永遠の始まり V/W
著者:ケン・フォレット
(永遠の始まり V)
第3巻は、ロンドンのデイブと、東ドイツから逃亡したワリのハンブルグでの出会いから、ワリのバンドへの参加と、ロンドンに一緒に帰還して以降の活動から始まる。1960年代半ばの英国音楽シーンが懐かしさと共に描かれるが、まさにこの辺りはビートルズを含めたリバプール・サウンドからイングリッシュ・インベイジョンの時代を、それに参加した名もなきバンドがスターへ成り上がっていく様子を楽しく描いている。それにデイブの姉エヴィーがロックスターと付き合いながら女優としての道を築いていく姿と、東ベルリンに残ったワリの恋人カロリンの、ワリの家族に引き取られた後の出産報告等が挿入される。そしてモスクワでは、双子の兄妹ディムカとターニャが、フルシチョフ指導下のソ連の沈滞を感じている。ディムカには、男の子を出産した妻ニーナがいるが、同僚ナターリヤとの関係を深め、ターニャは、ソルジェニツインを連想させるシベリア抑留男の書いた体験記を西欧へ持ち出し出版することを企てている。そんな中、ディムカにはナターリヤからフルシチョフ追い落としのクーデター計画の情報がもたらされるが、それを伝えたフルシチョフは「ブレジネフは、誰でもグルグル回せるダンサーと呼ばれていた」等と口走り、気にする様子もない。そしてディムカは、別荘(ダーチャ)を与えられているが、それは公には彼のフルシチョフへの貢献が理由と言われているが、その後、実はニーナがプシュノイという元帥と関係を持ったことによるものであることが判明する。そしてワシントンでは、ジョージが、キング牧師の元で働くヴェレナと関係を深めながら、彼が仕えているロバート(ボブ)・ケネディが、兄の暗殺の衝撃から立ち直り上院議員を目指すという決断を聞いて気力を取り戻している。
1964年10月、フルシチョフに同行し黒海沿岸の保養地にいるディムカにクーデターの連絡が入り、フルシチョフは失脚する。その直前、ディムカはフルシチョフから、妻がプシュノイ元帥と不倫していることを告げられている。そのクーデターが、フルシチョフ側近であるディムカの視点から、そして同時にディムカの個人的な三角関係と並行して描かれるところは面白い。そして妻との関係が危うくなる中、彼は地方に飛ばされそうになるが、叔父のヴォロージャ将軍の力を借りて、コスイギンの補佐官の地位を得てモスクワに留まることになっている。そしてターニャは、タス通信記者の取材と称してシベリアに飛び、抑留されている旧友ワシーリイと再会、結局ソ連内では出版できなかった彼の原稿を西側に持ち出す覚悟を決めている。
東ベルリンでは、ワリの子供アリスを出産したカロリンが、ヴェルナーとカーラの末娘リリと音楽活動をやりながら西への移民申請をしているが、シュタージでレベッカの別れた夫であるハンスにより妨害されている。その知らせをロンドンで聞いたワリは、デイブとのロックバンド活動が軌道に乗り、彼らのバンド、プラム・ネリーはレコードを出し、人気バンドになっていく。
1965年、ジャスパーはアメリカでジャーナリストとしての道を模索している。姉のアンナは、デイブの姉エヴィーの恋人であったハンクを誘惑し、エヴィーと絶縁しているが、音楽業界で身をたてようとしているデイブは、ハンクとアンナの間に挟まれることになる。同じ頃、ディムカとナターリヤは、コスイギンの指示でベトナムを訪問している。コスイギンの平和共存に期待する彼らは、北ベトナムの相手にそれを促すが、彼らは、それは帝国主義者の思うままになることだと受け入れない。二人は宿泊ホテルでセックスに浸るが、その時アメリカによる北爆が始まり、彼らの期待は砕け散っている。そしてターニャが、ワシーリイの小説を西側で出版するべく、禁じられた原稿を持って東独ライプチッヒのブック・フェアに向かう様子がスリリングに描かれる。ターニャはそこで注意を払いながら目をつけた西側出版関係者と思われる女性に、その小説を渡す。それを読んだ女性は感動し、西側での出版を請け負うが、それはアンナであった。そして帰国し、ハンスと同棲している彼女は、弟ジャスパーのために、米国への渡航費用をハンスから引き出している。他方アンナにハンスを寝取られたエヴィーの弟デイブは、米国公演の途上で、母デイジーの父で、彼にとっては祖父に当たる、富豪ではあるが悪名高いレフ、そしてデイジーと腹違いの弟グレッグ及びその息子ジョージとも顔を合わしている。また因縁の家族の孫たちがこうして交錯することになるのである。デイブと会ったジョージは、ケネディの愛人であったが彼の暗殺後は仕事に没頭しているマリアを、人気バンドであるデイブのコンサートに誘っているが、彼女の部屋には相変わらずケネディの写真やポスターが溢れ、彼女がケネディへの呪縛を克服していないことが明らかになる。また米国で、放送局の職員面接を受けているジャスパーは、その相手がデイブとワリのバンドに興味を持っていることに気がつき、ワリにインタビューを行い、彼の東独からの脱出と、東西に引き裂かれた愛についてのルポを創りその放送局の評価を受け、そこでの仕事を得ることに成功するのである。またデイブは、かつてロンドンで会って好意を持っていた写真家デュアーの17歳の娘ビープと再会し彼女と深い関係になるが、彼女は当時のフラワームーブメントやピッピー文化の影響を受けた奔放な娘で、デイブは振り回されることになる。彼女との結婚を決意したデイブは、ビープの両親に許可を求めるが、母親の意向を受け、1年待つことで合意している。他方、放送局の仕事を得たジャスパーのもとに米国政府からの徴兵を求める手紙が届けられる。英国民が米国で徴兵されることなどありえない、と抗議する彼は、それが居住地・勤務地に依拠していることを知る。将来に渡り米国で働くことが出来なくなるか、それとも徴兵を受諾するかに直面した彼は結局それを受け、そして戦況が激しくなるベトナムで、米軍による大量虐殺や処刑に巻き込まれることになるのである。しかし、米国の徴兵制度がそうであったというのは、日本人駐在員が徴兵されたという話も聞いたことがないので、やや疑問である。当然著者は事実関係を確認していると思うが、それは後で調べてみることにしたい。
1967年の東ベルリン。カロリンとリリの活動を通じて、「ペニー・レーン」や「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」といったビートルズの音楽等、サイケデリック文化が東側にも浸透し、またそれを取り締まる当局の様子が描かれる。その中で、カロリンは、ワリに対する気持ちを抱きながらも、離れている寂しさから自由主義的な牧師オードに惹かれ関係を持つことになる。またロンドンでは、デイブに車椅子を押してもらいながら貴族院に登院する老境に至っているエセルが、男性同性愛者の私的空間で合意の下で行う性行為を刑事罰対象から外す法案の審議に賛成の立場から参加している。現在の日本でLGBTの権利保護を進める法案が議論されているが、これは今から50年以上前の英国での動きである。そして、そこでは貧しい生まれから貴族の召使いを経て労働党議員となったそのエセルがロイズの実の父親であるフィッツハバード伯爵と遭遇し、デイブらと言葉を交わすことになる。エセルは、その後まもなく逝去するが、その葬儀にも伯爵は出席している。アメリカで人気バンドとなったワリは、カロリンを想いながらもグルーピーの女たちとベッドを共にしているが、東ベルリンのカロリンから「好きな人が出来た」という手紙を読んで毒づくのである。
「第6部 花」(1968年)。2年を軍隊で、そしてその後半1年をベトナムでの戦闘に加わった後除隊してロンドンに一時的に戻ったジャスパーはエセルの葬儀に参加している。姉のアンナは出版社の編集部長となり、ロックスターのハンクと結婚している。アメリカでは、ジョージが、キング牧師のもとで働くヴェレナとの関係を続けながら、ボブ・ケネディ上院議員を大統領にしてベトナムでの戦争を止めるべく動いている。そのベトナムではテト攻勢でベトコンの攻撃が激化しているが、ジョンソン政権はそれを撃退したと公表している。またビープと同棲しているワリは、彼女の要請で反戦運動に参加し演奏しているが、家ではマリファナを吸いながらビートルズの「マジカル・ミステリー・ツアー」を聴いている。その中の曲にある「魚を4匹とフィンガーパイ」という歌詞が、「女の子にフィッシュ・アンド・チップスをおごってあげたら、その女の子に指を入れさせてもらえる」という暗喩だと言うのは初めて聞いた話である。アメリカに戻ったジャスパーは、放送局の面接を受けながら、ベトナムでの戦況について大統領が嘘をついていることを主張しそれを主題にしたキャンペーンを行う提案をして採用されている。バンドが人気絶頂にあるデイブは、全米を飛び回りながらカリフォルニアにスタジオを兼ねたブドウ園購入を決めてビープに伝えようとするが、そこで彼女がワリと同棲していたことを知り激怒し、ワリとの絶交とバンドの解散を宣言している。G・ハリソンとE・クラプトンの間での女の取り合い(「レイラ」)ではないが、ここでは三角関係でのバンド(音楽仲間)崩壊というネタが使われることになる。
3月、ジョージは、ボブが生気を取り戻し大統領選の出馬を目指していることを感じているが、ワリとビープは、ボブは日和見主義者だとして、妨害を目的に彼の選挙集会に参加している。しかし、そこでボブによる貧困や人種差別改善に向けての真摯な演説を聞き、むしろ彼に共感を覚えることになる。ボブを意識したジョンソン大統領の立候補断念など、大統領選を巡る候補者の思惑がジョージの視点で語られる。他方、デイブの姉で人気女優になっているエヴィーは、差別反対の立場から米国のテレビ番組に出演し、そこで相手役の黒人とキスをかわす。その場面は、当初は保守的な大口スポンサーを配慮して削られることになる。そして4月のメンフィス。黒人ゴミ収集作業員の権利を巡る紛争を取材しているジャスパーは、支援のために訪れた39歳のキング牧師とへのインタビューを企て、そこで彼の側近であるヴェレナと再会する。しかし彼女とのインタビューの最中、そのキング牧師が凶弾に倒れ帰らぬ人となる。全米で暴動が広がる中、デイブは、エヴィーのキス場面の放映を巡り、スポンサー企業オーナーとの直接交渉に赴き、現下の状況を考えるとその場面を放映すべきと説得に成功、番組放映後はそのスポンサー企業の売上も伸びることになっている。
モスクワのディムカは、ニーナとの離婚が決まり、また仕事でもチェコスロバキアでの動きが社会主義の改革を促すのではないかと期待している。チェコでの動きについてのクレムリン内での論争が、ディムカと、保守派の国防相補佐官の男との議論で説明される。ブレジネフは、状況を眺めるだけの日和見として描かれている。ディムカは、ナターリヤとの結婚を望み、その夫で、闇商人親玉のニックからの嫌がらせを受けることになるが、そのニックの個人情報を集めた上で、叔父のヴォロージャ将軍の権力を借りて反撃し、ナターリヤとの離婚を承諾させるのに成功している。そしてチェコでは、グレチコ国防大臣やKGB議長のアンドロポフら保守強硬派の主張が勢いを増している。ハンブルグでは、障害者のベルントと暮らすレベッカに恋人ができ、ベルントにそれを打ち明けている。また米国では、ビープの兄で保守派のキャメロンが、ニクソン陣営の選挙キャンペーンに参加するためのアピールとして、通っている民主派が多いUCLAバークレー校でのニクソン支援集会を企画している。ほとんど学生は集まらなかったが、地元共和党組織の支援で一般人を動員し、集会を成功させる。それが評価され、彼はニクソンの選挙陣営に加わることになるのである。ロンドンでは、デイブが、東ベルリンにいる祖母モードがなくなり、自分の妹であるが、1940年代にドイツ人と結婚しベルリンに移った後は絶好状態であった彼女の葬儀に参加したいという老齢のフィッツ侯爵の依頼を受けて、一緒に東ベルリンに行くことになる。国境でのハンスによるワリの所在の詰問等の嫌がらせを受け、葬儀には間に合わないが、ヴァルターとカーラ夫妻やワリの姉妹であるカロリン、リリとは会うことが出来て、ワリへの伝言を託されている。亡き祖母と共に1905年、フィッツハバードの屋敷で撮影された写真を収めたアルバムは、帰りの国境でハンスに取り上げられ廃棄されている。同じ頃ニューヨークでは、ジョージが、キング牧師を殺されたヴェレナに結婚を申し込もうとしているが、彼女はキング牧師の暗殺後、非暴力運動に絶望し、ブラック・パンサーに加わっている。穏健改革を促すジョージの説得に乗らないヴェレナはジョージから去る。そしてそのジョージが支援しているボブは、カリフォルニア州の民主党予備選挙を有利に進めている最中の選挙集会で、兄に続いて銃弾で撃たれ暗殺されるのである。モスクワでは、ナターリヤと暮らし始めたディムカが、彼女の妊娠を告げられている。そしてプラハに派遣されたターニャは、ロンドンから来たアンナに、収容所生活についての新しい原稿を渡しているが、その最中に轟音と共に戦車部隊が市内に侵入してくるのを目撃することになる。アメリカでは、ボブを失ったジョージが失意の日々を送る中、シカゴでの民主党大会が警察の暴力に晒されているのをテレビで眺めている。そのシカゴの民主党大会に参加していたワリとビープもホテルで警察官から暴行を受け、ワリは「東ベルリンよりひどい」と呟いている。他方、ニクソンの選挙部隊に参加しているキャメロンは、民主党の混乱を受け、ニクソンの勝利を確信。そしてニクソンの大統領就任で「退廃的で自由な60年代は終わった。ワシントンの体制は一新され、おれはその一員になる」と呟くところでこの第三巻が終わることになる。
文庫本の表紙に、J.レノンのイラストが描かれている通り、この第三巻は私が親しんできた60年代ロック音楽の興隆とフラワームーブメントといった文化運動を背景に、西側ではキング牧師やロバート・ケネディ暗殺、そしてバンド「シガゴ」のデビューLPでも使われたシカゴ民主党大会の混乱等、東側ではサムイズダートの出版や、フルシチョフ失脚からプラハへのワルシャワ機構軍の進撃等、まさに私が学生時代に追いかけていた当時の同時代史が、いつものように、それに関わった個人の視点から描かれており、懐かしさと共にどんどん読み進めることになったのである。それに相変わらずの性描写。著者の筆力は全く衰えることがない。時代は益々私自身が関り、明瞭に記憶している時期に入っていく。既に読み始めている最終巻である第4巻がどのように展開し終わるのか。楽しみは続いている。
(永遠の始まりW)
ということで、完結版の第4巻。1972年から始まり1989年のベルリンの壁の崩壊までの戦後史が、いつもの様に絡み合う人々の因縁と共に語られ、最後に2008年の後日談で締められることになる。
まずは「第7部 テープ」(1972年―1974年)。ニクソンが大統領となる中、司法省に勤務する公務員であるマリアが、大統領の汚職にうんざりし、ジョージを通じて告発を決意している。その相談を受けたジョージが、その暴露記事をジャーナリストのジャスパーに依頼している。他方、ジャスパーの暴露に激怒するニクソンは、ホワイトハウスにいるキャメロン(キャム)・デュアーに、ジャスパーの情報源を暴く様指示している。キャムは、かつてロンドンでジャスパーと出会った時のことを思い出している。今や映画スターとなっているエヴィーに恋心を打ち明けた際、彼女からは、自分はジャスパーに恋をしているとして袖にされたのである。その意趣返しも含め、キャムはジャスパーを監視するため盗聴許可を司法相に求めるが、その窓口はマリアであり、当然その話はジョージ経由、ジャスパーに伝えられることになる。
その頃、カリフォルニアにいるデイブは、ワリの恋人で、キャムの妹であるビープの訪問を受け、二人の関係が原因で解散したバンド、プラム・ネリーの再結成をワリが望んでいることを告げられている。そしてデイブの妹で映画スターのエヴィーは、戦闘服に身を包みベトナムを訪問、反戦運動の使者となり、キャムは眉をひそめながら、保守メディアを使いエヴィーを非難する工作を行っている。そしてワリらとバンドを再結成したデイブは、ワリが極度の麻薬中毒に陥っていることを知る。しかし、FBIのフーバー長官が死んだ日にアルバムを完成した後、改めて求愛したデイブを捨てて、ビープはワリと共に去っていくことになる。
モスクワでは、ニクソンの訪中がクレムリンをパニックに陥れていた。米国とのバランスを維持するためにニクソンをモスクワに迎えることになり、その機会にディムカとその再婚相手ナターリヤ及びターニャは、ターニャが支援してきたシベリア捕囚のワシーリイを解放する画策を行い、保守派の反対を覆し、彼のモスクワ帰還を実現している。そしてその頃、ワシントンでは、民主党本部への盗聴事件が新聞で取り上げられ、その容疑者数人が逮捕されている。ウォーターゲート事件の始まりである。ニクソン側近のキャムは、それがマリアからリークされたことも知らず彼女を訪れ、司法相にその捜査を止めるよう要請している。マリアは、協力する振りをしながら、直ちにその動きもリークすることになる。またカリフォルニアで久々のライブを行っているデイブは、ビープから、「妊娠したのでワリと別れてあなたと子供を育てたい」と告白されている。そしてハンブルグでは、自由民主党党員のレベッカが、新しい恋人のクラウスから、国会議員に出馬して欲しいと要請されている。西独では社会民主党のブラントが自由民主党との連立政権を形成している時代である。レベッカの夫で障害者のベルントは、彼女のクラウスとの関係も、議員への出馬も受け入れている。そしてそのレベッカを突然デイブが訪れ、ビープに捨てられた麻薬中毒患者のワリを受入れて再生してもらいたいと嘆願している。ワシントンでは、ニクソンがウォーターゲートを打ち返すための手練手管を繰り出しているが、次第に追い詰められ、ついに辞任の記者会見を開いている。その放送を見ているジュージは、自分が民主党議員の候補になることを打診されていることをマリアに告げプロポーズしているが、マリアは、不偏不党の公務員は特定の政治家の妻にはならない、と拒絶している。しかし彼女は「60歳で定年退職をした後は別」と言い残し彼の元を去るのである。
「第8部 庭」(1976年〜1983年)。ディムカとターニャの祖父で、ロシア革命とその後のソ連社会主義建設の英雄グリゴーリイが86歳で瀕死の床についており、そこにはアメリカから弟のレフが訪れている。彼は妊娠した女をグリゴーリイに押し付けアメリカに逃亡したのであるが、その子供が彼らの叔父のヴォロージャ将軍で、彼もその実父と対面している。二人は、スタヴローポリ州で、集団農場改革などで頭角を現しているゴルバチョフについて話をしているが、彼はまだクレムリン保守派からはうさん臭く見られている。そして4年前にシベリアから戻ったワシーリイは、ターニャの助けで、相変わらず西欧で、匿名のベストセラー著作を出版し、使うことのできない銀行預金は増えているが、ソ連では農業省のラジオ番組などを制作しながら女たらしの生活をしている。
マリアに振られたジョージは、下院議員に当選し、妊娠したヴェレナと盛大な結婚式を挙げているが、そこには祖父のレフや実父のグレッグも参列し、ポーランド出身のローマ法王の話をしている。その結婚式にはカーター大統領も短時間ではあるが出席し、またその場でジョージは「下院常設情報特別委員会」の委員職を打診されている。また生まれてくる子供の名付け親をマリアに依頼している。そのマリアは、ポーランドが今後のソ連圏の動きの鍵になると呟いている。またモスクワでも、その法王のポーランド訪問を巡り、変革の動きを期待するターニャが堅物の保守派と議論している。またワシーリイとの短い会話の後、ターニャはそのワルシャワに派遣されることになっている。また米国ではCIA本部モスクワ担当デスクで勤務しているキャムが、カーターの軟弱な共産圏対応にうんざりしている中、やはりワルシャワでのヒューミント強化のためそこに派遣されることが決まっている。
ワルシャワに赴任したターニャにはスタズという自由主義的思想を持つポーランド軍関係者と愛人関係になっている。一方ワルシャワに派遣されたキャムは慣れないスパイ活動を始めているが、そこで開催されたパーティーで、リドカというポーランド人女性と知り合い肉体関係を持つ他、ターニャとも出会い、彼女からスタズとの密談を提案されている。
東ベルリンのヴェルナーとカーラの家族は、カロリンの家族と共にハンガリーへの自動車旅行に出かけている。ワリの麻薬中毒からの回復を受けて国会議員になっているレベッカのハンガリー出張の機会に落ち合おうという計画で、レベッカに、ワリも危険をおかして同行し、そこで、彼らは、シュタージの監視員をまいて18年振りの再会を果たすことになるのである。
キャムとスタズの密会のアレンジを行うターニャは、別のポーランド人記者から、グダンスクで大きなストライキが始まっているという情報を得て、そこに赴く。そしてそこで演説する「小柄でいかり肩で、もじゃもじゃの口髭を生やしている」男を目撃する。この翻訳では「レフ・ヴァウェンサ」と記載されているが、もちろん通称レフ・ワレサの登場である。そしてその後のキャムやターニャのポーランド滞在は彼を軸に描かれることになる。またスタズがもたらすポーランドの情報が評価されたキャムは、当初上司から反対されていたリドカとの交際を認められ現地で結婚している。その結婚式には、義弟であるデイブや妻のビープも出席している。そしてターニャは、1981年9月、グダニスクで開催された第1回「連帯」全国大会に出席し、ポーランドに対するソ連の軍事的圧力を感じている。そうした中、キャムは、スタズからの情報で、ヤルゼルスキがクーデター/戒厳令計画を練っていることを知る。キャムは、ソ連の軍事侵攻がないのは良いが、レーガンからの経済制裁などの圧力でそれを阻止できないかと考え、またワシントンでその情報に接したジョージとマリアも同じように感じている。しかしクリスマスまであと2週間という雪の朝、騒音で目覚めたターニャは、通りがポーランド軍で溢れ、友人の反体制派のダヌタは逮捕されるのを目撃する。スタズの家に駆けこむが、そこには妻がいて、ターニャは彼に騙されていたことを知る。そしてキャムからクーデターの確認を得ることになる。
モスクワに戻ったターニャ。ある地方の農業政策を批判する記事を書いたことで、その地方の書記長であるゴルバチョフから、記事を評価する電話を受けることになる。それを報告したワシーリイは、戒厳令下でのポーランド「連帯」の運命を懸念しながらもターニャに求愛する。彼らは知り合ってから初めて身体を重ねている。モスクワではアンドロポフが重病に臥せっており、ディムカと共に、後任にゴルバチョフを指名させる工作を行っているが、チェルネンコに敗れ、「また停滞の時代が始まる」とがっかりしている。
「第9部 爆弾」(1984年〜1987年)。ワシントンのジョージはヴェレナとの夫婦生活がうまくいっていない。そのヴェレナが出席したレーガン支持者のパーティーには、リドカと結婚し米国に戻ったキャムや、彼が嫌う反レーガンのジャスパーも同席している。ゴシップ女記者が、ジャスパーとキャムの昔のエヴィーを巡る恋愛談を持ち出した後、ヴェレナと一緒に帰途に就いたジャスパーは彼女に言い寄る。そしてジョージは、ジャスパーによる、エルサルバドルでのレーガン政権によるCIAの違法工作の報道を見ながら、ヴェレナの不貞に気がついている。ヴェレナを追った彼は、相手がジャスパーであることを知り激怒、彼を殴りヴェレナと離婚することになる。しかし子供のジャックとは離婚後も頻繁に会えることになり、祖母のジャッキーも孫の面倒を見ることになる。テレビでは、ヒスボラによる、CIAベイルート局長の誘拐事件が報道されている。
ハンブルグでは、レベッカが、ベルントの一周忌の墓参りをしている。今や、西ドイツ外務省で副大臣を務めているレベッカであるが、ドイツ再統一には絶望している。同居している弟ワリは麻薬中毒から回復し、人気バンド、プラム・ネリーの新作を出し、世界ツアーを始めるところである。そして外交でブダペストを訪れたレベッカは、そこで知り合ったハンガリー人に、ワリの新作を東ベルリンにいるカーラやカロリンと娘アリス、リリに届けるように託すが、それはハンスに没収され、砕かれた状態でカーラたちに届けられることになる。それを聞いたワリは、西ベルリンで、スピーカーを東に向けたライブを開催し、数10万人を集めるが、東側でも熱狂した聴衆が溢れ、それを規制しようとしたハンスも諦めている。有名なD.ボウイのベルリン・ライブをネタにした挿話だと思われる。
ワシントンでは、キャムが、誘拐され、恐らく拷問されているCIAベイルート支局長の報復として、ベイルートの要人暗殺を計画している。CIAの上司の女フローレンスは、暗殺を禁じた大統領令に違反するとしてそれに異議を唱えているが、ケイシーCIA長官はそれを承認している。フローレンスは、内密にマリアにその計画を告げている。そしてキャムは、その最初の目標であるイスラム法学者の暗殺を自分の眼で見届けるべくベイルートに赴くが、実際のそれは通行人数10人を巻き込む大惨事になりながら、肝心の法学者は生き残ることになる。「フローレンスは正しかった。レーガン大統領も自分も有罪だ」、キャムはそう呟くのである。そしてワシントンでは、そのベイルートでの爆破事件の真相を、マリアから聞いたジョージが、ヴェレナの愛人となったジャスパーに伝えている。そしてその頃、モスクワではチェルネンコが死に、ゴルバチョフが後任書記長となる可能性が高まっている。それを受けてターニャは、ワシーリイとイタリアの脚本家会議に出席し、ワシーリイが実は匿名の収容所小説の著者であると発表する計画を練ってディムカに党の承認を取るように依頼するが、結局それは認められない。二人の叔母であるゾーヤの死期が迫り、彼女は40年以上連れ添ったヴォロージャが、戦後間もない時期に、米国から原爆製造の情報を盗み出した過去を回想している。かつては精悍だったその叔父も最早衰えは隠せない。
「第10部 壁」(1988年〜1989年)。レーガンや副大統領のブッシュを批判するジャスパーは、テレビのキャスターを解雇され、他社からオファされたボン特派員の仕事を受けて、ヴェレナを残しボンに赴いている。そしてそこからハンガリーの政治改革―事実上の複数政党の承認や株式市場の開設等―を取材するためにブダペストに向かい首相のネメト・ミクロシュと面談している。その面談はレベッカの紹介で実現したものである。ネメトは、ゴルバチョフのソ連はそれに介入しないだろうと確信をもって述べている。しかし、そうしたソ連・東欧の変化の兆しについての彼の報道に対し、米国国務長官のベイカーは、ソ連の態度変化は信用できず、むしろNATOの核抑止力を強化しろ、と述べ彼を呆れさせている。
1989年2月、ターニャはワシーリイを残し、「連帯」が復活したワルシャワに戻っている。7年前に戒厳令で「連帯」を踏み潰したヤルゼルスキが、今やそれと円卓会議を開催することを承認していた。「彼が変わったのではなく、クレムリンが変わった」のである。そしてクレムリンでは、訪問してきたハンガリーのネメト首相に対し、ゴルバチョフは、最早ソ連からの支援はできないと、事実上の改革を黙認する回答をしている。それは、オーストリア国境にある鉄条網を更新しないことも含まれている。それを一緒に聞いたディムカは満足しているが、その後、NATOが東西境界線での軍事力を強化しそう、という情報を聞いて、反ゴルバチョフ派からの反撃を懸念している。そしてハンブルグでは、ゲンシャー外相に随行して米国に緊張緩和を促す出張の準備をしているレベッカが、ハンガリーの愛人でネメトに随行してゴルバチョフと面談したビロの訪問を受け、ハンガリーがオーストリア国境を解放しようとしていると告げられる。レベッカは、その代償として西独からの経済支援が欲しいというビロの意向を実現しようと決めている。そしてワシントンでは、ジョージとマリアが改めて愛を確認しながら、ゴルバチョフ改革を支持することを確認している。その直後にゲンシャーと共にレベッカが、それを促す政策を促すべく米国を訪れ、マリアに歓迎されているが、肝心のベイカー国務長官やチェイニー国防長官との会議は物別れに終わる。がっかりするマリアに対し、レベッカは、ブッシュ大統領を欧州に呼び、実際の状況を知ってもらう考えを提案し、マリアはそれを受けている。
東ベルリンのリリとその家族は西独のテレビ・ニュースで、ハンガリーとオーストリア国境が開放されたというニュースを、驚きをもって眺めている。リリやアリスは、直ちにハンガリーに行き国境を越えることを主張するが、ヴェルナー等は、シュタージのハンスに目をつけられている自分たち家族は危険だと慎重である。しかし、最後はカーラが実行する決断を下している。そしてポーランドでは6月、初めての自由選挙が行われ、ターニャの予想に反し「連帯」が共産党に勝利、ダヌタも当選している。ヤルゼルスキは、改めて戒厳令を引くべくゴルバチョフの支援を求めるが、ゴルバチョフは拒否したことが、ヂムカからターニャに伝えられ、「連帯」の勝利が明らかになる。ターニャは「これは永遠の始まりなのよ」と呟くのである。
7月、ディムカとナターリヤは、ゴルバチョフに同行し、ブカレストでのワルシャワ条約機構首脳会議に同席している。ハンガリーを批判するチャウシェスクが怒声を出すのを、ホーネッカーは支持しているが、ゴルバチョフはほとんどまともに取り合っていない。またマリアは、ブッシュ大統領の欧州出張に同行している。パリで、ジャスパーのインタビューを受けるが、彼の辛辣な質問をはぐらかしながら、ブッシュが欧州の変化を感じていると答えている。そしてリリたちはハンガリーに向かい車を走らせている。途中で、「これはシュタージの罠だ」と言いふらしている男と出会うが、実は彼が、国境に向かう人々を怯えさせようとシュタージの要員であることを確認している。そして最後はハンガリー国境警備兵の暗黙の協力も得て、アリスと恋人ヘルムートはオーストリア側に去っていく。二人は最終的に西ベルリンにいる父親ワリのもとに辿り着くが、それはアリスの25年の生涯で2度目の出会いということになる。再会を喜ぶ二人ではあるが、アリスは東ベルリンにいる母親カロリンに思いを馳せている。「壁をなくすべきよ!」そしてその東独では、ホーネッカーを次いだクレンツに、ゴルバチョフが支援はないことを次げ、東独の主要都市でのデモは益々規模を増している。集会を取り締まろうとするハンスら警察官の訴えは群衆から無視され、リリとカロリンはギターを名和氏、群衆から大歓声で迎えられている。そしてボンにいるレベッカの元にはハンスが訪れ、「君を今でも愛している。私を群衆から救ってくれ」と嘆願しているが、もちろんレベッカは追い返している。そして11月、ワルシャワから東ベルリンに来たターニャは、クレンツが群衆の不満を西への旅行解禁で収めようとしているのを眺めている。しかし、何時、どのような形で認めるのか?そして国際報道センターでのクレンツのスポークスマンであるシャポウスキによる有名な記者会見で明らかになる。「東独市民の私的な外国旅行はいつから認められるのか?」との記者の問いに、彼は「直ちに遅滞なく」と答える。その報道を聞いたリリ、カロリン、ヴェルナー、カーラは直ちに国境の検問所に向かう。溢れかえる群衆。西ベルリンではワリ、レベッカ、アリスらも国境に向かう。モスクワでは、ディムカとナターリヤがゴルバチョフに、「東ドイツで暴動が起こる」と告げているがゴルバチョフは「コール首相とは話したいが、クレンツは無視しろ」と答えている。ワシントンでは、マリアがジャッキーと共にベルリンからのジャスパーの報道をテレビで眺めている。それを見ながらジャッキーがマリアに、彼女の過去の恋愛とジョージとの結婚について聞いている。かつての愛人はケネディ大統領であったこと、そして60歳になって退職したらジョージと結婚すると告げている。米国では、エヴィーとデイブが、ニューヨーク、ブロードウェイでのエヴィーの「人形の家」の公演を終えたところでこのニュースを知り、キャムはラングレーの事務所で、「結局この共産主義の方かは、自分たちが行った活動と関係なく実現した」と呟いている。そしてベルリンではついにリリやカロリン達がワリやレベッカと出会い熱い抱擁を交わすことになるのである。
「エピローグ」(2008年11月)。ジャッキーの家。ジャッキーは89歳。息子のジョージは72歳、そしてマリアは60歳で初めて花嫁になった。ジョージの前妻で再婚した69歳のヴェレナ、そしてジョージとヴェレナの息子で28歳となったジャックも妻と娘のマルガと同席している。彼らが見ているテレビでは次期大統領に当選したオバマが演説している。それを見ながらジョージの眼に涙が溢れる。孫のマルガが「何故おじいちゃんは泣いているの?」と尋ねたのに対し、マリアは「長い、本当に長いお話なの」と答え、この感動と共に、長い、長いこの戦後史を舞台にした大河ドラマが終わることになる。
まさに青年期から中年にかけて、私自身が追いかけてきた欧米の現代史を、夫々に因縁を抱え、そうした事件に参画した個人の視点からフィクションとして描いた作品で、私が今までの生涯で読んだ小説の中でも最も感動した作品となった。ここまで細かく内容を追いかけてきたのもそうした理由による。一般的な歴史叙述では表現できない歴史の機微をここまでリアルに描いた小説を私は他に知らない。このような作家を今まで知らなかったことが驚きであると共に、ここで出会った幸せも深く感じている。順序は逆になってしまったが、この大河小説の第一部である「巨人たちの落日」に手をつけ始めている。残念ながら、シンガポールで購入し手元にあるペーパーバックではなく、他の作品と同様、図書館から借りた邦訳であるが・・。
世界の「永遠」は始まったところではない。むしろこのエピローグ、2008年以降も、ロシアのクリミア併合に始まるウクライナ侵攻や中国、そしてグローバル・サウスと呼ばれる途上国の台頭等、世界は再び流動化しつつある。著者は、またこうした動きを、これまで登場した関係者の子供や孫たちの因縁を含め描くことを考えているのではないか。特に、今までの連作の舞台としてはほとんど登場しなかった中国や途上国も絡めながら。そんなことも期待しているのである。
読了:2023年5月19日 / 読了:5月27日