アジア・ドイツ読書日誌と
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川崎通信
消されかけた男
著者:B.フリーマントル 
 続けて同じ著者の初期の作品である。原作は1977年、邦訳は1979年の出版で、ジャーナリスト出身の著者の作家としての名声を一気に高めた作品である。出版年は、私が就職した年であり、既に半世紀近くが経っている。その後80年代に私がロンドンに滞在した時期には著者は既に著名になっていたと思われるが、当時はその名前を聞いた覚えはない。それをこの歳になって読むというのも、何かの縁であろう。原題は、この小説の主人公「チャーリー・マフィン(以下「チャーリー」)」で、その後彼のシリーズが著者の一つの売りになるきっかけになった作品である。

 中年の英国情報部員チャーリーは、英国や欧州でのソ連のスパイ網を仕切っていたベレンコフという男を逮捕し、そのスパイ網を潰した功績者であるが、上司が変わってからは干されており、東ベルリンからの脱出時に、身内の罠にはまって殺されそうになるが、それを察して生き残るところから話が始まる。そしてそこで謎に包まれたソ連の将軍カレーニンが亡命を希望しているという情報から、英米情報部がそれを支援する作戦を開始するが、当初彼は、新しい英国情報部の新部長に干されていることから、その作戦には関与することがない。しかし彼に替わってその作戦のため東ベルリンやソ連に送られた情報員が殺されたり拘束されたことから彼にお呼びがかかり、その作戦に関与していくことになる。初めからカレーニンの亡命話にうさん臭さを感じていたチャーリーであるが、新部長らはそれを進め、チャーリーもカレーニンと接触し、亡命の手はずを整えていく。彼はその過程で、新部長の秘書の女を誑し込んだりして、指導部の動きを掴むことも怠らない。そして最後はカレーニンと共にチェコスロバキアとオーストリア国境を越えるが、それは実はソ連側がベレンコフを取り返すための作戦であったことが明らかになり、新部長らはソ連の虜となるのである。それを逃れ、カレーニンのために用意した大金をせしめたチャーリーは悠々と帰国し、妻のイージスと逃亡休暇の計画を練り、そしてベレンコフは釈放されてソ連行きの飛行機に搭乗することになる。

 新指導部とそれに干された情報員がお互いに騙し合いながら作戦を進めていくが、それが結果的には干された情報員の思惑通りに決着するという、ある意味「痛快談」であり、これが人気作になった理由は分かる。しかし、チャーリーが冒頭の、自分を殺そうという陰謀に気がついてそれを逃れる経緯や、英米情報部のトップがソ連に拘束されるという過程はやや理解に苦しむところがあった。このシリーズはまだ続きがあるので、そこでこうした点も改めて説明されるのではないかと考えながら、しばらくそれを楽しんでいこうと考えている。

読了:2024年7月4日