プーチンと西側世界
2023年9月15日
2023年9月、NHK衛星放送が、「プーチンと西側世界」と題された英国BBC制作のドキュメンタリー3部を続けて放送した。第一部は「ロシアの“裏庭”で」、第二部は「アラブの春への反撃」、第三部は「ウクライナ侵攻への道」と題されていて、現在進行中のウクライナ戦争に至る道程が、欧米等の多くの政治家によるプーチンとの交渉等を中心に、迫力満点に描かれている。特に、重要な政治直面でプーチンと対峙した欧米政治家の多くの証言は、こうした政治展開を理解する上で、たいへん興味深い。こうした人物の多くにインタビューを行いーその中にはロシア外交官といった反欧米の立場からの証言も交え、バランスを取ろうとしているー番組を作っていく姿勢は、その説得力を増すことになる。ここでは夫々の主要な内容を、政治家たちの証言を中心にまとめておくことにする。
第一部「ロシアの“裏庭”で」は、まずプーチンと25回会ったというバローゾ欧州員会委員長(以下、肩書は当時のもの)の証言から始まる。彼を始め、英国のキャメロン、メイ、ジョンソン、フランスのホランド等が、プーチンの嘘に溢れた攻撃性についてコメントした後、2013年11月、リトアニアのブリュギスで調印が予定されていたウクライナとEU間の通商協定がプーチンの圧力で頓挫する事件が取り上げられる。アシュトンEU通商代表によると、当時のウクライナ大統領ヤヌコヴィッチは、プーチンの圧力に屈し、結局欧米との協定を反故にして、ロシアとの協定を締結したのである。安価な石油や天然ガスがロシアからウクライナに提供されるが、キーウでは、その大統領の姿勢に民衆の批判が高まり抗議デモが盛り上がる。2014年2月、ヤヌコヴィッチの指示で機動部隊が民衆に発砲、20人を超える死者がでて、これを契機にヤヌコヴィッチ政権は崩壊する。そして、プーチン自身の証言で、この事件により、彼はヤヌコーヴィッチを保護するだけではなく、クリミア半島をロシアに編入する決意を固めたことが示される。そして、国章をつけないロシアの軍隊がクリミア半島に集結する。それまでは傍観していた米国オバマ政権が、欧州と手を携えた経済制裁という形で介入し、キャメロンが、この経済制裁の具体案を提案したことが証言される。EU首脳会議で、その制裁が決まるが、EU各国のロシアへのエネルギー依存や経済関係から制裁は限定されたものになり、クリミアはロシアの統制下の住民投票でロシアに編入されることになる。欧州訪問時に、「ロシアはただの地域大国だ」と述べたオバマのコメントがプーチンの屈辱感を刺激した、というバローゾ等の証言が紹介される。ロシアの触手は、クリミアからウクライナ東部ドンバスに拡大している。この時期、ロシアはG8からは追い出されるが、ノルマンジー上陸記念式典にはプーチンが招かれ、ホランドとメルケルの仲介で、ウクライナの新大統領ポロシェンコと会談がアレンジされるが、プーチンは、クリミアにはロシア軍はいないと主張し、物別れとなる。またオバマとプーチンの電話会談中に、ドンバス上空でマレーシア航空機の撃墜事件が発生し、オランダがロシアに対する制裁強化を主導することになる。米国では強力なジャベリン・ミサイルの提供が承認される。ウクライナ東部での戦闘が激化する中、ベラルーシでのプーチンとポロシェンコが面談。ホランドとメルケルも同席する。しかしプーチンはウクライナにロシア正規軍はいないと改めて強弁し、ミンスク合意書が締結される(ホランド証言)。ポロシェンコは、ミンスク合意はウクライナの軍備強化の時間を与えてくれたと評価。パロ−ゾによる、「プーチンは、ウクライナは欧米が作ったと思い込んでいる」という証言で第一部が終わる。
第二部「アラブの春への反撃」。「プーチンはとことん悪人になれる。ソ連の再興しか考えていない」(キャメロン)。「嘘はプーチンの政治手法」(ホランド)。2011年2月までにチュニジア、エジプトで民衆蜂起により独裁者が追放される。続いてリビア、ガダフィが、同様の抗議運動に直面し、虐殺を開始する。それを阻止するための欧米の介入には、ガダフィ追放のための国連決議でのロシアの棄権が最低条件である。バイデン副大統領がロシアを訪問し説得を企てる。プーチン「欧米は内政干渉するべきでない。各国の主権を尊重すべき」。しかし西側はリビアへの空爆を開始。プーチン「十字軍だ!」。ガダフィは結局民衆に処刑されるが、次のターゲットはシリアのアサド大統領。ロシアは国連でシリア介入に、拒否権行使。2012年3月、プーチンは首相から大統領へ返り咲いている。6月G20が開催され、欧米はロンドン五輪で、プーチン説得を試みる(キャメロン回想)。ロシア外交官「欧米にはアサドの後の計画はない」。シリア内戦激化。2013年ケリー国務長官、モスクワへ。3時間待たされてプーチンと会談。ラブロフとの協議。ダマスカスでは、アサドが化学兵器を使用。しかし2013年8月のG8ではプーチンはアサド支持を変えず、またアサドによる化学兵器使用を認めない。シリア空爆のキャメロン案は英国議会でも敗北。オバマも空爆は先送りする。モスクワでのG20。中国、インド等もシリア空爆を拒否。プーチンはオバマに、シリアの化学兵器不使用を約束している。シリア国内抗争勢力の面談提案。しかしアサド政府はそれを拒否し交渉は終了。シリア内でのIS勢力拡大。プーチン、国連でIS非難。西側が世界の分断を生んだ、との批判に一部の国も賛同。ロシアによるISターゲットのシリア(アレッポ)空爆開始。英国外相「ロシアは、ISではなく、学校や病院を空爆」と批判するが、ラブロフもプーチンもそれを否定。ホランドは、シリア内戦はアサドの勝利で終わらせるというプーチンの決意を感じている。そしてアサドは生き残り、プーチンは勝利宣言。その光景は、今ウクライナで繰り広げられているものである。
そして第三部は「ウクライナ侵攻への道」。ジョンソン証言「あなたを傷つけたくないが、ミサイルを使えば直ちにできる」。プーチンは、いかにして西側を翻弄しウクライナに侵攻したか?
2017年1月、トランプ政権発足。ウクライナ大統領ポロシェンコはトランプを訪問し、「プーチンを信用しないで欲しい」と懇請する。トランプは、ウクライナにジャベリン提供を約束する。しかしそう簡単ではなかった。一週間後のG20で、トランプはプーチンと初対面。プーチンは、米国の兵器提供を阻止するべく、トランプに働きかける。しかし大統領補佐官らによるトランプ説得が奏功し、兵器提供承認。ロシア外交官は、「米国は一線を越えた」とコメントしている。NATO拡大の歴史。NATOによる新たなミサイル配備計画とプーチンの対抗策が説明される。英国でのロシア元諜報員の化学兵器による暗殺を受け、メイ首相は、ロシア関与を公表し、ロシア外交官を追放。同盟国―EU16か国も追従する。しかし、ロシアも対抗措置を講じ、英国他賛同した諸国の外交官を追放している。プーチン、大統領再選。2018年10月トランプによるINF条約(1987年、レーガン・ゴルバチョフ調印)破棄が宣言され、プーチンも対抗措置を公表している。2019年1月、NATO会議にロシア招待。プーチンは、「問題はロシアではなく、欧米だ」と譲らない。2019年4月、ウクライナではゼレンスキー大統領が就任。2019年12月、フランスでのサミットでの、プーチンとの最初で最後の対談で、ゼレンスキーはミンスク合意の再検討を提示する(メルケル、マクロン同席。現在まで唯一の両名対談)が、プーチンは聞く耳をもたない。そしてクリミア併合7周年を大々的に祝っている。NATOとプーチン、夫々大規模な軍事演習を行い、ゼレンスキーはNATO加盟努力を進めている。しかしウクライナのNATO加盟には、ストルテンブルグは慎重対応である。ロシア、軍事演習は終わるが、国境近辺の軍備は残る。ジョンソン首相は危険を感じ、ウクライナへの軍事援助を拡大。米国ではバイデン大統領就任し、副大統領時代に何度も会ったプーチンと会談。しかし2021年1月、ウクライナ侵攻への懸念は高まる(CIA長官)。2021年12月、新任大使認証式でのプーチンによるNATO批判。ジョンソンは、プーチンに対し、「ウクライナのNATO加盟はウクライナの選択」と告げ、ロシア外交官は、「NATOは嘘つき」とコメントしている。2022年1月、NATO会議へのロシア招待(2019年以来初めて)。そこでグルシコ外務次官は「NATO不拡大の確約要請」を行うが、ストルテンベルグ、防衛行動と反論している。西側首脳は、電話会議でロシアに対する経済制裁を協議。しかし石油・天然ガス問題等もあり、例えばイタリアは懸念を表明(ドラギ首相)。その間も、ロシア軍は国境へ進軍し、CIAはその情報入手し、ゼレンスキーに情報提供している。2月1日、ジョンソン首相は、キーウ訪問し、ゼレンスキーと面談。当時は、プーチンは張ったりという見方もあり、ウクライナはパニック阻止を優先課題としている。ジョンソン・プーチン電話会議。「ウクライナ占領は大惨事」。プーチン「当面NATO加盟はないと言った」。冒頭で紹介されたプーチン発言、「ミサイルを使えば、一分で(占領)できる」はこの時の彼の言葉である。3日後、プーチンは、中国冬季五輪に参加し、中国との強い連携を宣言している。イギリス国防相はロシアを訪問するが、ショイグ国防相は、「ウクライナは闘わない」と突き放す。そして2月24日、侵攻が開始される。その夜のゼレンスキーの回想と共にこの第三部が終わる。
2014年のロシアによるクリミア併合から、2022年のウクライナ侵攻までの過程が、欧米そしてロシアの当事者の多くの証言で再構成されている、見応えのあるドキュメンタリーである。もちろん、多くは「プーチンは嘘つき」といった欧米側のコメントが中心であり、プーチンが、そうした虚言を繰り返しながら、欧米側の分裂を利用し、自分の野望を進めていった姿が描かれる訳であるが、他方で冒頭にも述べたとおり、ロシア側の証言も交え、バランスを取る努力もしている。これだけの重要人物の証言をとる番組の悪性方法を見ると、やはり欧州というのは非常に政治家間の人間関係が濃密で、また制作側もこうした多くの重要人物にインタビューできるという大きな利点があることを改めて認識する。これだけ多くの国の関係者の証言をまとめた番組を作るというのは、日本のメディアでは中々考えることができない。
他方で、この番組だけでは、ウクライナ戦争を含めた国際政治の地球規模での動向を見ることは出来ない。特に、この番組では、中国や日本を含めたアジア諸国のウクライナ問題に対する関りは一切触れられていない。また欧米対ロシアに益々二極化していった過程で、グルーバル・サウスと呼ばれる新興国によるこの問題への対応がほとんど言及されていないのも物足りない。
中国のウクライナ戦争に対する態度は、微妙であるというのが一般的な見方である。ロシアとの関係は維持したい。しかし、中国とウクライナは、歴史的に軍事技術提供(空母の提供等)を中心とした関係も深い。そうした中で、現在中国は、国連での各種ロシア非難決議に反対したり棄権しすると共に、欧米の経済制裁で苦境に立つロシアからの原油・天然ガス輸入の拡大などでロシアを経済的に支援する。しかし、軍事援助は、中国にとっては欧米からの新たな経済制裁を促すことから慎重である。それは足元では、プーチンによる北朝鮮、金正恩との会談とそこでの武器援助の要請という動きになっているが、これは、ロシアがそこまで追い詰められているのか、という印象をもたらしているのである。こうしたウクライナ戦争を巡るアジア諸国の動きは、本来であれば日本のメディアがカバーしなければならないのだろうが、同じような企画を日本のメディアから期待するのは難しそうである。
そんなことで、改めて欧州メディアの力を強く感じた番組であった。
尚、続編として、「ロシア 洗脳される国民」(9月11日23:20より)が放送されたが、これは見逃してしまった。こちらも機会があれば観ておきたい。
2023年9月15日 記