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川崎通信
ホームズ二世のロシア秘録
著者:B.フリーマントル 
 続けて同じ著者の小説第二弾。偶々手に取った作品だが、読み始めて直ぐに、同じシリーズでの前作「シャーロック・ホームズの息子」があることが分かった。その前作で、主人公が米国で行った活動が言及され、その第二弾としてここでのロシアの任務が与えられ、且つそこで登場した人物や事件が、今回も大きな鍵を握るという設定になっているのである。本来そちらを読んでからこれに移るべきだったが、時既に遅し。それでも前に読んだ同じ著者の作品と同様に面白く読み進めることができた。

 「シャーロック・ホームズの息子」ではあるが、父とはわだかまりの多い微妙な関係にあるセバスチャン。その彼がシャーロックの兄で、チャーチルの側近でもあるマイクロフトから第一次大戦直前のロシアに潜入する任務を与えられる。ロシアにある英国大使館からは現地情勢は安定している、という報告が来ているが、チャーチルの見立てではそうではなく、大陸での戦争の気配やロシア帝政自体への不安も増している。それを確認するというのがサバスチャンの任務で、新聞記者の身分証でサンクトペテルスブルグに入るのである。

 こうしてセバスチャンのロシアでの活動が始まるが、まずは雇った乗合馬車で、皇帝の宮殿であるツァールココエ・セロに向かうが、直ちにその行動を察した秘密警察オハラナに拘束される。彼を救ったのは、チャーチルからセバスチャンを支援するよう依頼されていた英国大使館付武官であるブラックで、その後は彼との駆け引きが一つの展開の軸になる。他方で、彼が状況を報告する英国側は、叔父であるマイクロフトに加え、父のシャーロックや彼の盟友ワトソンが、その報告を受け、チャーチルを巻き込みながら動くことになる。

 プラウダ出版社訪問とそこでの爆発事件やスターリンとの出会いを挟みながら、大使館主催ガーデンパーティでのオルガとの再会。オルガは、この前作でも登場し、米国に向かう船で知り合った仲であるとされるが、彼女は、実は皇族であると共に秘密警察オハラナの長官であるオルロフの娘で、彼女を通じてセバスチャンはオルロフと会うことに成功する。そのオルロフは、ロシアの帝政に危機感を板いており、セバスチャンに対し、緊迫する国際情勢とそれを受け、いざとなった時に皇帝家族を英国が受け入れてくれるかを囁くことになる。まさにそれはチャーチルから受けたセバスチャンの任務であり、彼は、ロシア情勢が安定していると報告する大使館やブラックをごまかしながら、暗号を使い、本国への実態報告を進めるのである。そしてオルガとの恋愛沙汰や英国大使館にいると彼が目をつけたオハラナのスパイの摘発。他方では民主派の寵児として伸し上がってきたケレンスキーとの接触や、シャーロックらのスイス訪問時の、そこでのレーニンらの活動、そしてセバスチャンがオルガと一緒に乗った馬車に対する爆弾テロなども挟みながら展開され、最終的には、オルガに寄り添った形でのフランスへの脱出と、英国帰国後の、チャーチルと対立するアスキス首相への報告で終わることになる。

 コナン・ドイル原作の「シャーロック・ホームズ」シリーズは、それこそ私が本を読み始めた小学生から中学生時代に結構読んだ記憶はあるが、成人前後以降は、全く触れていないことから記憶は薄れている。しかし、この作品で著者が描いているホームズの性格や思考様式、あるいはワトソンとの関係等に触れると、そうした自分の読書の創成期を懐かしく思い出すことになる。そしてやはり「ホームズ」というのが、英国文化の中にしっかりと根をおろしていることを改めて痛感させられる。他方で、ホームズに兄や息子がいたことは初めて知ったが、それが著者の創作であるのかどうかは、現時点では不明である。しかしいずれにしろ、息子「セバスチャン」を主人公に添えて、こうした「ホームズ」文化を改めて使った作品を出すというのは著者のアイデアなのだろう。そしてそれは成功している。

 20世紀初頭で革命前のロシアという設定も、私が学生時代に接した世界であるが、それをまた「ホームズの息子」の視点から再構成し、スターリン、レーニン、ケレンスキーといった人物までも登場させているのも面白い。更にそれに対するチャーチルと首相アスキスの見解の相違と対立や、国王の姿勢といった英国内での動きを絡めている点も秀逸である。話の最後、結局大戦や革命の勃発と、それに伴うオルロフやオルガの運命が描かれていないのは、やや残念であったが、それでも十分楽しめた作品であった。この前作である「シャーロック・ホームズの息子」を探しているが今のところ見つかっていない。彼の他の作品を読みながら、何とかこれを探して読みたいものである。

読了:2024年6月24日