アジア・ドイツ読書日誌と
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川崎通信
Strategy−書評
著者:Lawrence Freedman 




 シンガポール時代に調達し、帰国後読み始めたこのペーパ―バックを、おそらく5年近い歳月を経て読了した。帰国後読んだパーパーバックは小説だけであったが、これは初めての評論。しかも、「戦略」をいうキーワードで古代から現代までの様々な議論を総括した壮大な著作である。しかし、5年の歳月は、冒頭部分の記憶をほとんどなくしているし、何よりも、ここで遭遇した未知の英語ボキャブラリーは、メモを数えてみると937に及び、内容よりもこちらの方が強い印象を残している。しかし、それはさておいて、内容についての感想を試みることにする。著者は、1948年生まれの英国人学者である。

 軍事、政治、ビジネス、あるいはスポーツでも使われる「戦略」という言葉が一般的になったのは18世紀後半のヨーロッパとされるが、そうした発想自体は古代に遡るとして、著者は、聖書やギリシャ哲学の世界から語り始める。聖書の出エジプトやダヴィデとゴリアテの逸話についての「政略」的観点からの見方。ホメロスのオデッセウス神話やペロポネソス戦争についてアキレスの踝についてのツキディディスの解釈、そしてプラトンの、統治者の心得としての「高貴な嘘」等々。この辺りは半世紀以上前の大学教養学部時代に聞きかじった世界への回顧・復習といったところである。そして紀元前500年頃の著作であると言われる「孫氏の兵法」が、ナポレオンや毛沢東に及ぼしたといわれる影響に触れた上で、「戦略の元祖」でもあるマキアヴェルリに跳ぶことになる。

 彼については「君主論」を大学時代に読んだ程度であるが、彼による「権謀術数」を核にした政治支配におけるリアリズムは、常に頭に残っている。ここでの著者の評価も、彼は人々が考えているよりもバランスがとれていた、という常識的なものである。ただ、彼の「悪魔の選択」が、その後のいろいろな人々に影響を及ぼした(あるいは類似の発想)として、ミルトンの「失楽園」―彼の描いた世界には、カルビニズム、マニ教などの善悪二元論に対する批判があったとされるーなどが紹介されている。こうした素材は、私はあまり知らない世界であるが、人間の思考様式の古今東西を通じた共通性として理解して良いのだろう。

 そして近代。組織化された軍隊による大規模な軍事戦が始まることで、策略などの効果が限定的になる中、戦略は武力重視の世界に入っていく。そこで紹介されるのが、アントワーヌ・アンリ・ジョミニとカール・フォン・クラウゼヴィッツであるが、双方共、ナポレオン戦争の中からー前者(小生は今まで全く知らなかった名前である)はナポレオン軍に参加した立場から、後者はそれと戦い敗れた立場からー戦略論を著したというのは、まさにこうした時代の転換を物語っている。前者の主著は「戦争概論」。そこでは軍隊の整備、規律、補給。士気といった細部よりも、指導者とその決断の質が重視されており、分かりやすいことから当時は結構読まれたとされる。他方後者の「戦争論」はもう少し複雑で、その議論の中核は「特異な三位一体」という言葉で表現されている。それは@暴力・憎悪・敵意といった生の感情、A偶然性・蓋然性といった賭け、B政策の手段としての知性的な判断という3つの要素のバランス関係が、最終的な行動を決めるといったものである。私はクラウゼヴィッツの原本には触れる機会がないままこの年齢になってしまったが、当時としては斬新な「戦略論」であったのであろう。

 彼らの影響を受けたとして、「戦争と平和」で同じナポレオン戦争を素材としたトルストイや、普仏戦争時のドイツ将軍モルトケが紹介された後、素材は突然南北戦争時の米国に跳ぶ。これもほとんど私の縁のなかった世界であるが、南北戦争時の北軍の将軍などが、こうした欧州大陸の戦略論の影響を受け、また当時海洋帝国として世界を支配していた英国の海洋軍事戦略についての研究も盛んに行われていたーその英国ではその支配原理が文書化されることがなかったことは、後にチャーチルが悔やんだというーということである。そして20世紀、第一次大戦の勃発により、「戦略」の世界も新たな展開を迎えることになる。

 世界初の総力戦となった第一次大戦は、「戦略」という観点でも新たな議論を引き起こしたとして、英国人のジョン・フューラーやリデル・ハートといった、私は初めて聞く名前による議論が紹介されている。航空戦や「電撃戦」といった概念が提示され、それが第二次大戦でのナチスやチャーチルによる「戦略」に使われたこと、そして第二次大戦後の核開発と冷戦の中での「ゲーム理論」の隆盛に繋がっていったことなどが説明されているが、そこにはあまり新鮮な記載はない。

 また続けて「ゲリラ戦」の「戦略」が紹介される。「ゲリラ戦」については、クラウゼヴッツも、ナポレオン軍に対するスペインやロシアでの抵抗運動を観察する中から、「防御戦略」として評価していたが、それがロシア革命でのトロツキーや、アラビアのローレンス、更には毛沢東や北ベトナムの将軍ヴォー・グエン・ザップ、ゲバラ等に影響を及ぼしたとされる。そしてベトナム戦争での敗北を受け、米国の体制側からも、こうしたゲリラ戦術についての議論が出てきたとして、私が初めて聞く名前が何人か紹介されているが、それは省略する。そうした新たな軍事理論が、1990年以降の湾岸戦争やアフガン侵攻、アルカイダ等との戦いで意識されたというが、結局それは決定的な効果を及ぼさなかったことは歴史が証明している。

 第三章は「下からの戦略」と題され、バクーニン、プルードン、コシュート等の簡単な紹介を経て、マルクス、そしてヘルツェン、バクーニンに触れながら、19世紀欧州での革命運動や修正主義、そしてレーニンによるロシア革命などを追いかけることになるが、この辺りはまさに私が半世紀前に辿った思索の復習である。他方、民主派、あるいはエリートの側からの議論としてM.ウェーバーやトルストイの議論が紹介されるが、初めて聞く名前としてはトルストイを敬愛する米国人女性のジェーン・アダムスという名前が目を引く。ネット情報では、彼女は「1860年生まれの社会事業家、平和運動家、女性運動家であり、ソーシャルワークの先駆者で1931年のノーベル平和賞受賞者」とのこと。そんな人物を取り上げているのも、著者の広い学識のなせる業であろう。そして「プラグマティズム」の祖、J.デューイも、私は原著には全く触れてこなかった人物である。更に、保守主義の側からのマルクス主義批判者としてのイタリア系「ネオ・マキアベリアン」の何人か。これも「パレート最適」で知られているパレート以外は、R.マイケルズ(ドイツ人でウェーバーの弟子という)、グスタフ・ル・ボン(フランス人心理学者)といった私が初めて聞く名前が多い。そして、第二次大戦の緊張の高まりから開始と共に、彼らが再び左翼系の理論家に与えた影響としてグラムシ、W.リップマンなどが紹介された後、今度は大戦後の動きに移ることになる。

 戦争の教訓は、まずは「非暴力主義の戦略」であるが、先駆的な動きは既に19世紀中庸以降の英米での(女性)参政権運動などで現れていた。そしてそれが明確な思想をもって実行される端緒がインドにおけるマハトマ・ガンジーの運動であった。彼はトルストイの影響にあったとされるが、続いて彼は1920年代以降の米国の黒人運動に影響を及ぼしたとして、デュ・ボイス、リチャード・グレッグ、レインホールド・二―バウアー(皆初めて聞く名前であるが、アメリカの平和運動家ということである)などを経て、戦後のマルティン・ルーサー・キングに至る過程が説明される。そこには欧州大陸からのアルベール・カミュの影響もあったとされる。そして私が親しんだ、1960年代の米国の反乱へ。ライト・ミルズ、トム・ハイデン、サウル・アリンスキー、セサー・チャベス(この三人は初めて聞く名前)に始まり、マルコムX(F.ファノンの影響を受けた)等の暴力的な黒人運動や、ベトナム反戦のムードの中、私がかつて親しんだH.マルクーゼやゲバラ、あるいはH.アーレントやN.チョムスキー等の議論とそれを受けた(ウーマン・リブを含めた)社会運動は、当時の雰囲気を思い出させるものである。そしてそれが終息した後は、より穏健なフーコーの哲学、K.ガルブレイズの経済学、そしてT.クーンの「パラダイム」論等が議論の核になっていくことになる。著者は、1990年代のレーガン政権の登場に伴う「新保守主義」の流れや、他方でのクリントンやオバマの民主党政権時期を概観した上で、この戦後の米国での思索の流れの記載を終えることになる。

 そして第四章は「上からの政略」と題され、現代の「ビジネス戦略」に議論が移ることになる。製造業におけるテイラー主義から、フォードやGMでの大量生産製造ラインの確立、そして日本の製造業の米国侵攻等。それらを理論化するP.ドラッカーの著作から、マッキンゼーやボストン・コンサルティング・グループ等による「ビジネス再構築戦略」や「SWOT」分析など。こうした議論は、私の社会人生活の中で、頻繁に触れてきた議論であるが、正直、退職した今、改めてこうした議論を復習しようという気にもならず、正直やや読み飛ばすことになった。そして最終章で著者は、「戦略論」を総括して、意図しない潜在的な判断としての「システム1戦略」と、それを踏まえた合理的で意識的な「システム2戦略」の総合が、現代の戦略の基礎になるべきだという議論(クラウゼビッツの「特異な三位一体」の著者的な解釈か?)で、この壮大な「戦略の歴史」を締めくくることになるのである。

 以前に読んだ「21世紀の啓蒙」等にも言えるが、英米の歴史家による思想の総括は、なんとも長大で、それを子細に理解することは、この年齢となっては厳しいのが実態である。それに加え本書はペーパーバックで5年近い歳月をかけて読了したこともあり、途中の議論はほとんど忘却の彼方に消えてしまっていた。そんなこともあり実際、時折図書館で、上下2冊に分かれた本書の邦訳を部分的に眺めながら、内容についての確認も行っていたのであった。しかし、1960年代の米国の社会運動についての思想を中心に、かつて私が親しんだ世界に改めて親しむことができたのは、僅かな自己満足であった。冒頭に記したとおり、メモに残した1000語に近い未知の英単語も、恐らくは今後の記憶に残ることはないと思うが、それでもその一部は私のこれからの残された人生で、何かのきっかけで蘇ることもあるかもしれない。そんなことを考えながら、とりあえずこの壮大な「戦略の歴史」を読了することができたことは、今年の大きな成果であったと誇れると思う。

読了:2025年11月10日