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川崎通信
ルポ トランプ王国 / トランプ王国2
著者:金成 隆一 
(ルポ トランプ王国)

 2024年の米国大統領選挙に向けて、前回選挙で一旦敗北したトランプが、依然共和党の選挙戦で優位を保持している。2016年の選挙で当選し、その後、派手な言動による米国一国主義を推し進め、国際的には数々の軋轢をもたらした後、2020年の選挙で敗北するが、その結果を認めず、議会乱入事件等も扇動したことで、現在多くの嫌疑で告発されることになる。しかし、そうした告発も全て「陰謀」と嘯き、また2024年の選挙戦でも、依然共和党の先頭を走るという状態が続いている。その意味で、トランプ現象はまだ終わった訳ではない。そんなことで、もう一度この男と米国民の反応を復習しておこうと思い、2017年4月に一回読んだこの新書と、同じ著者が続けて出版した続編を眺めることにした。まずは、再読の本書であるが、当時の評がそのまま使えるので、以下再録しておくことにする。

(2017年4月29日 記)

 日本出張時に読み終えたが、ちょうどそのタイミングで、トランプが大統領に就任してから100日の、所謂「ハネムーン期間」が過ぎたところである。言うまでもなく、衝撃的な彼の大統領選勝利から始まり、就任直後の鳴り物入りの幾つかの大統領令への署名、そして移民制限やオバマケア廃止に関わる挫折を経て、シリアやイラクへの武力介入と北朝鮮近海への空母カールビンソン派遣まで、彼に主導される米国の政策は目まぐるしく動いてきた。その今後の展開は依然予断を許さない状況が続いている。

 そうした中で、朝日新聞の米国(及び国連)特派員による、選挙前の「トランプ現象」を追いかけたルポを読了した。あとがきの日付は、昨年(2016年)12月23日なので、上記の政権初期の動きの中では、移民制限やオバマケア挫折の前の時点までのルポと分析・評価ということになるので、後者については、既に鮮度が落ちている。しかし、選挙期間中からのトランプに対する米国中流階層の考え方と、それに基づいた分析・問題提起は依然この国と世界の今後を見る上で、一定の視点を与えてくれる。

 トランプは、大統領選挙の約1年前の2015年7月以降、大方の期待を裏切って共和党候補者の中で支持率トップに躍り出て、そのまま大統領に当選することになるが、この現象の実態を探るため、著者は2015年11月以降、オハイオ州、ペンシルバニア州といった「「ラストベルト(さびついた工業地帯)」」地帯を中心に取材を始める。そこで目撃したのは、既成のメディアでは報道されない、トランプへの熱狂的な支持であった。これらの地域では、従来は、工場労働者を中心に、民主党の支持基盤であったが、それが今回は大きくトランプ支持に舵を切るという「前代未聞」の事態が起こっていたのである。

 著者の個別インタビューの詳細は省くが、そこで著者が目撃したのは、「高校を出れば、しかるべき職が有り、そこでまじめに働けば、子供の十分な教育や長期の休暇などを含めた安定した生活が営める」という米国ミドルクラスの「アメリカン・ドリーム」が、製造業の衰退により今や危機に瀕しているという姿と、それがFTA(自由貿易協定)や不法移民への批判となっている実態であった。そうした不満は、既成政治の象徴と見られたヒラリーへの不信と、アウトサーダーで新鮮さのあるトランプへの支持に繋がっていく。興味深いのは、こうした不満から、例えばヒラリーが「(差別主義者や外人嫌いについて)惨めな(deplorable)人々」とコメントしたことでさえ、衰退するミドルクラスの人々を「惨め」と呼んだとされて、彼女に対する敵意となってしまった、という現象。トランプが鼓舞する差別主義的発言―KKKからの献金疑惑も含めーへの敵意よりも、それに対するヒラリーのコメントの方がネガティブにとらえられるという事態が起こっていたのである。

 また著者は、民主党予備選で、若者中心に旋風を巻き起こしたバーニー・サンダースについても一章を設けてコメントしているが、ここでも「いつも機嫌が悪い、言いたいことが沢山あるバーモントのおじいさん」が、既成政治家への不信の受皿となっていたことが語られている。ある支持者が「21世紀のフランクリン・ルーズベルト」と呼んだこの男に対しては、トランプ支持までには割り切れない民主党内のエスタブリッシュメント批判票が流れたと思える。

 こうしたトランプ大統領誕生までの草の根のルポを終えた後、著者はこれをもたらした社会状況と、今後に向けての問題を整理している。前者は、言うまでもなく、米国の繁栄を支えた巨大なミドルクラスの凋落(ある世代が親の世代よりも裕福になれる確率が低下)と所得格差の拡大であり、それは日本も直面している問題である。そして後者は、トランプの勝利自体が、米国の民主主義の元での変化であったと同時に、極端に言えばナチスと同様、そうした民主主義を利用して、「自由、民主主義、多様性の尊重、言論の自由、機会の均等など、アメリカが大切にしてきた理念を語ろうとしない人物」を大統領として選択した、という問題である。そうした大統領が、今後自分の権力をどのように使っていくのか?同様に、今回トランプが「平然とウソを繰り返したり」、他方で大手マスメディアの報道を「fake news」と呼び、公然と対立したことは、ネットの世界も巻き込み「何が真実か」を見極めることの重要性を示すことになった。これも極端に言えば、ナチス、ゲッペルスが巧みに利用した、独裁者によるデマゴーグ問題を現代において改めて我々に突き付けていると言える。

 最後に著者は、労働者のスキルの低下とその将来的な育成への不安、そしてそこから生じる仕事のミスマッチ問題から、トランプ支持にまわったある工場経営者を紹介しているが、これも日本が直面している大きな課題である。グローバル化の勝者と敗者を示したエコノミスト、ブランコ・ミラノビッチが作成した「象グラフ」で著者が示しているとおり、グローバル化の恩恵を受けているのは、先進国の少数の富裕層と、途上国の中間層で、先進国の中産階級は明らかにそこでの敗者となっている。その社会問題の解決に一定の展望を示すことに失敗すると、今後先進民主主義国での「ポピュリズム」は、極端な方向に動いていく可能性がある。

 トランプに関しては、冒頭に述べたような極端な移民排斥の大統領令が、司法の壁により阻止されたり、オバマケア改定案が議会に阻止されたりと、それなりに米国のチェック&バランスが機能していることが示された。しかし同時にその失敗を、シリア、アフガン、北朝鮮への武力行使や圧力で外交に転嫁しているのは、ありふれた場当たり的な政策で、中長期的な政策の一貫性があるとはとても思えない。こうした「綱渡り」を行っている間にも、相変わらず「ラストベルト」では工場閉鎖が続いている。トランプに対する期待がはげるのは時間の問題である。その時、トランプが何を考え、そして彼を支持した米国の中間層、そしてそれを利用しようとする既成政治家がどのように動くか。米国政治は、ますます大きな「不確実性の時代」を迎えている。そして日本も、こうした米国とどのように付き合っていくかという点に加え、国内的にも、同様の中産階級の没落と所得格差の拡大への対応を真剣に考えていかなければならなくなっているのである。

(ルポ トランプ王国2)                  
                                
 そしてその続編、前作から約3年後の2019年9月の出版で、トランプの大統領就任から2年を過ぎ、中間選挙を経て、その評価等にも変化が見られる中、前作で訪れたラストベルト等のトランプ勝利の鍵になった地域やそこで出会った人々を再訪したりしている。それは、約4年半に及んだ著者の最後の米国での報告であると共に、まだこの時点では結果が出ていない2020年の大統領選挙でのトランプの運命を予想する取材となっている。

 詳細は省くが、政権を掌握し、約2年の時間を経たトランプに対する賛否は夫々で、恐らく個別にインタビューした個人により異なる。ただ前著で感じたようなトランプに対するうねりの様な支持は次第に消えてきているというところであろう。オハイオ州では、トランプが「家を売るな」といったにも関わらず、地域最大のGM工場が閉鎖され、彼が約束した雇用は維持されなかった。そして「政界のアウトサイダー」で、東部や西部の巨大企業からの献金を受けていない「ビジネスマン」という新鮮さで彼に期待した支持層の支持も薄れている印象である。実際、2016年にトランプ旋風が吹き荒れたミシガン州の二つの選挙区では、2年後の中間選挙で、「共和党の郊外での減速と民主党の女性政治家の台頭」が示されたという。しかし、それは、結果的に2020年の総選挙で彼が敗北したことを知った上で、この続編を読んでいるから、という気持ちも否定できない。東部や西部の「専門職エリート層」に対する、伝統的産業の労働者たちの被害者意識は、それほど簡単に消えるものではないだろう。著者は、今回の続編で、やや違った視点から「帰還兵」やトランプ支持の「岩盤」となっている南部「バイブルベルト」と呼ばれている地域もルポしているが、前者では、トランプが兵役逃れをしていたことについての批判もあり、賛否交々である。そしてこの続編の最後は、中間選挙で「(29歳という)市場最年少の連邦下院議員になった」ヒスパニックの女性、アレクサンドリア・オカシオコステスと、2020年の大統領選挙で再度の大統領挑戦を目指すバーニー・サンダースを取上げ、民主党内の「社会主義」勢力を取材しているが、これも結局、民主党も最後は「中道」バンデンを選んだという結果を知っていると、それほど大きな関心を引き起こすものではない。実際、2024年の大統領選挙に向けて、この二人が話題となっているという話は聞かない。

 2020年の大統領選挙では、結局、前回選挙でトランプが勝利したペンシルバニア、ミシガン、ウィスコンシンの「ラストベルト3州」で、バイデンが勝利したことが決定的な要因であった。その意味では、「ラストベルト」はトランプを見限り、再び民主党に回帰したということであるが、それは、恐らくはトランプに対する批判票ということで、決してバイデンに対する積極的な支持であったとは思えない。他方、トランプが、この選挙を「不正選挙」と決めつけ、2021年1月の連邦議会に支持者が乱入した事件まで発生することになり、それを煽ったということで、トランプ自身が現在それを含めた幾つかの容疑で起訴され、法廷闘争の最中にある。しかし、それにも関わらず、2024年の大統領選挙では、依然トランプが共和党候補の先頭を走っているという奇妙な事態が続くことになる。いったい、米国はどうなっているのだ。

 社会構造の転換による、米国の経済成長を支えた中産階級の没落(アメリカン・ドリームの消失)と所得格差の拡大が、トランプ台頭の要因だったことは間違いないが、それは
「米国第一主義」への転換、という掛け声だけでは効果を発揮することがなかった。そして政治資金的に独立した「政界のアウトサイダー」という売りも、徐々にその場当たり的な対応が鼻につく状況となり、結局米国有権者は、バイデンという、より「毒のない」中道路線を選択したということであろう。しかし、バイデン政権も、こうした米国社会の変化に果敢に挑戦していこうという意図は見えないことから、相変わらずトランプは、その幻想にしがみつく一部の熱烈な支持を受け続けることになっている、ということなのであろう。いずれにしても、2024年の選挙が近づく中、相変わらず主要な対立候補が80歳前後の二人であるというのは、あまりに異常と言わざるを得ない。既に米国での仕事を終え、現在は日本で別の取材を行っていると思われる著者が、それをどう見ているかは興味があるところである。

 そんなことで、著者の米国での多くの一般人への取材はそれなりに面白かったが、この続編は、それこそ前著での「新鮮さ」が薄れ、やや退屈なものになった感は否めない。むしろ今後は、2024年大統領選の今後の行方と、そこでの米国における指導者の世代交代可能性が最大の焦点となるのは間違いないであろうが、それを現地から伝えるルポが期待される。

読了:2023年9月3日