アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
川崎通信
爆魔(上/下)
著者:B.フリーマントル 


 2002年発表の、「ダニーロフ&カウリー・シリーズ」第三作。どうも著者のこのシリーズは、発表順序を考えず読んでしまう傾向があるようで、第一作の「猟鬼(1992年)」の前に第二作の「英雄(2000年)」を読み、そして今回も第四作の「トリプル・クロス(2004年)」を、この第三作の前に読んでしまった。頭を整理するために、この第二作までの内容を簡単に振り返っておく。

 まず昨年8月に読了した第一作「猟鬼(THE BUTTON MAN)」である。シリーズの主人公の一人ダニーロフはロシア民警の警察官、もう一人カウリーは米国FBIの捜査官である。在ロシア米国大使館勤務の若い美人の米国人女性エコノミストが、モスクワの路上で刺殺され、モスクワ民警のダニーロフに指示が下り、彼は有能な部下パヴィン(彼も、以降のシリーズで常連の登場人物となる)と共に捜査を開始するが、直ぐに被害者が有力な政治家の縁戚であることが判明し、ロシアのみならず米国FBIも巻き込んだ共同捜査に移ることになる。そしてこの捜査を指示されたFBIのロシア課捜査官であるカウリーがモスクワに派遣され、二人が出会うのである。そのカウリーは、FBIのモスクワ駐在員であるアンドルーズの妻ボーリーンの前夫であることから、その指名は、カウリーとアンドルーズ双方にとって複雑な個人的感情を惹起させている。またダニーロフは、同僚で羽振りの良いコソフの妻であるラリサとできており、妻オルガと離婚し、彼女と再婚することを考えている。ダニーロフとカウリーは、双方のプロ意識を確認することで、当初の警戒感を次第に薄めていくことになる。

 その後幾つかの殺人事件が発生する中、二人の捜査は進み、一旦エジョフというロシア人精神薄弱者が逮捕されるが、起訴に向け証拠固めを慎重に行っているダニーロフとパヴィンは、そこでの矛盾に気がつく。こうして一転新しい仕事のため米国に帰国していたアンドルーズが、そこでカウリーとダニーロフによる尋問を受けて犯行を認めるのである。しかし、倒錯した米国大使館員による犯罪であったということで、アンドルーズの逮捕は公には公表されず、彼は精神病施設での拘束となり、妻のボーリーンも年金を保障された隠遁生活に入ることで、この事件は収束するのである。

 そして、7月に、先に読了した「英雄」。この第二作は、第一作とは逆に、米国ワシントンDCで起こったロシア人とスイス人の殺人についての同様の米露共同捜査で、またこの二人がコンビを組むことになる。

 ワシントン駐在のロシア大使館員(セロフ)とスイスの投資会社社長(ポーラック)の二人が、同じような射殺体で発見され、FBIが捜査を担当することになるが、そこで、ロシアとの共同捜査の経験があるカウリーが担当官として、またロシア側では、この前の事件でカウリーとコンビを組んだダニーロフが指名されている。そしてモスクワにいるロシア・マフィアの関係者が、この殺人を、ある計画のために実行したことが示唆されている。

 モスクワでの、カウリーがはまる典型的なハニートラップ。ダニーロフの浮気相手の夫で、マフィアに買収されているコソフ。しかしコソフの車に仕掛けた精巧な盗聴装置からのマフィア情報や、別に米国で殺された二人のパスポートなどから判明した過去のスイスやパリでの滞在から、スイスでの信託口座(アンシュタルト)への、殺されたロシア大使館員のモスクワにいる妻ライサやその親族の関与が浮かび上がる。

 シチリアでの、マフィア取締りの指導者も交えたヘリコプター部隊まで投入する大規模な作戦。そしてスイス口座の資金は1991年のロシアでの政権転換の際に、共産党が失敗したクーデター資金として保有したもので、それを管理していたのが殺されたスイス人投資家のポーラックであったことが浮かび上がる。モスクワでの、カウリーをハニートラップに嵌めた高級娼婦の殺人。共産党政権転覆とそれに対するクーデターが話に絡んでくることになる。

 こうしてダニーロフとカウリーは、共産党秘密資金の調査のためのジュネーブでの調査を経て、モスクワへ帰国し、ジュネーブで判明した秘密口座を管理する女ライサの事情聴取を行う。そして彼女らの告白から、スイスの信託口座は、共産党シンパであったライサの父親が設定し、彼の死後彼女が引継いでいたこと、そしてそれに気がついたマフィアに脅されていたこと等が明らかになる。米国で殺された夫とスイス人は、その口座を巡るマフィアとの争いの帰結であったのだ。ダニーロフらは、ライサと愛人をマフィアから守る目的で保護拘置することになる。

 こうして二人のマフィアとの最後の戦いが始まる。ダニーロフはスイスに飛び、口座をロシア政府に返還する法律行為を確定させた上で、再びマフィアを訪れ、賄賂を拒絶すると共に、彼らを逮捕する証拠は十分にあるが、カウリーのハニートラップの写真を公開しなければ、敢えて逮捕には踏み切らないと告げるのである。マフィアは敗北を悟り、米露の共同捜査は終了し、ダニーロフはFBIから勲章を受章すると共に、カウリーたちの送別会が盛大に開催される。しかし、ダニーロフにはまだやることが残っていた。コソフとオリガに、彼とライザの結婚を告げるという仕事である。全ての捜査が終わったところで、いよいよそれを実行しようと考えていたところに、コソフの車に仕掛けた盗聴器で大きな爆発音があり、機会からの情報が途絶えたという。それはチェチェン・マフィアがコソフの車に仕掛けた爆弾で、コソフのみならず、ラリサも巻き添えとなるのである。そしてマフィア同士の戦闘始まもり、チェチェン・マフィアの首領二人も命を落とすことになる。ライザを失ったダニーロフが失意に沈む中、何も知らないオリガだけが明るく振る舞っている。彼女の不満は、ダニーロフに期待された本部長への昇格が、彼を現場に残すという首脳部の判断で実現しなかったことだけであった。

 米露に跨る殺人事件から、スイスやイタリアに及ぶマフィアの連携や抗争、そしてそれが1991年のソ連崩壊時の共産党によるスイスでの秘密資金を巡るものであったという壮大なスケールは、著者のチャーリー・マフィン・シリーズやこのシリーズの第一作以上に奥深いものになっている。

 そしてこれを受けて、今回読んだ第三作「爆魔(「THE WATCHMEN」)、原作、邦訳共2002年刊」であるが、これもなかなかの作品である。まずはニューヨークの国連ビルに、ポトマック川に浮かぶボートから発射されたと思われる、弾頭にサリンと炭疽菌が装備されたミサイルが撃ち込まれる。幸いそれは不発に終わるが、その後の街の混乱でのそれと併せて多くの被害者を生む。そして回収された弾頭には、製造場所としてロシアはゴーリキーにある武器工場の刻印が押されていた。それを受け、米国FBIではカウリーが、そしてロシアではダニーロフが再び捜査担当に指名され、まずは夫々の国で動き始める。が、米国では続いて、女の声で、廃棄されたボートが見つかったとの連絡が入り、その検分に向かったカウリーらの捜査官は、ボートの爆発に遭遇するのである。カウリーは重傷を負いながらも助かったが、再び捜査官の犠牲者が増えることになる。同じ頃、米国のある地方銀行で、年老いた母親と二人暮らしの若い行員ホリスが、何者かの指示を受けて、顧客口座から少額の金を盗み取っている。

 病院のベッドで、彼の補佐役として付いたパメラ・ダーンリーの状況報告を受けるカウリー。なるほど、第4作で彼の愛人として登場する女だ。彼女は、以降彼の回復までは彼の任務を代行し、ダニーロフにも電話で状況を報告、そして回復後は彼と連携して輝かしい動きをすることになる。また病院には、第一作で夫が逮捕されたカウリーの前妻ボーリーンも見舞いに駆けつけているが、そこで自身の再婚を打ち明けている。

 ゴーリキーで、そこで製造された弾頭等のサンプルを持ち帰ると共に、その地の腐敗捜査官と共に、武器流出に関わったと思われる男二人の捜査を行うダニーロフ。が、彼らは既に殺されていた。殺された男の妻ナイナに事情聴取した後、予告せず帰宅したモスクワの自宅では、妻のオリガが若い男とベッドを共にしている。ダニーロフは既に諦め状態であり、事件捜査に没頭するしかない。
 万全ではない体調ながら、早く捜査に復帰したいカウリー。彼は9.11とその後の炭疽菌騒ぎ(著者は冒頭で、この小説は、これらの事件の前に構想し脱稿していたが、これらが発生したために、最小限の加筆をおこなった。しかしこの事件を予言したり、それを受けて書かれたものではないことを断わっている。)を受けて、まだ次の攻撃があると考えている。その時、次の攻撃として、深夜ワシントン記念塔が爆破される。幸い被害者はなかったものの、パメラと共に現場に駆け付けたカウリーは、前回の罠に懲りて、現場の徹底調査を指示し、現場には多くのロシア製の爆発物が仕掛けられていることが発見される。更なる被害を阻止したとして彼は称賛されるが、もちろん捜査はまだ途に就いたばかりである。そして続いて、今度は国防総省(ペンタゴン)への大規模なサイバー攻撃。そこでは米露の接近を非難し、双方の敵意をあおるメッセージが掲げられた後に、「ウォッチメン」という名前が繰り返され、システムが全面的にダウンしている。全米で非常事態が宣言され、大統領が国民に対し緊急演説を行うことになる。

 モスクワでは、ゴーリキー工場で殺された二人の殺人容疑でラシンという輸出入業者が逮捕され、ダニーロフの尋問を受けているが、彼は何も白状しない。その上で、ダニーロフは、ゴーリキー工場で採取された爆発物関係のサンプルをもって米国に飛び、それを米国の鑑識に渡すと共に、傷ついたカウリーと再会し、パメラを含めて情報交換しているが、在米ロシア大使からは牽制されている。そして今度は別のサイバー攻撃が発生する。そこでは、ロシアや他国に駐在するCIAのスパイたちの写真が、それに対応するロシア側のスパイの写真と対で次々にネットで公開されたのである。再び呆然とする両国の捜査関係者。しかし、カウリーとダニーロフは、その情報はロシア側から流出したものであることを確信し、ペンタゴンでの協力者探しも併せて進めることになる。地方銀行で少額の詐取を行いながら、時折「将軍」からの指示を受けている青年の様子が、随時挿入されている。そして、カウリーとパメラは、ワシントン記念塔爆弾犯の捜査のため、事前にそこを訪れたツアー客の一人一人を調べている。またゴーリキーで殺された男の米国ニューヨークでの滞在先が判明し、その部屋に滞在するオルレンコという男と同棲する女の二人が監視下に置かれている。更に、ペンタゴンへのサイバー攻撃を誘導した関係者として、そこを首になったスタッフの恨みという線での捜査が進み、ロアンという女が捜査線上に浮かぶが、警官が踏み込んだその女の家で、彼女の腐乱死体を発見したところで、上巻が終わることになる。

 そして下巻。オルレンコ宅に設置した電話盗聴装置により、彼が次なる武器輸入の工作を企んでいることが判明している。更に、オルレンコが外出先のレストランの公衆電話で何らかの連絡を取っていることも分かり、その会話も盗聴しようとしている。またロアンという女の殺人事件で、ペンタゴンでの彼女の上司であるベラ・アトキンスという女がいるが、事情聴取を受けているが、彼女はその後重要な役割で再登場することになる。その頃モスクワでは、米国大使館が車から発射されたミサイルで攻撃され、大使館員の家族の被害者が発生している。そしてダニーロフには、パヴィンから妻のオリガが、妊娠した子供の中絶手術に失敗して死んだとの知らせが伝えられている。子供の親は分からないままである。

 在モスクワ米国大使館爆破についての「ウォッチメン」からの犯行声明を受けて、米露双方の大統領以下政府は混乱し―特にロシア側は改革派と守旧派(共産党系)の対立が激しくなっているー、双方の関係も怪しくなる中、カウリーとダニーロフの捜査は続く。またパメラは、銀行からの少額預金の窃盗事件の詳細な調査に入っているが、ホリスは銀行がFBIの調査を受けているとの噂を耳にして、対応策を考えている。

モスクワの攻撃でランチャーが発射された車の目撃証言等が集められている。ゴーリキー工場の事件で逮捕されたラシンの尋問で、捜査当局に潜むマフィアへの内通者も明らかになってきており、ダニーロフはあえてその裏切り者に捜査の一部を任せている。またオルレンコとアメリカで会社を共同経営する旧KGB職員数名も明らかになり、彼らの捜査も行われている。ニューヨークでは、オルレンコの公衆電話の盗聴で、米国での次の攻撃が計画されていることが明らかになり、その武器がロシアから輸送される船とルートの追跡が行われる。そしてパメラは、殺されたロアンがペンタゴンでの唯一の裏切り者という見方に疑問を抱くと共に、最初の事件でボートが見つかったという電話をしてきた女の声をどこかで聞いたように感じているが、思い出すことはできない。モスクワでは、ゴーリキーで殺された武器商人の未亡人ナイナ・カルボフへのダニーロフとパヴィンによる事情聴取が行われている。二人は、彼女が、盗聴した犯人グループの電話音声の分析から、夫の殺人に絡んでいるとみているのである。更に米国大使館を攻撃した男たちが乗っていた車が特定され、そこから武器が保管された倉庫が判明する。何重にも仕組まれた倉庫の警報装置を解除し、そこで保管されている爆弾の起爆装置を無力化した上で、その輸送を監視するが、それを運び出す場面は逃し、武器は米国に向け移送される。今度は、衛星を使った船の追跡や米国側の港湾施設の特定等が進められるが、武器は米国の港に到着し、捜査のすきを縫って犯人グループの手に入ることになるのである。他方、米国の銀行口座からの詐取事件は、ホリスが仕掛けたコンピューター上のトリックにより、別の行員がパメラによって逮捕されている。
 
 モスクワでの捜査を終え米国に帰国したカウリーを迎えるパメラ。二人はそこで結ばれることになる。そして物語は大団円へ。パメラにより、ペンタゴンに入り込んだスパイがベラ・アトキンスであることが特定され、そしてその自宅の捜索から彼女の兄弟が皆職業軍人であることが判明している。そして盗聴から彼らの次のターゲットがホワイトハウスであることを突き止め、そこで彼らとカウリーらの武装チームによる最後の銃撃戦が繰り広げられ、その攻撃は阻止されるのである。ベラとその兄弟たちから構成された犯人は、右翼思想を持ったグループで、米露の接近を阻止するために、双方を対立させるようなテロを、ロシア製の武器を使い進めてきたのである。ロシアでもナイナなどの関係者が逮捕され、米国側でも殺されかけた武器輸入業者が、尋問ですべてをぶちまけている。しかし、「ウォッチメン」の「将軍」は不明のままで、銀行預金の詐取の首謀者ハリスは捜査を逃れることになるのである。

 相変わらず、米露双方での連続するテロ事件の捜査と事件の展開の詳細な描写には引き込まされる。他方でいつもの様に、双方の国での複雑な人間関係は、正直全て理解したとは言えず、いったいこの著者の頭の中はどうなっているのだろうかと唸らされる。またダニーロフとカウリーを巡る個人的な女性関係の展開も、相変わらず心地よいスパイスとなっている。そして今回は何よりも、米国でのテロという素材が、9.11と重なったというのが最大の注目点である。もちろんそれ以前にも、米国では1995年のオクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件の様に、右翼過激派によるテロ事件はあったので、著者の発想が全く新鮮なものであった訳ではない。それでも、このタイミングで、こうした事件を取り上げ、それを米露に跨るフィクションに仕上げた著者の力量には、毎度ながら敬服させられたのである。

 これを受けて、既に読んだ第四作「トリプル・クロス」になる。そこでは、本作でカウリーの愛人となったパメラも登場しながら、ロシア、米国、イタリアの3つのマフィアの謀議とそれに対抗するロシア、米国、そしてドイツ3か国の捜査官という二つの「トリプル」が「クロス」することになるのである。

読了:2025年12月29日(上)/ 2026年1月3日(下)