アジア・ドイツ読書日誌と
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川崎通信
イスラーム国の衝撃
著者:池内 恵 
 2015年4月に読んだ新書を、それと知らず、改めて図書館で借りて読むことになった。この記憶力の喪失には全く唖然としているところである。あえて言い訳をすると、まさに先月(8月)、米軍のアフガニスタンからの撤兵が進む中で、タリバンが予想以上の速さで首都カブールを含めたほとんどの主要地域を制圧することになり、欧米のみならず、日本関係者も、息せき切った脱出を行う羽目になった。この動きは、アフガニスタンのみならず、中東地域全体に関わる米国の関与について大きな懸念をもたらすと共に、地域のイスラーム勢力の力を見せつけることになった。そうした中で、タリバン制圧後も、この国の辺境では、引続き旧政府関係者との戦闘が続いているようであるが、驚かされたのは、まさに日本関係者の空港からの避難を阻害した「イスラーム国」のテロの発生であった。タリバンとは対立する形で、引続き「イスラーム国」は、この地域で純然たる存在感を持っている。そしてタリバンが制圧したとはいえ、引続きこの国では「イスラーム国」との闘いが待っている。まさにこの本で紹介されている内容は、この新書が刊行された2015年から6年経過した現在、依然この地域の今後を見る上で、大きな示唆を与えてくれるのである。当時の評を改めて以下に掲載すると共に、現在の地域情勢を踏まえた今回の印象を追記しておく。

(2015年 評)

 昨年末から今年初めにかけて、「イスラーム国」の拉致されていた二人の日本人が惨殺され、その映像がネットに流れたのはまだ新しい記憶であるが、この新書はまさに二人目の日本人が殺された直後の今年1月刊行されたものである。著者は、かつて「アラブの社会思想」という新書で、20歳台で大仏次郎論壇賞を受賞した次世代のアラブ・イスラム研究の俊英である。当時、この作品を読もうと思いながら、きっかけを逃してしまい、結局今まで名前は知っていながら、この著者の作品に接する機会がなかった。しかし、今回は、こうした日本人の惨殺事件や、「イスラーム国」に参加しようとした北海道の大学生が、パスポートを剥奪された、といった事件が相次ぐ中、この時宜を得た新書が刊行されたことから購入し、週末のマレーシアはクアラルンプールへの一泊旅行でいっきに読み終えることになった。

 著者は、2014年に入り、突然支配領域を拡大し、世界各国からの義勇兵を集めるなど存在感を増しているこの「イスラーム国」について、現実政治の動きと、著者本来のイスラーム思想の両面から読み取ろうとしている。

物理的には、2014年6月、この勢力がイラク第二の都市モースルを制圧。その後、サダム・フセインの出身地であるティクリートなどの北部主要都市を勢力下に収め、バグダット近郊に迫ったことで、一旦はイラクから軍隊を引き上げていた米国も、イラク政府に対する更なる支援を余儀なくされた。そして思想的にも、同時期、この勢力を率いるバグダーディーが、全世界のイスラーム教徒の共同体の正統の指導者を意味する「カリフ」に就任することが公表され、イスラーム正統であることを宣言すると、更にそれにより、「現状を超越したいと夢見る若者」など、この勢力に参加しようという人々が全世界で増加するのではないか、という不安から、益々この勢力に対する懸念が強まることになったのである。このように、「イスラーム国」は今や、アル・カイーダのような「国際テロ組織」が、支配領域を持たないアメーバとして存在していたのとは質的に異なる勢力となった。そしてそれは人質の斬首による処刑や、支配地域内の異教徒の奴隷化など、西欧的国際倫理からすると考えられない、残虐、非道な行為を繰り返している。

 こうした「イスラーム国」の台頭につき、著者は、国際政治的な側面と、イスラームの宗教的な側面の双方から分析を試みる。まず国際政治的な側面であるが、これはある意味、単純である。2011年以来の「アラブの春」という「未曾有の地域的な政治変動を背景に、各国で中央政府が揺らぎ、(特にイラクやシリアで)地方統治の弛緩が進み」、「統治されない空間」が出現したことである。著者は、2000年代の「グローバル・ジハード運動」の変遷を詳細に説明しているが、それは9.11テロ事件を受けての、米軍によるアル・カイーダとその支援者への徹底的な攻撃と、それにも関わらず、この組織が生き延び、「反米グローバル・ジハード」の思想と共に、連綿と影響力を持続していった歴史である。その過程で、米国内の厭戦ムードを反映し、先日F.フォーサイスの小説で読んだ、ドローンや特殊部隊による攻撃が、米国側の主要手段となり、他方、アル・カイーダ側からも諜報員が米軍の指令系統に入り込み攻撃を仕掛けるなど(2009年12月の、アフガニスタン米軍基地内での自爆テロ)、新たな前線の形が出来ていたことが分かる。そして「グローバル・ジハード」の流れは、ある論者が言う「指導者なきジハード」、即ち、明確な指揮系統を持たず、ネット等に媒介されながら、各地の個別勢力が、「アル・カイーダ」等の「ブランド」を利用しながら、夫々が局地戦を戦うようになっていったーフォーサイスの小説で描かれた「ローンウルフ」は、その究極形であるーとされる。

 その「グローバル・ジハード」勢力が、再び攻勢に出る転換点となったのが「アラブの春」による、中央政府の揺らぎと「統治されない空間」の出現であった。特に、「グローバル・ジハード」側が、イラクにおいて、政権を担うシーア派を異端と断じ、北部のスンナ派支配地域で基盤を固めていくと共に、シリアでもスンナ派主流の地方都市に、まずは反体制派が、そして続いてそれを凌駕する形で、過激派武闘勢力が浸透していったとされる。こうしたプロパガンダが説得力を持ったのは、中央政府(多くはイスラム穏健派)による失政の結果であり、その流れは、エジプト、イエメン、リビヤ、アルジェリア、或いは中部アフリカのマリへと拡大していくことになる。

 そうした中で、戦略的には、シリア北部に「後背地」を得たイラクの「イスラーム国」が、領土的な基盤を固めると共に、斬首による人質処刑や奴隷制の公表など、メディアを有効に利用したドラスティックな統治手法により、各地に分散した「グローバル・ジハード」勢力の新たな「ブランド」となっていく。他方、イラクでは、米軍撤退後、マーリキー首相はスンナ派への圧力を強め、それが、米軍が利用していたスンナ派自警団や旧フセイン政権のスンナ派軍人(あるいはフセイン政権幹部の秘密組織!)を、「イスラーム国」に合流させる結果になってしまったという。シリアにおける、政府軍、西欧の支援を受けた穏健イスラームの反政府軍(及びクルド人勢力)、そして「イスラーム国」三つ巴の戦いが進む中、「イスラーム国」の勢力拡大はある意味必至であったが、そこで進んでいるように、イラク国内でモースルなどを政府軍が奪還し、「イスラーム国」の支配地域を狭めたとしても、シリア情勢が混沌としている限り、そして既に宗派対立が激しくなっているイラク国内が安定するには、相当の力と時間を要することは間違いない。

 「イスラーム国」が勢力を拡大していく過程で、世界各国から「ジハード戦士」がそれに合流することになるが、その思想的背景が詳細に説明されることになる。その鍵となるのは、「ムハージルーン」と「アンサール」という主体の概念である。前者は、630年のムハンマドによるメッカ征服の際に、彼と共にこの「聖遷」に加わった者、後者は彼らを支援した者を指す。即ち、そこには「『ムハージルーン』として逃れてきた預言者と教友たちを『アンサール』が救い、支援して劣勢を挽回し、勝利に導いたという、ジハードを巡る規範的・象徴的な言語体系」がある。それを含め、著者は、「ジハード」の論理は、極めて単純で、その行動様式も一様である、という。そして「イスラーム国」の思想も独自なものはなく、「一般的なイスラーム教信仰のうち、過激な武装闘争を正当化し、近代国家や国際政治の規範に挑戦するために有用な部分を抜き出して提示するという、イスラーム法学の通常の手順を踏まえただけのもの」であるとする。しかし、他方で「過激思想を適切に論駁する論法も尽きている」ことから、いったんある程度の「ブランド」を打ち立てると、思想的には特段の工夫がなくとも、全世界のモスレムにアピールすることが可能になる、ということである。ただ「イスラーム国」の外国人戦闘員については、彼らが巧妙なメディア政策から、欧米人戦闘員を前面に出しているとは言え、彼らは少数で、実際はチュニジアやサウジ等、中東・アフリカのイスラーム諸国からの参加者が圧倒的に多い、というのは著者が言うとおりであろう。しかし、そうした義勇兵たちが、そこで武器の使用などに習熟し、本国に帰国後に散発的で組織性のないテロを起こす可能性は、誇張する必要はないにしても、確かに警戒するべき問題であろう。

 更に、全般的に巧妙になってきたメディア戦略の中でも、「イスラーム国」のそれは各種効果を考え、且つ高度な技術を使用しているとして、著者は、いくつかの例を挙げている。捕虜の斬首映像のように、残虐さで一般の話題となっているもの以外にも、地味な思想宣伝で、「終末論と初期イスラームのジハードのシンボル体系」が巧みに援用され、「終末論を現在の戦争に身を投じる原動力に消化させよう」というメッセージに説得力を持たせているという。

 最後に著者は、中東の現代の転換点を整理し、今後の展開を予想している。それは1919年の西欧列強による中東秩序の構成から始まり、1952年のナセルのクーデターと民族主義の高揚、1979年のイラン革命とイスラーム主義の再興、1991年の湾岸戦争と米国の覇権、2001年の9.11事件と対テロ戦争、そして2011年の「アラブの春」。現在の「イスラーム国」の勢力拡大が、今後の歴史で、こうした中東政治の大きな里程標になるかどうかは、まだ分からない。しかし、「イスラーム国」の勃興に象徴される「遠隔地での、直接のつながりがない組織の合流」が、アラブ民族やイスラーム教徒の共同体にさらなる分裂を誘っていく可能性は高い、というのが著者の懸念である。それに関連する「クルド問題」の深刻化、それを抑える米国覇権の希薄化、サウジ、エジプト、イランといった地域大国の影響力の増大。特にこの地域大国の影響力増大が、この地域の安定化に繋がるか、あるいは更なる分裂、混乱に繋がるかは難しいところである。少なくとも「『イスラーム国』の出現で、中東地域の流動化は加速している」という著者の結びの言葉は、間違いなく現状を言い当てていると見ていいだろう。

 かつてこの地域にかかわる言説は、私にとっては、山口昌之の著作が、その深い歴史洞察から最も信頼でき、且つ学ぶところが多いものであった。この作品の著者は、まだ山口のレベルに達してはいないと思われるが、数多いる日本のこの地域の若手、中堅研究者の中では、次世代を担っていく人物であることは、この作品からも伺える。中東の政治状況が、エネルギー政策を含めた日本社会に及ぼす影響のみならず、米国の影響力の希薄化という観点で東アジアの国際関係にも大きな関係を有していることを考えると、この地域にかかわる適切な言説を提供できる頭脳の存在は貴重である。まさにこの著者にはそれが期待できるのではないか、と感じている。

(以上)

 ここに記載したとおり、本書の大きな論旨は、2011年の「アラブの春」をきっかけに中東各国の統治体制が揺らぎ、そこに生まれた隙間にイスラーム過激派集団が息を吹き返し、特に「イスラーム国」はイラクとシリア北部を中心に広範な領域支配を行うまでに勢力を伸長させたというものである。このため、2011年末時点でイラクから駐留軍を撤退させていた米軍は、再び空爆を中心とした介入を再開せざるを得なくなったのである。今回は、主たる対抗勢力はタリバンであったとは言え、米軍のアフガニスタンからの撤退が、そこでの過激派の再興を促すという同じ構図が繰り返されたことになり、そこにイラクとシリアの北部を拠点に生き延びた「イスラーム国」の攻勢も加わることになった。米軍駐在時に、ある程度の「自由化」を経験した都市部の住民や、特に前回のタリバン時代に比較し改善した女性の地位が、タリバンの新たな支配下でどうなるかが欧米メディアでは注目されているが、それ以上に、イラク、シリアを含めたこの地域の政治的安定がどうなるかが、何よりも重要であることは間違いない。米国が、「世界の警察官」であることを辞め、その限られた軍事力を、中国を意識したアジア太平洋地域に集中させる動きは、日本にとっては、もちろん好ましい流れであるが、他方で中東の安定化が損なわれるのは、また別のリスクがある。その意味で、今回のアフガニスタンでのタリバン復権とそこでの「イスラーム国」との闘いが、今後どのように進んでいくか、そしてそれがイラクやシリア情勢にどのような影響を及ぼしていくか。それを見る上で、改めて本書が示した問題意識は、足元益々重要になってきていると思われる。

読了:2021年9月26日