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川崎通信
アフリカ 人類の未来を握る大陸
著者:別府 正一郎 
 1970年生まれのNHK国際放送記者による、2021年2月出版のアフリカ紹介の新書。アフリカのみならず、イラク戦争、シリア内戦、ISの取材など、戦争地域の危険な前線の取材経験豊富な記者で、2018年からの南アフリカ、ヨハネスブルグ駐在時のこのアフリカ報告でも、コンゴ等、相変わらず武装勢力等が跋扈する地域の取材を含め、光と影が交錯するこの大陸の現在の生の姿を多面的に伝えている。

 「国連の統計によると、アフリカ大陸の人口は、1990年には6億人あまりだったが、2021年時点でその2倍以上の13億人となり、また今後も増え続け、2050年までには、更に倍増して25億人近くになると予想されている」という人口爆発から報告が始まる。高い出生率はもちろんそれなりの経済成長をもたらすことから、この大陸への中国を含めた大国の投資競争をもたらすが、同時に富の偏在化は益々進み、極貧水準にある人口も急増することになる。そして、そうした増加する富を巡る争いは激化し、それが不安定な政治体制をもたらすのである。

 こうして著者が訪れ取材をしたアフリカ各国の現状が詳細に報告されることになる。まずは著者の駐在地南アフリカ。2019年初めのラグビー・ワールドカップで優勝したこの国の代表チームを率いたシヤ・コロシという黒人キャップテンが紹介され、1994年のマンデラ大統領誕生を含めたアパルトヘイト廃止とマンデラが推奨した「報復ではなく赦し」を基盤とする「虹の国」作りの努力と、しかしその後も依然残る白人・黒人の障壁や、黒人の中でも広がる一方の貧富格差、そして白人国民の中に残る旧宗主国英国への錯綜した感情等が語られる。特に2020年初めからのコロナ感染拡大が、この貧困格差の拡大をますます顕在化させ、国民の不満の増大や治安の悪化をもたらしたことは容易に想像される。高級住宅街と貧民街である「タウンシップ」が併存するこの国は、アフリカの現在を象徴している。

 欧州列強の植民地支配から独立したアフリカ諸国。しかしそうした列強が勝手に引いた「国境」が未だに国作りに困難をもたらしている例としてカメルーンが取り上げられる。80%の旧仏領と20%の旧英領からなるこの国は、2か国語が公用語とされるが、実態は旧仏領主導で国作りが行われ、その出身であるビア大統領が40年以上に渡る超長期政権を続けている。しかし近時、旧英領地域の不満が高まり分離独立運動が、武力抗争も含めて強まることになる。主要な輸出資源である石油が旧英領地域に集中していることも、この地域対立を激化させる要因になっているという。かつて著者が取材したイラクやシリアも、第一次大戦後の英仏の植民地主義による分割を経て生まれ、それも内乱の原因の一つであるとされているが、カメルーンもそうした植民地支配の歴史が時限爆弾の様に破裂しているのが現状であると見るのである。

 続いて、よく指摘されるアフリカへの中国の進出が、ケニア、ザンビア、アンゴラ、セネガルの例で報告される。かつて私も訪れたケニア・ナイロビは、中国人と中華料理店で賑わっているという。ナイロビ、ケニア間480キロを結ぶ鉄道も、9割が中国からの融資により2017年5月に開通したそうである。私がこの国を訪れた1987年頃は、この国の経済を握っていたのはインド系で、モンバサの高級リゾートにはインド人家族の姿が多かったが、いまや中国が席巻している。セネガルの首都ダカールにも、大型スタジアム、博物館、劇場などが中国からの無償の融資で建設されている。一方で中国企業の進出で地元の零細業者が潰れ、また前述のケニアの鉄道が自然公園の中を貫くことで環境破壊をもたらしたとの批判も強い。ルアンダやアンゴラでも、中国の融資により多くの近代的ビルが建設されているが、そこでは「債務の罠」が深刻化しており、特にアンゴラでは中国からの融資は、同国で豊富な原油が担保となっている。当然ながら政権側はそうした懸念は否定するが、国際社会や国内の反対派からの批判は強く、今後の火種となることは間違いない。

 気候変動がこの地域に及ぼしている現状の報告が続く。「干ばつや熱波といった極端な気象現象に加えて、海面の上昇や海水温の上昇」といった世界各地で発生している現象が、アフリカの脆弱な国々には特に厳しい影響をもたらしている。西部内陸部にあるブルキナファッソ(私は初めて聞く国名である)の農村への干ばつ被害。海水温上昇が、タンザニアのインド洋に浮かぶザンジバル島の海藻養殖業を襲う。同じインド洋に浮かぶアフリカの「優等生」モーリシャスでも海面上昇により、観光資源である美しい砂浜がどんどん削られている。気候変動の原因と言われるCo2排出は、欧米あるいは中国がその大量排出国であるが、その被害はアフリカを含めた途上国に最も深刻な被害をもたらしているという、今では一般的に言われている主張についての具体例である。

 中部ニジェールの7.0%という高出生率の理由は、経済成長の一方で広がる格差拡大を原因とする「児童婚」の増加であり、それが「フィスチュラ」という若い女性の膣の疾患も増加させているという。豊富な埋蔵量があるとされる金やダイヤモンド、あるいはその他希少資源を巡る紛争は、この地域を舞台とする映画でも頻繁に取り上げられているが、特に西アフリカのニジェール、マリ、ブルキナファッソといった国では、IS等の過激派組織が介入して紛争が激化することになる。著者はそうした国々の資源採掘に群がる人々や、その密輸ルートとなっている、ほとんど管理されていない国境地域等を取材する。またそうした紛争で幼くして傷つき障碍者としての人生を余儀なくされている少年・少女たち。このあたりは、もちろん現在戦争が行われているウクライナやガザなどでも起こっている悲劇であるが、アフリカのそれは、著者などの懸命の報告にも関わらず、メディアがほとんど取り上げることがないのが実情である。「紛争下の性暴力」と闘い、2018年のノーベル平和賞を受賞したコンゴのデニ・ムクウェゲ医師も、自国コンゴでは、独裁政権の報道統制により、ほとんど名前を知られていないという。他方かつて1994年に、ツチ族とフィツ賊の間で悲惨な内戦を繰り広げたルアンダは、今や「リープフロッグ」で、いっきにドローンなどの先端産業を使った近代化を進めようとしている。ルアンダ下院の女性議員比率も61%を越え、ナミビアや南アフリカでも40%を越えるなど、女性活用は先進諸国よりも高くなっている。そして著者は最後に、1990年2月に解放されるまでの27年間を獄中で過ごしたネルソン・マンデラによる「監獄からの手紙」の紹介を行い、この新書を締めくくっている。彼がそこで構想し、解放後もその実現に尽力した「対話と融和」に基づく「虹の国」が、これから更に進んでいくかどうかは大きな岐路に立たされている、という冒頭の課題が再確認されるのである。

 アフリカが今後の国際政治・経済で大きな比重を占めてくるであろうことは間違いない。政治的には、国連等における途上国の数の力が、それなりに影響力を強めているのは確かであるし、経済的には成長余地が大きいことから、ここでのビジネス機会をどのように掴んでいくかは、先進諸国にとっても重要な課題である。しかし、前者については、この本でも否定的な側面として描かれている様な、政治体制の不安定や貧富格差の拡大とそれに伴うもろもろの社会的問題にどのように対処していくかが問われることになる。今朝(1/25)の新聞でも、この本で取り上げられている多くの国で、最近でも軍事クーデターが発生したり、またその中でロシアのワグネルが、軍事面のみならず、SNSを使った情報戦でも暗躍している様子が伝えられているが、おそらくこの本の出版後の3年でも、多くの変動が起こっているのだろう。そう考えると、やはりこの地域への進出は慎重にならざるを得ないというのが一般的な見方であろう。まさに希望と切望が拮抗し、それが次にどう展開していくか、予断を許さない地域であることを改めて痛感させられる一冊であった。

読了:2024年1月21日