アジア・ドイツ読書日誌と
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川崎通信
ミッション・ソング
著者:J.ル・カレ 
 久し振りの著者の小説である。「ナイロビの蜂」(2001年)、「サラマンダーは炎のなかに」(2003年)に続く、2006年の発表作品(20作目)で、この後に「誰よりも狙われた男」(2008年)、「われらが背きし者」(2010年)と続くことになる。著者は、1931年生まれであるので、発表時は75歳。まさに円熟期の作品といえる。解説によると、舞台となっている2006年のコンゴは、長年の独裁と内戦を経て民主憲法を制定し、大統領選挙と国民議会選挙を控えた時期であったということで、まさにリアルタイムの話題であったという。

 主人公はサルヴォという、白人宣教師と黒人部族の娘との間に生まれた私生児で、イギリスに渡った後、アフリカ地域の言語に通じた能力を見込まれ英国情報部で有能な通訳となる。その彼が、ある日上司の指令を受け、北海のとある島で行われたコンゴを巡る関係者の会議に送り込まれるが、それは、表向きのコンゴの民主化や国民のための資源開発ではなく、現地の傭兵部隊を含めたクーデターと一部勢力による資源の独占を目論むものであった。それに気がついたサルヴォは、それを阻止すべく、帰国後、指示を受けた上司を含め動き回るが・・・。そしてそれに、彼の私生活上の、白人新聞記者の妻ペネロピとの別れと、コンゴ人看護婦ハンナとの逢引き等が加わり、話が進むことになる。

 しかしである。サルヴォの生い立ちから、ペネロピやハンナとの関係を経て、情報部の上司であるミスター・アンダーソンからの指示を受けサルヴォが、ペネロピが主人公のレセプションを突然中座し、ルートン空港から北海の小島に飛んでから、話が突然分からなくなる。到着した小島ではコンゴ紛争を巡る交渉が行われており、現地の民主化の指導者や関係者、そして英国などの情報部が入り乱れた交渉が行われており、サルヴォは、関係者の現地語(それも方言を含めて複数のアフリカ語ということになっている)通訳として動き回っている。しかし、その交渉は、次第に混迷の度を深め、ついには現地の二世青年実業家の拘束・拷問なども始まることになる。しかし、この流れは登場人物の関係や位置付け等が全く頭に入らず、展開が全く理解できないのである。その結果、就寝前にこれを読み始めると、数ページも進まないうちに眠気に襲われダウンしてしまうという状態であった。その意味では良い睡眠導入剤となったのだが、他方でこれを読み進める速度が極度に落ちてしまった。丁度、大昔のロンドン時代に同じ著者の「Little Drummer Girl」のペーパーバックで起こった事態が、この日本語翻訳でも起こってしまったのであった。いやいや彼の表現は、この作品では本当に特別だ。

 この島での事態を受けてロンドンに戻ったサルヴォが、ペネロピに別れを告げ、ハンナと共に、この小島での陰謀を告発することになると、ようやく通常のペースで読み進めることができた。しかし、結局彼は信頼していた上司にも裏切られ、またペネロピが勤務する新聞社でも掲載を拒否され孤立、そして最後はハンナと別々に逮捕・告発され、英国から追放されるのであった。

 そんなことで、小説自体はやっと読み終えたという状態であったが、その舞台であるコンゴは今どうなっているのか?ネット記事によると、この国では1960年の独立以来、クーデターによる独裁を経て、90年年代に入ってからは、近隣のルアンダやウガンダ、更にはジンバブエ、アンゴラ、ナミビアも巻き込んだ二度の大規模な内戦が繰り広げられる。1999年の停戦協定と2003年の暫定政権成立で一旦は落ち着くが、その後も和平合意に参加しなかった勢力による武装闘争は続き、国際社会からの支援にもかかわらず、現在でも多くの国内・国外難民を生み出しているという。最近では2018年にノーベル平和賞を受賞したムクウェグ医師の様に、凄惨な性暴力にあった女性の治療を続けている活動なども報道されているが、現在でもなお、安定からは遠い状況にあるのは間違いない。この国は、人口密度が高く民族構成も複雑、その上で天然資源が豊富であることから、近隣諸国の介入も含めた混乱が続いているというのが一般的な見方である。

 以上のとおり、小説自体は消化不良であったが、著者が、「ナイロビの蜂」に続いて、アフリカの問題を取り上げた姿勢は評価できると共に、コンゴの現状について改めて認識することができたことが収穫であった。久し振りに、1997年発表のGenesisのCD「Calling All Stations」に収められている「コンゴ」でも聴いてみようかなと考えている。

読了:2024年12月13日