトン・ホールディングスの会長職など複数の政府関連機関のアドバイザーなどの立場を退くと発表した。
マハティール氏の公式ブログである「Chedet.cc」に掲載された声明によると、同氏はプロトンの親会社であるDRBハイコムのサイド・ファイサル社長に対し、会長職から退くという辞表を提出した。プロトン完全子会社のグループ・ロータスの会長職も辞職した。他にも、ランカウイ開発庁(LADA)のアドバイザーやペトロナス技術大学(UTP)の総長からも辞任した。
プロトンは声明を発表し、マハティール氏のプロトン創立者としての長年の貢献に感謝するとし、2014年以降プロトン会長として同社の発展に貢献したことに敬意を表するとした。
マハティール氏のプロトン会長職辞任について、ハムザ・ザイヌディン国内取引協同組合消費者行政相は、プロトンの経営は経営陣が行っており、会長が誰であるかは経営にあまり関係ないとのコメントを出した。
マハティール氏は3月11日、国営石油会社ペトロリアム・ナショナル(ペトロナス)の会長としてのポジションから退くと表明。政府関連の立場を全て辞することで、かねてから批判を行ってきたナジブ・ラザク政権を全面的にサポートしないとする意志を表明した。
マハティール氏は2月29日、与党第一党・統一マレー国民組織(UMNO)を離党したと発表、3月には野党との共闘でナジブ首相の辞任を求める宣言を発表している。
2016年4月9日
政府系投資会社、ワン・マレーシア・デベロップメント(1MDB)の不正経理疑惑を調査していた議会の公会計委員会(PAC)は7日、調査結果を公表した。ただ明らかにされていない問題も残されており、野党などは不十分だとして追求を続けていく構えをみせている。取締役会の承認を経ないで30億米ドル超の資金が外部に支払われており、PACは経営に弱さがあったと指摘。顧問団(議長はナジブ首相)の解体とシャハロル・アズラル当時最高経営責任者(現首相府職員)に対する捜査を当局に求めた。調査報告を受け1MDB取締役会は全員、辞職を申し出た。しかし不正行為は一切していないと重ねて主張した。1MDBはナジブ首相の提案で2009年に設立。1MDBから複雑な経路を経て首相の個人口座へ資金が振り込まれた疑惑が浮上したが、首相の個人口座に送金した事実はないと1MDBは一貫して否定してきた。PACの報告書では使途不明金の行き先が明らかにされておらず、またナジブ首相にも言及していない。元閣僚でナジブ氏の辞任を要求しているザイド・イブラヒム氏は「すべて首相を守るために練り上げられた。責任を取締役会に押し付け、首相の容疑が晴れるという仕組みだ」と指摘した。PACはナジブ氏から証言をとっていない。PAC委員で野党・民主行動党(DAP)のトニー・プア議員は「1MDBは一部しか情報を提供しなかった。情報を隠した」と批判した。
2016年7月18日
マハティール・モハマド元首相は14日、近く新党を結成すると発表した。新たな野党同盟も結成し、次期総選挙で統一候補を立て、与党連合・国民戦線(BN)のナジブ・ラザク政権に対抗する勢力とする。野党同盟に参加するのは、民主行動党(DAP)、人民正義党(PKR)、国民信任党(Amanah)で、BNに対抗して次期総選挙で選挙協力を行う。
2016年8月6日
ナジブ・ラザク首相の批判を続け統一マレー国民組織(UMNO)を除名されたムヒディン・ヤシン前副首相は4日、マハティール・モハメド元首相が創設する新党の党首になると明らかにした。近く、団体登録局(ROS)に登録申請する。
ナジブ首相の辞任を求めてUMNOを除名されたアニナ・サードゥディン元ランカウィ支部婦人部長によると、マハティール氏の自宅で3日夜、新党結成に関する会合を持った。会合にはムヒディン氏と共にナジブ首相批判でUMNOを除名されたムクリズ・マハティール氏(前ケダ州首相)も出席した。
現・野党連合、希望同盟(パカタン・ハラパン)の幹部やBN第一党・統一マレー国民組織(UMNO)の元幹部らと会合を持った後の記者会見でマハティール氏は、現在の野党構成党は魅力的ではないとし、マレーシアのために新たな政府を構築したいと表明。新党の名称についてはまだ決めていないと述べた。
新党構想を発表したのはマハティール元首相で、野党と提携し、次期総選挙で与党連合の国民戦線(BN)に対抗し、政権交代を目指す。
2016年9月6日
政敵同士であったマハティール・モハマド元首相とアンワル・イブラヒム元副首相が5日、18年ぶりに対面した。共に野党のリーダーとしての立場での対面となったが、双方が呼び掛けていた打倒ナジブ・ラザク政権に向けた共闘のための和解が近づいたことを内外に印象づける狙いがあるとみられる。
両者の対面は、今年発効した2016年国家安全保障会議(NSC)法の無効を求めてアンワル氏(同性愛の罪で服役中)が提訴していたクアラルンプール(KL)の高等裁判所で行なわれた。両者は握手し裁判所内で約30分ほど会話したという。
マハティール氏の方からアンワル氏に会いに行った形だが、マハティール氏は報道陣に対し「NSC法無効を求めた裁判の様子を見るためであってアンワル氏に和睦を求めに行った訳ではない」とはぐらかした。アンワル氏夫人で人民正義党(PKR)党首のワン・アジザ氏は、マハティール氏がアンワル氏に会いに来たと喜びを表した。
2016年10月16日
ナジブ・ラザク首相は、国民の間の対立を煽っている元凶がマハティール・モハマド元首相とアンワル・イブラヒム元副首相の2人の長老だと非難した。ナジブ首相は自身の公式ブログの中で、こうした脅威が二段階で表沙汰になってきたとした上で、第一段階は2008年にアンワル氏が選挙目的で民族問題を煽り、憲法に疑義を呈し始めたことだと指摘。それまで憲法問題は浮上していなかったが、2008年の総選挙では民族ファクターが結果を左右したと述べた。
また第二段階では、マハティール氏が新たなマレー系政党を設立することによってマレー社会の分裂を図り、その結果、マレー社会が5つに分断されることになったと指摘。この第一、二段階をもたらした二人が手を結んで、次の段階を企んでいると予想されるとし、1MDB問題が蒸し返されているのはその証左だとした。
2016年12月15日
2度目の同性愛の罪で収監中のアンワル・イブラヒム元副首相(人民正義党=PKR顧問)が再審を求めていた裁判で、連邦裁判所は14日、再審請求を棄却する判決を下した。最後の請求が棄却されたことによりアンワル氏は残り16カ月の刑期を終えなければならず、2018年に予定されている次期総選挙への出馬は絶望的になった。次期首相候補にアンワル氏を擁立して総選挙を有利に戦いたい野党連合・希望同盟(PH)は、戦略変更を迫られることになる。
2016年11月15日
3党からなる新たな野党連合・希望同盟(PH)は12日、初の代表大会を開催。人民正義党(PKR)のワン・アジザ党首や民主行動党(DAP)のリム・キッシャン顧問、国民信任党(Amanah)のモハマド・サブ党首のほか、与党第一党・統一マレー国民組織(UMNO)を離党して統一プリブミ党(PPBM)を結成したマハティール・モハマド元首相も出席し、PHに加入する意向を示した。
2017年4月18日
与党連合・国民戦線(BN)は14日、次期総選挙に向けたネットワーク準備組織「ジャリナン・ラクヤット・プラス(JRプラス)」を立ち上げた。同組織は与党第一党・統一マレー国民組織(UMNO)婦人部が2009年に開始した「JR」を拡大したもの。UMNO婦人部の25万人とUMNO青年部6万人に加え、UMNOプテリ(若い女性の部会)、他のBN構成党、BN支援の非政府組織(NGO)が協力する。
発表式にはナジブ ラザク首相(BN総裁)、アハマド・ザヒド副首相(BN副総裁)、ヒシャムディン・フセイン国防相(UMNO総裁補)、シャリザ・アブドル・アジズUMNO婦人部長らが出席。ナジブ首相は「次期総選挙の前倒し実施が噂されているが、BNはすでに準備が整っている」と言明した。
2017年7月 17日
2018年8月までに予想される総選挙に向けて団体登録を申請中の野党連合・希望同盟(PH-Pakatan Harapan)は13日、構成党トップ会議を開催。同性愛罪で収監中のアンワル イブラヒム元副首相(人民正義党=PKR顧問)を実質的指導者、マハティール モハマド元首相(統一プリブミ党=PPBM議長。92歳)を議長とするトップ人事を明らかにした。
PHは次期総選挙で勝った場合にアンワル氏を首相として擁立する方針を確認した。ただ収監中のアンワル氏はこのままでは次期総選挙に出馬できないため同氏の恩赦を働きかけていくが、実現できるかは不透明。PHはこのほか、赤字に「ハラパン」(希望)と書かれたPHのロゴを発表した。
2017年8月
ナジブ陣営は、こうしたマハティールの動きに対し、マハティール首相在任時のアジア通貨危機を中心に、彼のコントロール下にあったマレーシア中央銀行が、1990年代に、315億リンギ(約8,800億円)損失を出したこと、及び1985年と87年に、Internal Security Actを乱用し、モスレム党派を強制捜査し14名の死者を出したことなどの責任を問う調査委員会を立ち上げた。前者は、やはり当時財務大臣であったアンワルの責任も問う事案で、いわば「一石二鳥」の攻撃である。マハティールは、それぞれの嫌疑を当然否定しているが、審査は継続している。
2018年2月2日
1月7日、野党連合の希望同盟は、マハティールを首相候補、服役中のアンワルの妻のワンアジザを副首相に据えて総選挙に臨むと共に、アンワルは刑期終了後首相候補とすることを決定。
マハティールーアンワル同盟の媒介は、ナジブ。「1MDB」疑惑と国産自動車メーカー「プロトン」の株式約半数の中国企業への売却。マハティールは「わが子を失った」。ナジブは、「国産車をもつというある男の脅迫観念が、公共交通システムの整備を遅らせた」と批判。首相時代にマレー系優先する「ブミプトラ(土地の子)」政策を進めたマハティールは、マレー系の間に一定の支持。他方強力なリーダーであった彼の存在は、華人系政党も含む野党連合の結束を崩しかねない。現在無所属のシム・トンヒム議員は「マハティール氏の首相時代は、人種差別主義が最もひどかった」と批判。政治評論家のコー・コックウィーは「野党支持者にはマハティール氏が野党連合を乗っ取ることへの不安が強い」と指摘。他方、マジブとマハティールの権力闘争にうんざりした若い世代は、交流サイト上で、無効票を投じるようにとの呼びかけも。
2018年4月3日
マレーシア下院は2日、フェイクニュースを発信した個人や団体などに最大50万リンギット(約1400万円)の罰金や6年以下の禁錮刑を科す法案を賛成多数で可決した。上院でも3日に可決される見通し。近く実施が見込まれる総選挙に向けて、政権批判や報道の自由が抑圧されるとの懸念が広がっている。
以上、2016年から現在までの関連する報道を概観したが、この間の最大のポイントは、マハティール元首相が、ナジブ首相を引き下ろすために、かつて自分が投獄したアンワルと手を結んだというところにある。そして現在収監中のアンワルも、刑期終了後はマハティールから野党指導者を禅譲される、という条件で仇敵マハティールと手を結んだ。こうして今回、ナジブ対マハティールという構図での決戦が始まった。
上記の直前の報道にあるとおり、ナジブ政権側は、フェイクニュース禁止法案で、選挙戦での言論統制を強める準備を行った他、選挙区を政権有利な形に改定(ゲリマンダー)。またマハティール率いるマレーシア統一プリブミ党の事務不備を理由に活動停止とロゴの使用禁止処分を下すなど、次々に野党への圧力を強めてきた。そして今回投票日が5月9日(水)と、1999年の選挙以来初めて週末でないタイミングとなったこと、及び選挙キャンペーン期間を法の定める最低期間である11日としたのも、投票率を抑え与党有利とするための戦略であると言われている。
下院解散当日の7日夜、ナジブ首相はクアラルンプールで、約5万人の観衆を前に政権公約を発表した。そこで目立ったのは「国民の生活改善策」ということでの低所得層向け補助金増額や最低賃金引き上げ、300万人の雇用機会創出といった、所謂大衆受けする「バラ撒き」政策であった。他方、野党連合は、消費税廃止などを掲げ、6日夜、ジョホール州で大規模集会を開き、登壇したマハティールは、「私は(禁止された)党のロゴが入ったシャツを着ている。逮捕したいなら逮捕しに来てみろ」と挑発したという。取りあえず投票日の5月9日は学校休校日となるが、そこで、今回の熾烈な権力闘争に対する14.4百万人の有権者の審判が下されることになるのである。
2018年4月11日 記