アジア・ドイツ読書日誌と
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川崎通信
暗殺者を愛した女
著者:B.フリーマントル 
 チャーリー・マフィン・シリーズの第7作で、正月に読んだ「亡命者はモスクワをめざす」に続く1987年の発表である。

 今回の舞台は東京から始まる。東京のロシア大使館に勤務するロシア人夫婦が亡命を考えている。元は暗殺専門の任務で、米国のみならずロンドンやボンで多くの秘密の殺人を行ってきた男コズロフは、妻イレーヌに対し、安全を確保するために、男は米国に、妻は英国に夫々亡命し、ほとぼりが冷めた頃にまた一緒になろうと話している。他方、英国側では、情報機関のトップが、両名共に英国で確保するべく、チャーリーに東京に行き、作戦を指揮するよう指示を出すが、アメリカ側も同じことを考えている。そして東京に赴いたチャーリーは、米国情報機関の司令塔フレデリックスとお互いに騙し合いながら、夫々がロシア人二人の確保を企てることになる。

 チャーリーはまずフレデリックスを騙し、女を確保。香港経由英国に連れ出そうとするが、その輸送のため羽田に着いた英国軍用機は何者かに爆破される。偶々その裏をかいて、女を大阪から香港に逃がし、香港で合流したチャーリーは、今度は彼らを追いかけてきたフレデリックスらと対峙することになる。フレデリックスらは、東京ではロシア人の男を保護できない状態が続いていた。

 しかし、そこでとんでもないカラクリが明らかになる。それまでは、ロシア人夫婦二人の動きに疑念を持っているように描かれていた在日ロシア大使館付のKGB保安官の女オーリガは、実はコズロフと愛人関係にあり、今回の亡命企画は、離婚に応じないイレーヌを殺害すると共に、英国と米国の情報機関に亀裂を生じさせるための陰謀であったのだ。コズロフは元々亡命など全く考えていないのである。英国軍用機爆破もコズロフが仕掛けたものであったが、それでイレーヌ殺害に失敗したことから、コズロフはオーリガをそそのかし、香港で特殊銃を使いイレーヌを暗殺させようとするが、暗殺は素人のオーリガはそれに失敗し、オーリガとチャーリーの横にいた、チャーリーの旧友のエージェントであるハリーを殺してしまう。そしてその事件をきっかけにコズロフとオーリガの陰謀に気がついたチャーリーは、米国側に協力させ、イレーヌに加え、オーリガも英国側に確保することに成功。他方コズロフは、当初の計画が失敗したことで、今度はロシア側から狙われることに気がつき、チャーリーの説得で米国に亡命することになる。しかし、亡命後彼は米国でロシア側に誘拐されることになるのであるが。

 まずは東京・新橋の夫婦の秘密のアジトや彼らの都内での動き、あるいは鎌倉での邂逅等、東京近辺の地名が次々に現れ、著者が東京での取材を生かしている様子に笑ってしまう。因みに訳者の解説によると、昨年読んだ同じ著者のノンフィクションである「産業スパイ」の内容にも、この日本での取材が生かされているということである。そして後半、今度は舞台が香港に跳ぶと、私も慣れ親しんだそこ(1997年に予定されている中国への返還が何度も語られている)やマカオの情景も懐かしく読み進めることになる。

 ただそうした舞台の描写以上に、この話のトリック、そしてチャーリーがそのトリックに気がつき、またそれを逆に自分の作戦に利用し、陰謀を企てるロシア人のみならず、米国情報機関さえも手の内に入れてしまうという話しの展開が楽しめる。この辺りの構想と展開、表現は、いつもながら見事というしかない。この作品も、私がロンドンに滞在していた時期の発表であるが、当時は全く知らなかった。約40年前の作品で、相変わらず現在の時間を潰せているというのも、皮肉である。このシリーズはまだまだ続く。

読了:2025年1月13日