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川崎通信
炎と怒り トランプ政権の内幕
マイケル・ウォルフ 
 来年1月のトランプ大統領再登板を前に、彼による新政権の人事や政策の表明などが相次いでいる。2020年の選挙で敗北し、国会乱入事件等を支持したこともあり、各種訴訟にまみれながらも、事前の予想を覆し、結果的には民主党候補であったハリス副大統領に圧勝し、返り咲くことになったのは驚きであったが、それ以上に、この政権が今回はどのような政策を打ち出すかに、世界は戦々恐々としている。既に一期目の看板政策であった移民排斥を始め、対中国を中心とした関税の大幅引き上げなどに加え、パリ協定からの再脱退、あるいはWHOからの脱退も表明、NATOを含め欧州との関係も緊張感を増している。

 こうしたトランプ再登板の今後であるが、「トランプ流」を出しながらも、当然ながら第一期の経験を踏まえたものになるであろうことから、その第一期の参考になる本を探していたところでこれを図書館で見つけることになった。原著は2018年の出版、邦訳は同年2月であるので、2016年1月、トランプが当選してから2年弱の時期までの報告ということになる。言うまでもなく、この時期、泡沫候補から一転大統領に就任した彼は、海のものとも山のものとも分からない存在であった。そうした観点から、彼の政権の内幕を多くの証言等を基に構成しており、彼に批判的なジャーナリストによる多くの皮肉に満ちたものになっている。

 基本的な視点は、政治経験のないトランプは、多くの政治課題に無知である反面、自分の興味のある案件については、側近の思惑にはお構いなく思い付きで多くの発言を繰り返し、且つその内容は気分次第で突然変わることも多いというもの。そしてその側近についても、感情的に自分の味方か敵かを判断することから、側近たちは彼のご機嫌を損ねないように注意ながら対応しなければならないが、それに失敗すると簡単に首を切られることになる。こうした視点で、彼の最初の政権の2年弱が報告されることになる。その際中心になるのは、彼の側近の内の3つのグループである。まずは、保守系新聞や投資銀行幹部を経てトランプ当選に大きく貢献し、大統領首席戦略官等に就任したスティ−ブ・バノンと彼のグループ。彼らは保守強硬派であり、当時の報道でもトランプの移民政策などに大きな影響を及ぼすことになったと言われるが、その後トランプの怒りを買いバノンは政権を降りることになる。次にトランプの娘イヴァンカと夫であるジャレット・クシュナー(二人を合わせて「ジャーヴァンカ」と呼ばれることになる)という、家族関係者のグループ。彼らは家族関係を利用しトランプに取り入り、特にトランプ就任時若干36歳であったクシュナーは外交政策を中心に取り仕切るが、結局は政治の素人であったことが明らかになることになる。そして3つめは、大統領首席補佐官となる(そしてその後首を切られる)ラインス・プリーパスやジョン・ケリーといったワシントン共和派の職業政治家たちのグループ。彼らは、前2つのグループからの干渉を受けながら、現実的な政策遂行を担うが、トランプの気まぐれもあり、関係者は短期間での交替を余儀なくさせられることになる。この三者に、夫々に関連する多くの者たちが登場し、相互に相手方のスキャンダルのリーク等も含めた政治的駆け引きを繰り返しながら、トランプの意向を忖度しつつも、彼を操縦して主導権を確保しようという激しい権力闘争が行なわれた様子がここで報告されることになるのである。

 その人的関係がこの著作での主たる内容となっており、個別の政策論にはあまり触れられていない。敢えて幾つか取り上げるとすると、まずは、バノンが準備し、トランプの最初の大統領令の一つとなったとなった移民制限であるが、これはむしろバノンが、リベラルとの差を明確に示すために、あえて大事になるように仕向けたという点で注目される。彼はワシントンの官僚機構も解体すべきと考えていたことから、トランプを利用してドラスティックにこれを演出したというのが著者の理解である。また政策論ではないが、トランプのプーチンへの媚びへつらいについて、かつてのモスクワでの美人コンテストに際しての「ゴールデン・シャワー」疑惑から、身内を含めた周辺関係者のロシア側との接触の数々について整理している。現在のウクライナ侵略について、トランプは「私が大統領であれば戦争は起きなかったし、直ぐに止められる」と豪語していることを考えると、これからの停戦を巡るプーチンとの交渉で、こうした疑惑が改めて注目されるのではないだろか?

 またこれも政策論ではないが、トランプは、ユダヤ教徒であるクシュナー(そして彼との結婚に際してイヴァンカもユダヤ教に改宗したという)にイスラエル(及びアラブ)問題を担当させ、結果的にはトランプ自身もイスラエルの強烈な支持者になる。しかし、トランプは一方で、バノンの入れ知恵もあり、「ユダヤ人の多いリベラル」に対抗するために国内外の反ユダヤ勢力への肩入れも強めることになる。これもバノン対クシュナーの対立構図で説明されているが、クシュナーは、バノンに対抗するため、「ユダヤ人リベラル」の巣窟であるゴールドマン・サックスの関係者を政権に引きずり込んだ(経済担当大統領補佐官となったコーン等。バロンも一時ゴールドマンで勤務したがぱっとしなかった)とされる。こうしたユダヤとの関係が、トランプ二期目で、現在先鋭化しているガザ情勢にどのような影響が出るかも興味深いところである。

 オバマケアの廃止案件は、民主党(あるいは米国内のエスタブリッシュメント)に打撃を与えたいバロンの主導であったが、トランプは全く興味がなく、他方クシュナーは、一族が保険業を経営しオバマケアの恩恵を受けていることから、内心ではこれには反対であったが従わざるを得なかったという内幕。理念対実利の対立が、政権内の対立となり、最後は第三の勢力が、代替案を提示したが、それも結局はトランプの判断で廃案になったという。これも当時の3つの勢力の権力抗争が、政策決定を混乱に導いた事例と言える。そしてこの案件を契機に、「他の何よりもイデオロギーに突き動かされた政権であると同時に、ほとんどイデオロギーのない政権であった」トランプは、イデオロギー主導のバロンを切り、ジャーヴァンカの権限を強める方向(新設された米国革新省の委嘱等)に動いていく。まさにトランプは、政策ではなく、人物に対する感情で動いていたというのが著者の見立てである。

 シリアでのアサド政権による反乱軍への化学兵器使用への対応が外交関係で取り上げられている。外交など全く知らない、且つ文書など読むこともなく、その能力もないトランプを、ジャーヴァンカが政権内の実務派と結託してトランプを説得、その結果巡航ミサイルによるシリア基地攻撃となったが、既に政権から遠ざけられているバノンはそれを苦々しく見ていたようである。そのシリアのアサド政権が倒れ、新たな解放勢力が権力を掌握したシリアの今後に、新たなトランプ政権がどう対応していくかはまだ全く見えない。

 その他、トランプ政権のメディア対応や、ロシア疑惑などに関わるFBIとの対立と長官の罷免経緯、(キッシンジャーの指導を受けた)クシュナー主導による中東・アラブ政策、パリ協定の離脱宣言とバロン復活の兆し等々。しかしそのバノンは2017年秋に最終的に政権を去ることになる。バノンが中間選挙に向けた個人的戦略を呟くところで、この報告が終わることになる。

 こうしたトランプ政権第一期、しかもその前半2年弱の報告から我々は第二期の彼の政権について何を予想できるのだろうか?

 まず、さすがの独善的且つ一貫した思想を持たない、思い付きだけで動くトランプにしても、第一期からそれなりの学習はしていることは間違いない。それが最も如実に示されているのは、現在までに次々と公表されている主要閣僚の人事であろう。報道を見る限り、バロンのような極端なイデオロギーを持った人間を排除し、所謂「イエスマン」的な人物を選んでいるように見える。他方、今回は第一期政権で力を持った「ジャーヴァンカ」といった身内は関与していない。ただ、それはトランプの独走を止める政権内の力学が働かないことを意味する。唯一、トランプに対して個人的に大きな発言力を持つと思われるのはE.マスクであろうが、彼はもちろんワシントンの政治は素人である。連邦組織と予算の削減にそれなりの采配は振るうにしても、既往官僚の壁を破るのは簡単ではなく、また個別の内外政策にはあまり関与できないだろう。その意味で、第一期から引きずる移民政策はともかく、現在第二期トランプが筆頭に挙げている中国を筆頭とする貿易関税強化やウクライナ戦争終結やガザ問題を始めとする外交政策では、トランプの「思い付き」が先行きに大きな混乱を招くであろうことが容易に予想される。そして何よりも、国内のインフレを中心とした現政権への批判票により、従来の民主党支持の低所得層の支持を得て今回の選挙で圧勝した今回の彼の政権が、基本的に大企業寄りのものとなることで、結局は求心力を失っていくのは目に見えている。そうした大統領を選んだ米国民の感覚にはがっかりするが、同時に欧州や日本でも、現政権に対する批判から既存政党の安定感が弱まり、欧州などでは右からの力が強まっていることを考えると、それは結局米国だけの動きではないことも明確である。そうした日米欧の混乱を突く機会を、ロシアや中国などは、虎視眈々と狙っている。明けゆく2025年、そうしたこれからの世界情勢の益々の混迷を予想させる、気分の悪い年末最後の読書となったのであった。

読了:2024年12月29日