亡命者はモスクワをめざす
著者:B.フリーマントル
チャーリー・マフィン・シリーズの第6作で、昨年9月に読んだ「追いつめられた男」に続く1985年の発表作である。前作の、ローマを舞台にした、ローマからの英国スパイ名簿漏洩事件と、大使官邸での宝石盗難事件がどんでん返しで結ばれる結末は印象的であったが、そこでチャーリーがそれまでの英国情報部からの逃亡に終止符を打ち、彼らに拘束されたことはあまり覚えていなかった。そしてこの続編では、拘束されたチャーリーの獄中生活から話が始まることになる。
冒頭、このチャーリーの悲惨な監中生活が延々と描かれるのにややうんざりしたところで、サンプソンという、英国情報部に潜んでいたイギリス人のソ連のスパイが摘発され、チャーリーと同じ牢獄に移されるところからようやく話が進み始める。この頭は切れるが、エリート意識丸出しの男とチャーリーは初めから相性が合わない。しかし、彼が、チャーリーに脱獄とソ連への亡命を持ちかけ、チャーリーが自分を拘束した英国情報部長官に、サンプソンの脱獄を報告したところ、逆に長官は彼と一緒にソ連に入って任務を遂行してくれれば、今回の拘束から解放する、という取引を持ちかける。今の境遇から逃れられるのであれば、ということで彼は承不承サンプソンに従い脱獄に成功するが、その過程でサンプソンは監獄の刑吏に致命傷を負わせたのみならず、街で遭遇した警官を武器で撃ち殺すことになり、チャーリーは大きな負い目を感じることになる。
二人はソ連のスパイ網の支援を受けて英国を出て、船と飛行機を乗り継ぎモスクワに到着する。早速、二人は別々に当局の尋問を受けることになるが、チャーリーは、彼の尋問を行った女ナターリヤに、プロに徹したのんべんだらりとした回答を行う一方で、サンプソンは直ぐに当局に認められ、ソ連情報部に潜んでいると思われる英国の大物スパイを洗い出すチームに参加し実績を上げていく。他方、かつてシリーズ第二作で、彼が自分を救うために打った大芝居の後、捕虜交換でソ連に帰国させたかつての大物スパイのペレンコフと再会している。情報部長官のカレーニンもその作戦で、ペレンコフを解放した責任者であると共に、そこでのチャーリーのプロ的な動きに敬意を持っている。
チャーリーが英国情報部の長官から委託された任務は、英国に貴重な情報を提供しているソ連の高官が英国への亡命を希望していることから、彼と接触し、彼を無事に英国に連れ帰ること。他方サンプソンが協力しているソ連の動きは、この英国スパイを暴き出し逮捕することである。英国側の暗号解読などでのサンプソンの働きで、在モスクワ英国大使館付の書記官が逮捕拘束されるが、彼は指定の場所で文書の受渡しを行っていただけで本人との接触はなかったと主張し、解放される(ただ解放後、英国大使館内で縊死するのであるが)。他方、チャーリーは、ペレンコフの依頼を受け、ソ連のスパイ学校の講師を務め、そこで得た情報を頭に詰め込むと共に、それに参加していたナターリヤと良い仲になるが、英国に連れ帰るべきスパイとは接触することができない。ただ英国にもたらされた情報の内容から、ペレンコフが英国に戻るために動いているのではないか、と推測している。チャーリーに惹かれながらも、ナターリヤはソ連に残る決断を行ったことから、結局このままではナターリヤも疑われることになると考えたチャーリーは、ソ連を離れる決断を行うと共に、ナターリヤに彼の逃亡をギリギリのタイミングで当局に通報し、彼女の疑惑を晴らす作戦に出て、それに成功、英国に帰国する。そして帰国後英国情報部長官に、スパイと接触できなかったこと、及びサンプソンが脱獄時に警官殺し等を行ったことを詫びると共に、サンプソンが英国スパイを割り出す作戦に積極的に参加していることを伝えると、長官はチャーリーの活躍をむしろ褒めたたえるのである。その頃ソ連では、ペレンコフがそのスパイ容疑者として当局に拘束されていた。実は、サンプソンは鍛えられた二重スパイで、ソ連に浸透するためチャーリーを使ったこと、また彼は警官を殺してはいないこと、また彼の動きでペレンコフが拘束され、ソ連情報部は有能なスパイを失うことになること、そして最後に、そうしたソ連が疑うスパイは元々存在せず、むしろサンプソンを使いソ連にそうした疑惑を抱かせペレンコフを失脚させる作戦であったことが明らかになるのである。
冒頭の退屈な始まりが、後半になるといっきに展開が進み、そしてまた予想外のどんでん返しで結末を迎えるという、著者ならではの中々の出来栄えである。特にここでは、如何にもエリート臭く、チャーリーと対立するサンプソンが、実はソ連に信頼させ、そこでのスパイ疑惑を確信させるために、任務として意図的にそうした態度を貫いていたというのが大きなミソである。そしてチャーリーは、今回はそれに全く気付かず、一つのコマとして使われたが、彼の本能的な動きで結果的に彼も救われることなる。ナターリヤとの情事と、彼女を救うトリックは、それに彩を与えることになるのである。暇な正月の時間を潰すには絶好の作品であった。続けて続編のシリーズ第七作「暗殺者を愛した女」に移る。
読了:2025年1月1日