アジア・ドイツ読書日誌と
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川崎通信
逢坂剛 禿鷹5部作
著者:逢坂 剛 
(1) 禿鷹の夜                    

 逢坂の作品は、今まではスペイン物と岡坂神策物しか読んでいなかったが、2000年5月に発表されたこの作品ではまた新しいキャラクタ−が登場している。悪徳警察官禿富鷹秋、略して「禿鷹」。「傍若無人、自己中心、倣岸不遜、冷静沈着、冷酷無比」といった極端なキャラクタ−を持ち、渋谷を牛耳るヤクザ集団から平然と賄賂を受取りながら、その集団と、シマの乗っ取りを図る南米の新興ヤクザ集団との争いに介入していく禿鷹の活躍を描く、ハ−ドボイルド小説である。

 渋谷を牛耳るヤクザの親玉が刺客に襲われるが、これを阻止した男が居た。その男は、その後、たいした理由もなく組織の中堅幹部である水間をぶちのめし、またホ−ムレスの街頭商売にいちゃもんをつけたりしている。南米マフィア・マスダから新たな刺客ミラグロが送り込まれる。彼は禿鷹の罠にはまり、いったんはぶちのめされるが、水間の情けで致命傷を回避し、復讐に燃える。禿鷹を誘き出すために、彼の恋人を探し、深夜彼女が住むマンションに入り込むが、動きを察知したヤクザ側も追跡する。慌てて女のマンションから逃走したミラグロに続きマンションに踏み込むと、女は殺害されていた。

 禿鷹の復讐が始まる。ミラグロとの何度かの対決。その間、禿鷹に言い寄って袖にされていた頭領の一人娘笙子も、護衛の一瞬の隙をつきミラグロに誘拐され殺害される。お互いに策を弄しながらの戦いの結末は、最終的には芝浦埠頭での対決でミラグロを倒すことになるが、その最後の吐息の中で、禿鷹の恋人を殺したのは自分ではない、と言う。彼に問い詰められた日本のヤクザは、恋人を殺したのは禿鷹に嫉妬した頭領の娘笙子であり、殺害後ミラグロの仕業に見せかけるため、その住所をミラグロに連絡し、そこにおびき寄せたのであった。禿鷹の復讐はどんでん返しの中で終る。

 いっきに楽しみながら読める作品である。彼の作品を読み出した時のような、スペイン現代史といった知的緊張感は全くないハ−ドボイルド作品(あえて言えば、スペイン物で常に登場するテロリストとの対決部分だけを拡大した作品)であるが、戦いの場面と展開力はさすが筆者と思わせるものがある。転職の緊張が続き、PCも修理で使えなかった手持ち無沙汰な時期の息抜きにはもってこいの作品であった。

(読了:2004年11月5日)

(2)無防備都市 禿鷹U                                                     

 この著者の「凶弾」という文庫本をブックオフで見つけて購入したが、これは大昔(2004年)に第一作を読んだシリーズの第五作であった。間を飛んでこれを読むのもどうかと思い探したところ、この第二部も見つけることになった。既に第一作はほとんど忘れていたことから、当時の評を読んでから、これに取り掛かることになった。「傍若無人、自己中心、倣岸不遜、冷静沈着、冷酷無比」な悪徳警察官禿富鷹秋、略して「禿鷹」が、渋谷を牛耳るヤクザ集団から平然と賄賂を受取りながら、その集団と、シマの乗っ取りを図る南米の新興ヤクザ集団との争いに介入していく禿鷹を描いている。

 第一作で恋人を殺された禿鷹であるが、ここでは渋谷で小さなバー「みはる」を経営する桑原世津子という年増の女が、今回の禿鷹の愛人となる。その世津子は、第一作でも登場した渋谷地域に進出を企む南米の新興ヤクザグループ、マスダの宇和島という男から、法外なみかじめ料を要求されている。それに対抗するのは、既往のヤクザ組織、渋六興業と敷島組、夫々のグループには、つるんでいる警察の関係者がいるが、禿鷹は渋六興業についている。

 こうしてグループ間での抗争が始まる。まずは禿鷹がマスダの宇和島を叩きのめすが、その報復で、今度は禿鷹が襲われる。禿鷹は、今度は、ノンキャリであるがエリート街道を走る松国という監察官の妻を誘惑し、その不倫写真をネタに松国を脅し、味方にしながらマスダに反撃していく。こうして次々に抗争の連鎖が続き、その喧嘩の様子が詳細に描かれることになる。

 そして終盤、マスダの殺し屋で上海から来た王展明なる男が登場。拉致した世津子を餌に禿鷹をおびき寄せ、最後の闘いを挑むことになるが、ここでは禿鷹が無情にも世津子を犠牲にして宇和島や王展明、そして彼らの意味のかかった警察官らを血祭りにあげるのである。そしてその犯罪は、松国らを使った禿鷹によって、巧みに隠蔽されることで表沙汰にならずに闇に葬られるのである。

 第一作の評でも書いたが、著者のスペイン物のような歴史的・政治的な背景は一切ない、悪徳警官とヤクザの抗争の話であり、展開のほとんどは、彼らが応酬する暴力の描写に費やされている。それはそれで著者の得意とする迫力あるものであるが、まあ読み飛ばせる程度のものである。しかし著者の真骨頂は、禿鷹が抗争とその犯罪の隠蔽のために仕掛けていくトリックの連鎖であり、それがこの小説への「知的刺激」を持続させることになる。結局、このシリーズのVとWもアマゾンで注文し配送待ちである。しばらくは、このシリーズで時間潰しをすることになろう。

(読了:2022年9月15日)

(3)銀弾の森 禿鷹V                     
                                
 そしてシリーズの第三作は、中古の単行本で読むことになった。再び、第一作から登場した渋谷地域に進出を企む南米の新興ヤクザグループ、マスダと、渋谷地域を仕切る日本のヤクザ組織、渋六興業と敷島組の3つが入り混じった抗争と、そこでの傍若無人の禿鷹の動きが続くことになる。

 まずは、敷島組の若頭である諸橋征四郎が、禿鷹に誘き出され、マスダのアジトに連れ込まれ、そこでマスダに寝返るよう強要されるが、それを拒否し惨殺される。用心深い征四郎から事前に対応を告げられていた妻で、クラブ・サルトリウスのママ真利子は、彼の携帯から来た、「後で100万円が届けられるので受け取るように」とのメッセージを受け、深夜に部屋を訪れた禿鷹を通すが、彼に強姦され、金と思われた束も新聞紙であったことで怒り狂っている。そして殺された征四郎の遺体は、前作で殺された桑原世津子の後任として経営を引き継いだ大森マヤのいる小さなバー・みはるに放置される。その征四郎殺しを巡り、捜査当局と禿鷹、そして3つのヤクザ組織の思惑が入り乱れた駆け引きが繰り広げられることになる。

 読者には、一連の事件は、禿鷹が真利子を犯すために仕組んだ芝居であることが分かるようになっているが、登場人物に対しては、それが禿鷹の巧緻により隠蔽され、そして3つのヤクザ組織の新たな連携や抗争と呼んでいく過程を、読者は楽しむことになる。禿鷹は、捜査当局に対しても、夫々のヤクザ組織に対しても勝手な理屈と、そして時には暴力で、自分に疑惑が及ぶことを逃れていく。それを読者に対して、どう自然に見せるのかが、まさに著者の筆力である。そして話は、敷島組の若頭補佐田久保によるマスダへの接近と、彼らによる禿鷹抹殺の陰謀でクライマックスを迎える。それは、禿鷹が保険として指示した、渋六の水間の協力で阻止されるが、彼に同行し、禿鷹への報復を考えていた真利子の攻撃で、禿鷹は鉄道線路に転落、片腕を失うことになるのである。しかし、真利子は、夫の仇である禿鷹に愛憎交錯した感情を抱いていることが示唆され、この第三部が終わることになる。

 片腕を失った禿鷹と真利子の関係が、次の第四部でどう展開していくか?そしてマスダ、敷島組、渋六の抗争がどうなるか?現実にはあり得ないような人格の禿鷹であるが、相変わらず、そうした悪徳警官が、どうやって生き延びていくかを含め、読者を楽しませてくれる著者の想像力には敬服させられる。

(読了:2022年9月19日)

(4) 禿鷹狩り 禿鷹W(上/下)                
                                
 そして第4部。橋本三郎という殺し屋が、T0百万円の報酬で、マスダのボニータから、禿鷹の暗殺を請け負い、禿鷹の動きを監視しながらクラブ・サルトリウスで酒を飲んでいる。ボニータは、前作で禿鷹にぶちのめされた上、マスダの幹部である自分の愛人を殺されている。クラブ・サルトリウスでは店長の野田やママの諸橋真利子が彼に対しおざなりの接遇をしている。そして一旦店を出た橋本は、そのクラブの裏口からトイレに侵入し、そこで禿鷹を襲うが、返り討ちに合い、結局マスダのボニータから禿鷹殺しを請け負ったことを白状させられた後、殺される。野田と彼の相棒水間が、禿鷹に指示され、死体の処理をさせられている。

 こうして第3部の終了後、敷島組と統合した渋六と、マスダの新たな抗争が、この第4部での展開となるが、今回新たな中心人物が登場する。まず第二部で、禿鷹の愛人であった桑原世津子という年増の女がマスダに殺されるが、渋谷にある小さなバー「みはる」を引継いだ桑原マヤのところに、横井という男が現れ、黒人の連れとひそひそ話をしている。横井は、近所で旧敷島組のぼったくりバーを任されていたが、そのボスである川野辺が、統合時にマスダに寝返ったことで微妙な立場に立たされている。二人の会話に麻薬取引の雰囲気を感じたマヤは、水間に店に来るよう要請するが、彼の到着前に、一人の大柄な女が店に入ってくる。岩動(いするぎ)寿満子と名乗ったその女は、禿鷹と同じ神田警察署・生活安全特捜班に着任したばかりの警部補で、横井らを麻薬取引の容疑で拘束するが、彼女が、その相棒でやはり新たに神田署に着任した警部補の嵯峨と共に、この第4部の展開の中心になる。

 まずは、禿鷹が殺した橋本に成りすまして、マスダから、禿鷹暗殺の報酬を受け取る経緯が語られる。その間、野田やマヤは、岩動や嵯峨の取り調べを受けるが、横井の行為は渋六とは一切関係ない、としらを切っている。しかしマヤは、嵯峨に好感を持ち、その後肉体関係を持つことになる。そして岩動は、水間や野田に、禿鷹の排除を仄めかしながら、今回の横井の麻薬取引も使いながら、警察署の士気高揚のために、彼らが保有している拳銃を何丁か提供し、摘発されるという裏取引を持ち掛けるのである(以上、上巻)。

 禿鷹は水間たちに岩動の求めに応じるよう示唆し、渋六のボスもそう指示するが、水間は個人的判断で、その拒否を岩動に返答。それを受けて、岩動は、まずマスダに指示し、自分が呼び出した野田をリンチさせる。リンチされた野田は、禿鷹に呼び出された水間に救出されるが、禿鷹にそのリンチを伝えたのは嵯峨であるという、やや込み入った展開になっている(しかも、その嵯峨に、禿鷹に伝えるよう指示したのは岩動であることが、後に本人の口から水間や禿鷹に告げられるのである)。誰が見方で誰が敵なのかを曖昧にすることで、ついつい話に引き込まれてしまう、巧みな技量である。そして岩動は、禿鷹やその相棒の御子柴を尋問し、禿鷹が渋六と結託していることを白状させようとするが、当然ながら禿鷹はしっぽを掴ませないでいる。

 こうした中、御子柴は禿鷹から、新右翼の大物竹原が持つ神田署の裏金に関わる機密文書を買い取る話があることを聞かされる。その文書は、神田署の総務担当で、ノンキャリの警察官を支援する非公式組織である「くれむつ会」を運営する女性から漏れた文書である。そして今度はその文書を巡る禿鷹と岩動の攻防、そしてどちらに付いているか分からない嵯峨の動きで話が進んでいく。竹原を殺し、機密文書を取り返そうと彼をつけてきた警察官も痛めつけた上で、禿鷹は、その機密文書を取り返そうとする警察上層部に斬り込んでいくが、その指示を受けた岩動による、渋六のクラブ・サルトリウス等への派手な手入れで、話が終盤を迎える。サルトリウスのトイレの水桶から押収された麻薬をネタに、水間や禿鷹に揺さぶりをかける岩動。そしてガサ入れの整理が終わり自宅に帰ったクラブのママ諸橋真利子が、マスダの幹部たちにより拘束され、禿鷹らに呼び出しがかかる。彼らは真利子を人質に、警察署の機密文書を渡せと迫り、そこに岩動も現れる。真利子の命もかかった最後の攻防。しかし、愛人関係にある真利子の命に一顧だの配慮も示さない禿鷹に失望した水間は、マスダや岩動が入り乱れる抗争の中で、禿鷹をも撃つことになる。彼は禿鷹が防弾チョッキを着想していることを期待したが、禿鷹はそれをつけていなかった。そして彼に最後の止めを刺したのは、真利子であった。禿鷹は絶命する。

 殉職したことになり、2階級特進し警視となった禿鷹の葬儀がひそやかに行われるが、そこにはシリーズ初登場の、彼の別れた妻が主催している。そして最後に禿鷹を始末した、余命が限られていたというある者に対する賛辞。それが誰に対してなのか、誰が呟いたのかは分からないまま、この第4部が終わり、禿鷹なしの禿鷹シリーズ第5部の完結編に入ることになる。

(読了:2022年9月27日)

(5) 凶弾 禿鷹X                      
                                
 そして禿鷹不在の完結編、謂わば「禿鷹外伝」とも言うべき第5部が始まる。禿鷹が死を賭けて守った神宮署の裏金に関わる機密文書を巡る闘いが、残った者たちの間で展開される。この最後の抗争には、文書隠蔽派は、警察庁キャリアの朝妻参事官と神田署ノンキャリの岩動が、暴露派は、警察庁ノンキャリの松国特別監察官とかつての禿鷹の相棒御子柴警部補、穏健ヤクザ組織渋六の水間と野田、そしてジャーナリストの山路と大沼に加え、第4部最後の葬儀で登場した禿鷹の未亡人禿富司津子が大きな役割を果たすことになる。彼らの他に、隠蔽派として、岩動に繰られるヤクザの笠原やボニータ、そして最後までどちらの側につぃているかが分からない神宮署の若手警部補の嵯峨が動き回ることになる。

 冒頭、禿鷹から御子柴経由でその機密文書を受けた松国が、警察庁幹部に上げた報告書が、上司により握り潰されるが、資料のコピー提出は拒否する場面から話が始まる。それを受け、松国は、御子柴に、「この文書は危険なので、コピーを渡して欲しい」と要請するが、御子柴は、「この文書コピーは、自分にとっては保険だ」とやはり拒否している。こうしてこの機密文書は、神宮署が保管するオリジナルに加え、松国と御子柴が持つコピー2部の合計3部が存在していることが示される。同じ頃、マスダの残党ボニータは、別のヤクザ組織の笠原という男を誑し込み、敷島組と統合した渋六の会長熊代を暗殺させているが、これは岩動の策謀で、この事件での逮捕を脅しとして、笠原を使い、機密文書回収の汚れ仕事を命じることになる。これを岩動に指示をしているのは、キャリア警察官の朝妻である。
 
 こうして、この機密文書奪還の様々な試みが続くことになるが、そこで新たに登場するのが禿鷹未亡人の司津子で、御子柴に、亡き禿鷹のためにもコピーを渡して欲しいと持ちかけるが、御子柴は拒否している。またどちらについているか分からない嵯峨と御子柴との間でも、機密文書を巡る騙し合いが起こっている。そして朝妻は、汚れ仕事を岩動に任せながら、自分は密かにSMクラブ通いをして、そこでヒミコというエロティックな美人とのプレイに入れ込んでいる。

 笠原が、御子柴の娘を誘拐し、文書コピーの提出を迫ると、さすがに彼もそれを渡さざるを得なくなる。しかし、直後に笠原は何者かに襲われ、そのコピーを奪われてしまう。岩動に叱責された笠原は、今度は松国を襲い、彼の機密資料を奪わせようとするが、笠原は誤って松国を射殺してしまう。それを知った岩動は、松国の妻に連絡し、警察を装った笠原を自宅に侵入させ、妻を拘束して自宅にある資料を手に入れることになるが、それを岩動に渡したとたんに彼女に射殺されている。岩動は、笠原が松国を殺し、その後自分も自殺したように偽装工作している。松国殺しを伝えられたボニータは、熊代殺しで事情聴取された笠原に、この殺人にも関与していることを追及されているが、岩動はボニータも脅し、何もしゃべらないよう強要している。

 笠原に殺された松国は、生前、コピーをジャーナリストの山路に渡し、スクープ記事で暴露することを依頼しているが、その山路は、後輩の大沼早苗を巻き込んでいる。その早苗は、かつて朝妻と肉体関係を持ったが、その後朝妻からは距離をおかれている。改めて真剣な交際を申し入れた早苗は、朝妻に拒否され、文書の暴露に協力することを決断することになる。そして山路と早苗は、渋六の水間と接触し、禿鷹の弔い合戦として、文書の奪還と暴露のため協力することになる。

 こうして役者が揃ったところで、終盤の展開に流れ込んでいく。朝妻を脅すための早苗との情事の写真を求めて、禿鷹未亡人の司津子と接触する御子柴(そして嵯峨も続けて司津子と内密に話をしている)に、司津子は、それはないが、朝妻にはとんでもないスキャンダルがあると告げる。そして、その朝妻は、ヒミコとのSMプレイに赴くが、そこで実はヒミコを紹介した女が、変装した司津子であることが判明する。しかし、それは既に嵯峨から朝妻に伝えられていた。二人とも正体を知った上での対峙であったが、結局司津子が、銃と彼の身体に装着したプラスチック爆弾で朝妻を脅し、オリジナル文書を奪還すべく、それが保管されている神宮署に赴くことになる。そしてそこには岩動や御子柴、嵯峨(彼は署内で暴行されていた水間を助け、結局暴露派に協力していることが示される)、そして山路と早苗という関係者全員が顔を揃えることになり、最後の一戦が繰り広げることになる。山路の手配で署の周りにマスコミも集合する中、朝妻の身体に張り付けられたプラスチック爆弾で金庫が爆破され、オリジナルの機密文書が現れたのをきっかけに、岩動と司津子、そして水間の間で銃撃が始まり、そして最後は瀕死の司津子からの一撃で岩動も射殺され、大団円を迎えることになる。神宮署の裏金作りは公になり、朝妻を含めた生き残った隠蔽派の警察官は懲戒処分されることになるのである。

 警察署の裏金作りの記録文書を巡る争奪戦をネタにこれだけの物語を想像する著者の力量には全く敬服する。警察署の裏金といった、ある意味どこにでもあるような素材が、これだけの抗争をもたらすというのは、やや非現実的ではあるが、それは脇に置いておくとして、禿鷹死亡後の最後の展開を、禿鷹の幻影をちらつかせながら、そしてそれまでの数々の事象を織り込みながら、最後の大団円にまで展開する過程を十分に楽しむことができる。その過程では、この最終作でも多くの仕掛けが施されている。禿鷹の未亡人が、SMクラブと関係し、朝妻を陥れていくという仕掛け。しかし、そこでは、どちらに付いているか分からない嵯峨が、双方に情報の提供を行っている。あるいは、かつて禿鷹に嵌められ不倫現場を抑えられた松国の妻や、同様に朝妻と関係があったが最後は朝妻に反旗を翻す早苗、更には、第二話で殺された桑原世津子をついで、バー「みはる」を切り回す大森マヤといった、それぞれ個性を持った女たちが巧みに配置され、夫々の役割を果たしていく。読者は、張り巡らされた人間関係のトリックを、後からそれなりに納得しながら、これがどのように次の展開に連なっていくかを期待して読み進めることになる。それらは、以前の著作での出来事が巧みに使われ、それなりに理由が付けられる展開になっている。そうした著者の手腕は最後まで衰えていない。

 ただ、第4部の最後で、禿鷹を始末した、余命が限られていたというある者に対する賛辞が語られ、それが誰に対してなのか、誰が呟いたのかは分からないまま、第4部が終わっていたが、それはこの第5部の完結後も明らかにされることはない。それは私の読み込みが足らなかっただけなのかは、現時点では定かではない。

 かくして、禿鷹第5巻は、いずれにしろ完結する。2004年にその第1部を読んでから約20年、ここにきてなぜか突然第1部以降の連作を読むことになったのも、何かの縁であろう。2004年時点では、著者の作品は、スペイン物と岡坂神策物しか読んでいなかったようであるが、その後、「百舌シリーズ」や「土方歳三物」の連作なども楽しんできた。そして今回、著者には江戸時代の火付け盗賊、長谷川平蔵を主人公にしたハードボイルド時代劇シリーズもあることが分かった。まだまだ著者の作品ネタは尽きない。

 因みに、「百舌シリーズ」は、主人公倉木警部を西島秀俊が演じ、映画化されたが、この「禿鷹シリーズ」は、現在のところ映画化の話はないようである。映画化されてもおかしくない作品であるが、その理由は禿鷹役の役者にあるのではないか、という気がする。「百舌シリーズ」の倉木は、西島のクールな姿がそれなりに似合ったが、この「傍若無人、自己中心、倣岸不遜、冷静沈着、冷酷無比」な禿鷹役を演じられる俳優は、余り思いつかない。しかし、誰かがこれを演じる映画版が制作されることを期待している私であった。

(読了:2022年10月4日)

2022年10月5日 記