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川崎通信
芥川賞受賞作 「おいしいごはんが食べられますように」
著者:高瀬 隼子 
 第167回芥川賞受賞作。今年2月に読んだ前回の受賞作(「ブラックボックス」)は、衝動的な暴力行為を抑えられない宅配員を描いていたが、今回の受賞作は、一般の会社のごく普通の職員の日常生活を淡々と描いている。その意味で、余り「非日常」の世界を期待する面白さはない。

 埼玉県内にある食品や飲料ラベルの制作会社で働く二谷という20代後半と思われる若い男性社員と、同僚の二人の女性社員、芦川と押尾という3人を中心に、夫々一人称だったり三人称であったりと、視点を適宜変えながら、どこにでもある会社の営業部門の日常生活と、彼らの食生活を中心に話が進んでいく。その中で、仕事に熱心で残業も厭わない押尾と、頭痛などを理由にした早退等、仕事はいい加減であるが、自作ケーキを頻繁に持ち寄ったりと、ひたすら同僚への配慮と愛嬌だけが取り柄の芦川を対比しながら、その双方と付き合っている二谷の心境等が語られることになる。二谷は食への関心はなく、適当に食べていれば十分という、私自身に似たところがあるが、その二谷が、食にこだわり、またそれだけの存在である芦川に惹かれ、そして押尾は退社することになるという落ちが待っていることになる。

 評者のコメントを見ていると、夫々の人間が生き生きと描かれている、といった点が主たる受賞理由になっているようであるが、正直私にとっては退屈な作品であった。会社での日常性も退屈であるが、そこでの定型的な上下関係や、その中での若者の生態も、どこにでもあるようなもので、刺激は全く感じられない。新型コロナから始まり、ロシアのウクライナ侵攻や台湾海峡を巡る緊張激化といった国際情勢を取上げろ、とは言わないが、それでもそうした国際情勢と一切関係ないところで、企業内の狭い人間関係だけを描いたこの小説の手法は、特段の新鮮さもなく退屈である。

 新たな才能の登場を期待するこの受賞作は、残念ながら今年も余りそれを満たすものではなかった、というのが正直なところである。

読了:2022年8月21日