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川崎通信
第三双生児(上/下)
著者:ケン・フォレット 
 1996年発表の作品であるが、ここのところ読み続けた歴史物とは異なる、バイオサイエンス関係のスリラーである。しかし相変わらず面白い。

 米国バルティモアにあるジョン・フォールズ大学の構内で、火災が発生し、その混乱の中でリサという一人の若い女性が、男に強姦される。被害者は、大学のバイオ研究所で助手を務めており、そこの研究主任のジニー・フェラーミという30歳の女性助教授が被害者を慰めている。ジニーの研究は、人間の性格形成や行動が、遺伝性の要因と家庭環境などの社会的要因のどちらに依存しているかを、一卵性双生児のDNA等を比較することで明らかにするという野心的なものである。そのジニーは、その研究対象として抽出したスティブ・ローガンという若いハンサムな男と出会うが、彼はリサの強姦犯として逮捕され、リサも面通しで、彼が犯人に酷似していると証言している。品行方正でロースクールに通う彼はジニーに好意を寄せており、ジニーも彼が強姦犯とは信じられないでいる。ジニーは個人的な感情は脇に置いて、自分が調べた生命保険会社のデータ分析から、彼には一卵性双生児でデニスという凶悪犯で刑期を務めている兄弟がいると考え、その二人のDNA分析を行おうとしている。スティーブとデニスは、夫々両親がいて、彼らは普通の嫡出子であると言っているが、ジニーは、彼らが双生児で、偶々別の家庭に養子に出された可能性もあると考えている。ただデニスは収監されているので、今回の犯人ではない。

 他方、ジニーの上司であるペリントン教授は、若い頃仲間と立ち上げたバイオベンチャー企業を売却し、大金を手にする案件を進めている。しかし、彼が数週間前に新たに採用し研究を支えてきたジニーの研究室でスティーブと出会ったことで、その売却案件が重大な危機に立っていることを認識し、共同創業者である政治家(その男ジム・プルーストは、売却資金を原資に米国大統領選への出馬を計画している)らと、ジニーの研究を打ち切る工作を進めることになる。そうした中、逮捕されたスティーブは凶悪犯と同じ監獄部屋に収監されるが、「自分は無実だ」と主張している。ジニーも、それを信じながら、彼の出生の秘密を探るために、彼の両親が不妊治療を受けたという施設を突き止めるが、そのクリニックはペリントンのバイオベンチャーの傘下にあった。そこではデニスの両親も治療を受けていたのである。そこを訪問するジニーを妨害するため、政治家は、別の男に依頼を出す。彼はリサの強姦犯で、彼にまたジニーも襲わせようという工作である。こうして上巻が終わるが、ここで何故スティーブが犯人と酷似しているとして逮捕され、またデニスは収監されているので犯罪は起こせないのに何故という疑問が解けることになる。そこには第三の一卵性双生児がいたのである(以上、上巻)。

 こうして下巻では、実際のリサの強姦犯であるこの第三の双生児を突き止め、スティーブの嫌疑を晴らそうとするジニーの活躍と、それを阻止しようとするペリントンらの攻防が、スリリングに展開される。しかし、話は単純な「第三双生児」ということではなかった。クリニックやFBIの犯罪者リストなどを駆使しながら、その可能性のあるスティーブと瓜二つの男を特定するが、彼はリサの襲われた時間には確実なアリバイがあった。そしてジニーが更に調べていくと、同じ「双生児」は、まだ数人存在していたのである。彼らは全て、22年前、ペリントン傘下のそのクリニックで、全く違う父母のDNAを対外受精させ、それを当人に告げることなく不妊治療を受けていた女性の体内に移植して誕生していたのである。それは軍の影響下、健康で従順な「理想的人種」を作り出そうという優性思想の実験だった。それが何人もの「スティーブ」と同じ容貌のクローンを作りだしたのである。

 以降は、ペリントンの策略で大学の研究職を解雇されたジニーが、リサ並びに一時保釈されたスティーブの協力を得ながら、こうしたクローンを突き止め、彼らを証人として会見場に登場させペリントンらのバイオベンチャーの売却を阻止しようとする動きと、それに対抗するペリントンらの攻勢が描かれる。そしてリサを襲い、その後はジニーも襲ったクローンは、実はペリントンが保護していたことが分かり、ジニーらは彼を拘束すると共に、スティーブが彼を装いペリントン家に侵入、記者会見でそれを暴露しようと画策する。そしてその買収記者会見の会場で、更に一進一退の攻防が繰り広げられ、しかし最後はジニーたちの勝利に終わり、ジニーとスティーブは結ばれることになるのである(以上、下巻)。

 英国でクローン羊が誕生したのが1990年代の最後で、その際もちろんその技術は人間にも適用できるが、倫理上の問題があるということで、それは事実上禁止されている。そうした近代バイオ科学の最前線を先取りし、それをこうしたスリラーに仕立てた著者の力量には改めて感服させられる。特に、結末は見えているが、そこまでどのように展開させるのだろうと、下巻はいっきに読み進めてしまったのである。まだ当分、この著者のその他の未読作品を探すことになりそうである。

読了:2023年8月6日(上)/ 8月8日(下)