アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
川崎通信
トリプル・クロス
著者:B.フリーマントル 


 ということで、図書館から借りて読み始めた、著者のチャーリー・マフィン以外の小説であったが、読み始めるなり、帯には書かれていなかったが、これは以前に「猟鬼」、「英雄」と読んだ「ダニーロフ・カウリー」シリーズの2004年発表の小説であることが分かった。拷問を受け惨殺され、十字形の木材に縛り付けられモスクワ市内の川に捨てられたいくつかの死体。それはマフィアによる敵対勢力への報復であったが、続けて起こった米国ニューヨーク近郊のブライトン・ビーチという海岸のバーでの米国マフィア同士による殺人事件を機会に、ロシアではダニーロフ、米国ではカウリーが捜査官として指名され、また二人のコンビによる連携が始まることになる。

 その惨殺事件の主犯、ロシア・マフィアのボス、オルロフは、イタリアと米国それぞれのマフィアのボスを訪問し、「世界連合」への道を模索していることが示される。ニューヨークでの殺人もその過程で、見せしめとして行われたのである。それぞれの殺人事件の関連があると見たため連絡を取り合うダニーロフとカウリー。特にダニーロフは、前作で夫と共に車で爆殺された愛人ラリサの主犯を捕らえることができるのではないかと予感している。こうしてそれぞれの捜査とそれぞれのマフィアの動きが、著者のいつもの細かい描写と共に描かれていく。ダニーロフは、相変わらずパヴィンという外見は薄ノロであるが実は有能な部下に支えられているが、カウリーは、やや現場を知らないFBI長官のロスや、下院議員の甥で、今回の捜査でモスクワに派遣されて共同捜査の米国側主任となったジェッド・パーカーという男に悩まれることになる。カウリーにはFBIの同僚であるパメラという愛人ができていることが前作ではなかった設定である。

 ダニ―ロフは、オルロフが今回の殺人の首謀者とみて捜査を進め、彼がスイスからローマ、そしてニューヨークに動いていることを突き止め、カウリーとも情報共有している。しかし、オルロフの顔写真を含めた情報は不十分なものしかない。また例の通り、モスクワの警察にはオルロフのスパイが入り込んでおり、捜査情報の多くがオルロフに筒抜けになっている。オルロフの関係者に盗聴マイクを仕掛けるが、それも筒抜けになり、偽の情報の流布に使われている。更にオルロフ関係者の尾行のためカップルを装ったFBIの若い捜査官などが張り付くが、彼らも逆にオルロフ側に捕捉されている。そしてスイスのトンネル会社の捜査も、機先を制してオルロフが解散してしまったことから失敗に終わっている。一方、ダニーロフの動きの中に、彼がラリサ殺害について、オルロフに個人的な復讐をしようという意図を感じたパヴィンは、ダニーロフに冷静さを取り戻すよう忠告しているが、ダニーロフは納得したようには思われない。

 共同捜査の過程で、オルロフらがイタリアや米国で接触したそれぞれの関係者の身元も判明してくる。そしてマフィアが「世界規模での活動を統括する委員会」を開催するためベルリンに集結するという情報が届けられる。そしてダニーロフを含む共同捜査チームはベルリンに移動し、そこでドイツ側の捜査官も加わった動きとなっていくのである。ダニーロフは、ドイツの法制により、そこでオルロフを拘束できないかを思案している。逮捕する過程で彼を殺すという個人的報復に燃えているのである。それに気が付いたパヴィンは、何とかそれを避けることができないかと考え、米国にいるカウリーに接触している。一方ドイツの警備責任者マンは、捜査をドイツ主導で行うことを主張しながらも、オルロフ逮捕に必要な容疑については懸念を持っており、動きは消極的である。

 ロシアと米国(ボスの法律顧問)、イタリア(ビスの若い息子)のマフィア関係者は、ベルリンはケンピンスキー・ホテルに集結し、会議を郊外の保養地バンゼー湖畔で開催するよう、候補となる屋敷を下見しているが、FBIによる関係者監視に気が付いているオルロフは、警備当局には開催を匂わせながら、それを延期するよう決断している。そしてオルロフは、ある仕掛けを完了させ、「ボタンを押すのは俺だ」と口ずさむところで、上巻が終わる。

 下巻。ダニーロフとパーカー、そしてマンの間の軋轢が高まる中、オルロフは捜査当局の監視をまいて、ベルリンに飛ぶ。そのベルリンではオルロフの腹心ジーキンが、米国とイタリア関係者に、会議の中止を告げている。イタリア筋から会議の開催が当局に漏れたという説明に、イタリア側は反発しているが、いずれにしろそれを受け入れ、米国とイタリア関係者は帰国することになる。一方ダニーロフは、モスクワにいるパヴィンに、オルロフ逮捕を要求するロシア検事総長の指令を出させるに足る証拠を集めていると告げている。パヴィンは、それがダニーロフによる個人的復讐の一環であることに気が付いている。そしてベルリンでは、到着したオルロフが計画実行の最終確認をする中、ロシア側を追いかけるパーカーの捜査チームが一斉に動き出す。会議関係のロシア・マフィアが動き出したので、いよいよ逮捕に向かうということであるがダニーロフは置き去りにされている。

 しかし、そのロシア・マフィアの動きは全くの囮であった。そして彼らと、彼らを追いかけるFBIチームがポツダム広場に差し掛かった時に、先にそこに到着していたオルロフが起爆装置を押す。彼らの車に仕掛けられた強力爆弾が一斉は爆発し、周辺は大きな炎に包まれる。それを見届けたオルロフは満足し、広場を平然と立ち去るのである。

 FBIチームを含む米国側は15名、それに囮のロシア・マフィアや監視のドイツ警備員、そして偶々そこに居合わせ巻き込まれた一般人を含めた40名弱が死亡し、多数の重症者を出す大惨事となった。米国側で捜査を主導していたパーカーも犠牲となった。マンと共に遅れて現場に到着したダニーロフは、それがオルロフの犯行であることを確信し、怒りに震えるがなすすべがない。そうした中、ダニーロフとマンはそれまでの軋轢を解消し、マンもドイツでの逮捕を可能にするため爆発事件の捜査を開始。オルロフがケンピンスキー・ホテルに実名で宿泊していたことも判明し、オルロフの宿泊部屋やロシア人被害者のDNA鑑定等が進められるが、たいした情報は出てこない。唯一、ケンピンスキーの防犯カメラと従業員へのヒアリングで、それまでロシア当局にも知られていなかったオルロフと思われる男のぼやけた写真が手に入ったのだけが収穫と言えた。米国では事件の第一報を受け、カウリーがFBI長官のロスから呼び出しを受け、大騒ぎになるであろう記者会見を含めた対応を指示されると共に、ダニーロフとの共同捜査のためにモスクワに飛ぶよう命令されている。また米国では、マフィアの弁護士で、ベルリンに滞在していた男が捜査当局の尋問を受けているが、彼はオルロフなど知らないとしらを切っている。

 こうしてダニーロフ対オルロフの戦いが繰り広げられる。まずは、状況証拠に基づきオルロフを逮捕する(この時ダニーロフは、オルロフを前に自分の銃の引き金を引けなかったことを悔いることになる)が、オルロフについた人権派弁護士の弁論により彼は証拠不十分で釈放され、ダニーロフは検事総長からその対応を強く非難されることになる。またベルリンの惨事の際に、そこの宿泊名簿から見つかったオルロフの名前は、彼の愛人イレーヌと共に偽装のためそこに旅行に行かされた実弟であったことが分かり、捜査は再び難障に乗り上げる。ベルリンでは、マフィアに会議の会場を紹介した不動産屋が、そしてイタリアではマフィアのボスが殺し屋に殺害されている。更にジーキンは。これを機会にオルロフを殺し、組織を乗っ取ることを考えている。

こうしてカウリーやパヴィンが、改めてダニーロフの暴発を懸念する中、カウリーが米国鑑識から得た、ベルリンでのオルロフの写真と、パヴィンが得た冒頭のマフィア殺人事件に使われたナイフから出たオルロフの指紋、そしてベルリンの事件についてのイレーヌとジーキンの盗聴された電話会話が、オルロフ再逮捕の突破口となるのである。そして監視されていた愛人イレーヌのオルロフ訪問とその夫で実弟のイヴァンの自殺を契機に改めてオルロフを、ジーキン、イレーヌと共に逮捕するのである。直接の逮捕容疑は、冒頭のマフィア敵対相手の殺人、それにベルリンでの爆弾事件と米国でのロシア系チンピラ殺人事件。三か国に跨ることから、ドイツの捜査担当のマンもモスクワに跳ぶことになる。ロシア、米国、ドイツによる共同捜査と、夫々の事件の裁判管轄についての議論。そして逮捕されたイレーヌ、ジーキン、オルロフの順で落ち、米国ではマフィア・ボスのティネリとその弁護士が逮捕され、事件は解決するのである。そしてカウリーは、ティネリへのダニーロフの尋問により、ティネリはいずれ監獄にいるオルロフを殺すことになるだろうと想像しているのである。

なるほど、ロシア、米国、イタリアの3つのマフィアの謀議とそれに対抗するロシア、米国、そしてドイツ3か国の捜査官。この二つの「トリプル」がクロスするというのがこの書名(原著も「TRIPLE CROSS」)である。そうした複雑な駆け引きを、この評では取り上げていない、その他多くの関係者を登場させながら展開させていく著者の構想力と筆力には相変わらず敬服させられる。人物関係を追いかけるだけでも大変なのに、それに国を跨る犯罪の捜査・裁判管轄等も絡めて進めていくのはさすがである。難をいうと、最後のオルロフの逮捕はやや性急で、あれこれで終わってしまうの、という感もあったが、それも、ダニーロフがラリサの復讐としてオルロフを殺す策をとって、ということで、それなりの納得感を持ってしまったのであった。

しかし、解説を読み始めた瞬間、実はこのシリーズにはこの前に「爆魔」という第三作があり、これはそれに続く第4作であることが判明した。第一作、第二作を踏まえた記述があることには気づいていたが、確かにそれに加えた過去への言及もあった。またやってしまったか、と愕然としながら、早速その「爆魔(上/下)」をアマゾンで発注したのであった。

読了:2025年10月19日(上)/ 10月26日(下)