アジア・ドイツ読書日誌と
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川崎通信
ネームドロッパー(上/下)
著者:B.フリーマントル 
 著者のチャーリー・マフィン・シリーズ以外の作品が図書館にあったことから、気分転換で借りてきた。2007年の出版であることから、ここのところ読み続けている80−90年代の作品からは結構後のものである。

 今回の主題は、建国初期の「魔女狩り」規程が未だに米国ノースカロライナの州法に残っているという「クリミナル・カンバゼーション」なる「不倫犯罪・姦通罪」を巡る法廷闘争である。英国人でプロのネット詐欺師であるハーヴェイ・ジョーダンは、フランスでの休暇中にホテルで偶々見かけた米国人の女アリス・アップルトンと関係を持つが、そのアリスの行動を、私立探偵を使って監視していた夫であるアルフレッド・アップルトンからそのノースカロライナの州法を根拠に、不倫による損害賠償を求める訴訟に巻き込まれることになる。詐欺師であることから、世間に名前が出ることを警戒するハーヴェイであるが、訴訟の過程で、アリスとアルフレッドは、夫々米国移民の創成期からの著名な家族の出身であることから、この係争はメディアの注目を浴びるようになる。他方、ハーヴェイは、自らの知恵を絞り、自分のアリスとの一時の関係は、夫婦関係の破綻をもたらしたものではないことを何とか証明しようとする。その鍵は、性病にかかっていたアリスが誰からそれを移されたのか、ということで、それを巡る3人及び担当弁護士たちとの駆け引きが展開されることになる。

 そんな主題であることから、チャーリー・マフィン物とは雰囲気が全く異なり、米国の法制度やそれを巡る駆け引き、性病であるクラミジアの病理学的な感染確認、そしてプロのネット詐欺師であるハーヴェイの奇想天外の行動が描かれることになる。ただ正直チャーリー・マフィン物のような緊張感に満ちた展開は余りなく、読み進めるのに時間を要してしまう。そしてこれから下巻に入っていくことになるが、現時点では今一いっきに読み進めようという感じにはなっていない。さて著者はこれからどう展開していくつもりなのだろうか?

 そして下巻。ノースカロライナ州での法廷闘争がほとんどの記述を占めることになる。気難しい裁判官を前に、ジョーダン、アリス、アップルトンの、更にはアップルトンの浮気相手で、アリスに逆に訴えられている女の弁護士間での尋問、反対尋問が延々と続くことになる。確かに、それは米国での裁判の雰囲気を伝える詳細な描写になっているが、やはりやや冗長な感は否めない。そして、当初は私も想像したような、この訴訟はアリスとアップルトンが共謀してジョーダンに対し仕組んだのではないか、という疑問は雲散霧消し、アリスは、ジョーダンに損害が生じた場合には、彼女がそれを負担する、とまで提案している。しかし詐欺師のジョーダンは、それは断り、むしろ自らの「職業的」手練手管を使い、アップルトンの経営する会社等にコンピューターで忍び込み、彼あるいは彼の会社の資産を内密に盗み取り、それを万一の自分の損害補填として蓄積すると共に、更には復讐としてアップルトンの社会的信用失墜をもたらす策略を練っていくのである。

 こうして裁判は、二転三転を繰り返しながらも結局ジョーダンとアリスに有利に展開し、最後は彼らが勝訴することになる。その過程で、ジョーダンは、アリスに対する想いを強めていくことになり、最終的に勝訴が確定したところでプロポーズするが、それはアリスから断わられる。そして最後のどんでん返しとして、アリスからは、彼女が雇った私立探偵による調査から、ジョーダンが詐欺師であるということは早い段階から分かっていた、と告げられ、ジョーダンは一人ロンドンに帰っていくことになるのである。全体的に時間がかかったこの小説であるが、この最後の展開だけは、いっきに読了することになった。

 彼の作品の中では異色の世界を描いていることから、著者は、これを書くにあたって、米国の訴訟制度や、このノースカロライナでの「姦通罪」、あるいはジョーダンの「職業」である現代的なコンピューター犯罪である「身分窃盗」、更にはクラミジアといった性病の性格等につき相当取材したことは間違いないし、それをこうした形で仕上げる職業作家としての手腕には敬服させられる。ただ私が足元愛してやまないチャーリー・マフィン物のような国家を巻き込む大情況の展開はないことから、やはりやや物足りない。また次は、このチャーリー・マフィン物に帰っていくのだろうか?

読了:2025年4月11日(上)/ 4月17日(下)