流出(上/下)
著者:B.フリーマントル
前回読んだ当該シリーズ第8作の「狙撃」の後には、第9作の「Comrade Charlie」という何故か邦訳されていない作品、そして第10作の「報復」(1993年刊行)があるが、後者は昨年8月に先に読んでしまっている。それに続く1996年刊行の第11作がこの作品であるが、これも読書記録によると1999年10月に読んでいるようである。しかしその際の読書記録が見つからないことから、今回改めて手にしたが、結果的には、内容については全く記憶がなく、新鮮な気分で読むことができた。
再びモスクワが舞台であるが、そこはソ連が崩壊し、新たな政府が出来ているが、同時に無秩序が支配し、マフィアが跋扈する世界となっている。そこで、旧ソ連が開発・蓄積していた核兵器製造のためのプルトニウムがマフィアの手によって強奪され、第三世界に搬出されるという疑惑が持ち上がる。それを阻止しようとする国際捜査協力が行われ、それにチャーリーも参加することになるのである。
第6作の「亡命者はモスクワをめざす」で、チャーリーと良い仲になり、サーシャという女児を設けながら、最後は彼が別れて帰国することになったナターリヤは、ソ連崩壊後のロシア情報部の責任者となっている。チャーリーは、そのナターリヤと再会するが、彼女にはポポフという愛人が出来ていた。そしてロシア・マフィアによるプルトニウム強奪計画の阻止に向けたロシア・英国・米国等の国際捜査で、チャーリーはそのポポフと共同捜査を行うことになる。ポポフは、ナターリヤとチャーリーの関係に疑惑を持つと共に、ロシア国内の捜査に英米が加わることに反対で、当初はチャーリーに非協力的である。更に、英国情報部長官らと米国FBI長官らによる思惑の交錯。英国情報部内では、チャーリーの独断と経費乱用への反発が盛り上がるが、チャーリーはそれを無視して突き進むのもいつもの通りである。また米国内モスクワ駐在FBI担当2名(一人はベテラン、もう一人は若い、上院議会議長の縁戚である)も、チャーリーと微妙な関係を作っている。他方、その強奪を計画するロシア・マフィアのボスらによる、関係者の虐殺を含めた凄まじい権力闘争も描かれることになる。
こうしてマフィアによる保管基地での強奪計画が実行され、ロシア当局のポポフらは、その阻止に成功したかに見えたが、実はそれはマフィアの囮作戦で、別の場所でプルトニウムの輸送列車が襲われ、多くのプルトニウムが奪われることになる。それを受けて、ポポフらロシア当局も、チャーリーら国際捜査団の協力を仰がざるを得なくなり、以降はそれの搬出を巡る、チャーリーとその他関係者の複雑な関係の中での捜査が進んでいくことになるのである。ナターリヤとポポフの婚約や、チャーリーと美人のFBIスタッフの原子物理学者ヒラリーの関係などは、いつもながらのお飾りである。そして、チャーリーの提案による囮捜査の結果として、ロシア・マフィアとイラク関係者の接触が確認され、その受渡し現場であるドイツで逮捕の大作戦が実行されるのである。チャーリーは最後の壮絶な打ち合いを何とか生き延び、他方ポポフや米国FBIの若者などは命を落とすが、そこで実はこの一連の強奪・密輸事件の黒幕はポポフらであったことが暴露されるという、これまたいつも通りのどんでん返しでこの話が終わることになるのである。
解説によると、フリーマントルは、ソ連時代は「好ましからざる人物(ペルソナ・ノングラータ)」として入国が出来なかったが、ソ連崩壊後はそれが解除されたことから、彼はロシアでの綿密な取材を行い、それがこの作品には生かされているということである。確かに、ロシアの捜査当局の構造や核関連施設の描写などにそれが生かされているようである。しかし、ナターリやポポフ等少数を除き、関係するロシア人の名前は頭に残らないことから、捜査当局内での人物関係等は、正直きちんと理解することは難しい。特にモスクワ警察のマフィアとの結託・腐敗と言った話も途中で語られ、それが最後の場面ではどんでん返しのネタになるのであるが、そのロシア警察上層部の人物関係も、途中では全く頭に入らなかった。
他方、ナターリヤやチャーリーによる逮捕した容疑者の尋問と、それにより容疑者を落し、捜査の次なる策を講じていく様子などは、なかなか説得力がある。そして生き残ったチャーリーは、またモスクワに戻ることになるのである。ナターリヤとの関係を含めて、フリーマントルは、次の話に向けた読者の興味を引続き喚起させ、その罠に私はまたまたはまってしまうのである。
読了:2025年3月29日