映像の世紀 東ドイツ監視国家 41年の闇
2025年3月31日
先週の「ヒトラーの隠された素顔に迫る」に続き、今週3月31日のNHK制作のテレビ・シリーズ「映像の世紀」も東独ネタとドイツ関係が続いた。小生が愛読している欧米スパイ小説でもドイツが舞台となっているものはいくらでもあり、このナチ時代を経て東西に分断され、そして再統一されたこの国は、小説や映画、ドキュメンタリー等に格好の素材を提供してくれる。
今回の主題である東独の41年で終わった歴史については、1989年の壁崩壊前後の話を含め、今まで多くの著作を読んできた。特に最近では5年ほど前に読んだ河合信春著の新書「物語 東ドイツの歴史」(別掲)が、この41年の通史を記述しており、事実としては、この番組では特段新しいものはなく、またその視点も「強権的監視社会」という一般的な見方を越えるものではない。しかし、それはそれで「映像の世紀」。映像で見せられると、また一味違う印象を与えてくれる。
1988年、カナダ・カルガリー五輪のフィギュアースケート金メダルのカテリーナ・ヴィットに焦点が当てられる。彼女が象徴するのは、こうした国際的なアスリートが幼い頃からシュタージに監視され、また後半は国威発揚としてのスポーツとしての位置付けからドーピングが常態化していたというこの国の実態である。西側を含めて海外遠征の多いトップ・アスリートは、常時監視されると共に、その恋愛関係にも介入されたという話が紹介される。そしてそうした有名人でもない一般人も、シュタージの非公式協力者により密告され、壁崩壊後その関連文書が公開された際に多くの人々が友人関係等で人間不信に陥ったというのはよく言われた話である。
1949年の東西分断による独立の後、1953年のベルリン暴動以降の亡命者増大を受けた監視体制の強化と1961年の壁建設。その2か月前、ウルブリヒトが壁建設を否定する談話を発表する映像は、虚言が渦巻くこの世界の常道を示している。亡命者のためのトンネル建設や、その出口で待ち構えて銃撃する東独警察と殺された被害者の映像も結構生々しい。そして一点スポーツ界でのドーピングの事例が紹介されるが、その中で眼を引いたのは、女子砲丸投げのハイティ・クリーガーという選手で、彼女はドーピングによる男性ホルモン過多から、外見も男性になってしまい、結局性転換したという。確かに今の映像は宝塚男役というより、全くの男性である。そしてヴィットは、ドーピングの影響はなく、五輪連覇の金メダリストとしてそれなりの良い待遇を受け、国家=党の宣伝塔にされる。そのため、東独崩壊・ドイツ統一後、彼女は多くの誹謗中傷を浴びせられ、一時アメリカに練習拠点を移していたとされる。1994年、28歳となった彼女は、ノルウェー、リレハンメル五輪での7位を最後に引退することになるが、彼女はまさにこうした問題に満ちた東独に生きた一人であったというのが番組の大きなメッセージである。
その他後半は、1988年のライプチッヒ月曜デモから始まる壁崩壊への道程であるが、この辺りは全くの復習である。しかし若き青年団体指導者時代と、当独崩壊後ソ連を経てチリに亡命した晩年のホーネッカーの2つの映像や、シュタージが専用エリアを持っていたというドレスデンにKGBから派遣された、これまた若きプーチンの映像等、視覚に訴える制作者の意図を楽しむことができた。そして番組の最後では、旧東独地域の若者による「統一なんて、なければ良かった」というコメント。言うまでもなく統一後も東西格差は依然として残り、低賃金労働を巡る移民たちとの仕事の奪い合いが続いている。それが足元の移民排斥を強く主張するドイツのための選択肢(AfG)の、この地域を中心にした政治的躍進に繋がっている。そうした現代ドイツの問題を復習すると共に、それに関する映像が残ったこの日の放送であった。
2025年4月1日 記