アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
川崎通信
呼びだされた男
著者:B.フリーマントル 
 チャーリー・マフィン・シリーズ第3作で、1979年の発表。第2作で英米情報部による抹殺の工作を生き残ったチャーリーであるが、妻のイーディスを殺され、英米の報復を恐れながら、失意の日々を過ごしている。その彼の元に、前作で彼に協力したロンドンの保険ブローカーで、チャーリーの恩師の息子であるルウパード・ウィーロビーから、香港で船舶爆破事件の真相を調査してくれという依頼が入る。香港在住の反共・反中の富豪が、米国から買い取り、香港沖に停泊して反中教育の拠点にしようともくろんでいた客船が香港到着後まもなく船舶火災で廃船となったが、その富豪は、事件を共産中国による工作と喧伝しつつ、ウィーロビーらが引受けた保険の膨大な支払いを要求してきたのである。破産の危機に直面した彼の依頼を受け、その調査のためチャーリーは香港に飛び、そこから中国に跨る彼の活動が始まる。因みに、毛沢東が死んだのは1976年9月(82歳)であるので、時はまさにポスト毛沢東の時期であるが、この作品では彼が登場することはない。

 チャーリーが香港でまず接触するのは、当該保険契約を、入札で高い保険料を提示して獲得した現地エージェント・ブローカーのネルソンとその愛人で元々は高級娼婦のジェニー。チャーリーは、特にジェニーから、今回の事件がその富豪により保険金目当てに仕組まれた可能性が高いという話しを聞かされるが、現地警察の英国人トップは、逮捕された放火犯二人は本土から来た共産党シンパで、富豪の主張を覆す根拠はないと、彼を突き放している。

 そうこうしているうちに、今度は放火犯二人も裁判前の拘束中に毒殺され、その犯人のコックは本土に逃亡。またネルソンも溺死体となって見つかる。ジェニーは、益々富豪の関与を確信しチャーリーに告げるが、実はジェニーは富豪の息子とかつて愛人関係にあったという。ネルソンの保険契約とその後の死は、女を奪ったことへの怨恨だというのがジェニーの見立てである。その確証を得るため、チャーリーは、逃げた毒殺犯を追いかけるため、中国の香港公使の助けも借りヴィザを得て、本土に渡ることになる。他方、チャーリーの元には、事件の真相を調べるためCIAから派遣されてきた情報員も出没している。

 こうしてチャーリーは、中国側の共産党員の支援も受け、国境を越え列車で広東まで移動、そこからは飛行機で北京に入り、毒殺犯のコックと接触する。彼は中国当局に既に拘束されているが、中国は彼を香港側に引き渡すつもりはない。その代わりに、彼が富豪の脅迫を受けて、放火犯二人を毒殺したことにつき供述を行い、それを北京の英国大使が認証するという手筈が整えられる。その英国大使は、シリーズ第一作で、チャーリーが仕組んだトリックで、チェコ大使としてプラハで会ったことのある男だったというおまけがついている(大使は後になってチャーリーがその時会った男であることに気がつくことになる)。しかし、本土からの帰途、国境を越えて香港に入るや否や彼は暴漢に襲われ、コックの供述書を含めた書類一式を奪われることになる。しかしチャーリーは何とか生き残り、そしてチャーリーの話しを受けて、奪われた書類を取り戻すべく富豪の家に侵入し、富豪と刺し違えて死んだCIAの情報員の手元に、その書類を発見するのである。こうして富豪一族による今回の陰謀が認められ、英国にいるウィーロビーは保険金の支払いを免れると共に、中国も、この事件が共産党による犯罪でないことを示すことになるのである。因みに、話の展開に従い、ウィーロビーは、一連のチャーリーからの報告に一喜一憂しているが、そこには彼の妻で、彼の金にしか興味のない妻のクラリッサがいる。彼女は次の第4作で主要な悪割を演じることになる。

 ということで、1970年代末頃の、まだ英国の支配が貫徹していた香港と、改革開放まではまだ遠い時期の、町中に自転車が溢れる中国の様子などが印象的である。まだ冷戦最中であり、中国に入るのは難しかった時期ではあるが、著者は、この時期の中国本土を取材で回ったのだろうか?そして、もちろん中国は、欧米にとってソ連と並ぶ冷戦の最大の対抗先であったが、そこで香港の反中富豪による反中国の陰謀を暴き、その点で共産中国の汚名を晴らすというこの作品が、当時の欧米でどのように受け止められたのかも興味深いところである。ここにCIAが絡んでくるという点がやや腑に落ちなかった他は、相変わらず面白く読ませる作品であった。

読了:2024年8月17日